第36話

 

 ▪️歴戦の猛者ーside楓矢ー


 一角獣グランライノセス。

 アルシアを経ち、そこから道なりに進むと現れるジズ平原に生息する魔物だ。討伐難易度は大凡Bランク相当。

 ミリアにとっては然程脅威でも無いが、まだ勇者として駆け出しの域を出ない楓矢にとっては話が別だった。


「……もう緊張してきた」

「え、早くない?」


 まだアルシアを出てから数時間ほど。まだまだジズ平原は遠く視界の端にも引っ掛からない。

 楽勝だ! と大見得を切ってギルドを出てきたはいいが、今になって怖気付いている自分に気付かされて楓矢は苦笑いを浮かべた。


「つーかデカい相手って初めてなんだよな。今まではせいぜい、コボルトやゴブリンくらいだったし」

「そうだね。アルシアの近くじゃ大きな魔物は居ないから」

「いやいや弱気になるな俺! ここでヘタってちゃあ細目に一泡吹かせてやれねえ!」

「……んもう、いい加減にオルクスって呼びなよ」

「逆にミリアちゃんは俺の事“楓矢”って呼ばないよね? なんか距離感感じちゃうわ」

「え? うーん……なんか気恥ずかしいというか」

「あれあれ、そういうので意識しちゃうタイプ?」

「……怒るよ?」

「調子乗りましたすんません」


 他愛もない会話をしながら歩き続ける。

 ジズ平原はまだ見えずとも魔物はどこにでも生息している、油断は出来ない。

 流石の楓矢ですら会話をしながらも辺りを警戒するだけの危機感は持ち合わせていた。

 己の身は己で守るんだ。

 例えミリアよりランクは低くとも、男としての尊厳を貫く為に鼻息を荒くした。


「右」

「え?」

「右の茂みに二体」


 端的に発せられたミリアの言葉。

 楓矢が聖剣に手を掛ける前に、言葉の矛先の茂みから二体の魔物が出現した。

 あれは巨大なウサギ型の魔物ーーーーウルラビッド。

 体躯ほどの大きな耳と鋭い牙、そして荒々しい気性を全面に押し出しながら飛び出してくる。


「うおッ!?」

「大丈夫?」

「お、おおう!」


 時差での突進。

 右側のウルラビッドが鋭い牙で楓矢に噛みつこうと飛び込むが、それを何とかギリギリの所で聖剣でいなす。

 体勢は崩したが何とか踏み止まり、そのまま後方に抜けたウルラビッドに視線を結んだ。


「ダメだよ勇者くん、両方を意識して」

「へ!? んな無茶な!」


 ミリアの言葉通り、前方、後方よりウルラビッド達は同時に襲いかかってきた。双方を一本の聖剣で受ける事は出来ない。この場で最適な行動を取るとするならばーーーー


「避けるッ!」


 体勢を低くして回避。

 ウルラビッド達は衝突、二体は地面に落ちて鈍く蠢いた。これはチャンスと楓矢は聖剣を翻す。

 再び攻撃体勢に移行しようとした一体目のウルラビッドに剣を突き立てーーーーそのまま振り抜き様に二体目を切り裂く。


「や……やったか?」


 返り血を拭きながら改めて辺りを警戒した。

 魔物の気配はないーーーーこれなら大丈夫だろう。


「うーん、二十点」

「え?」

「今のだと他に魔物が居たら間に合ってないよ。二体だから倒せたけど三体ならやられてた」

「厳しくね?」

「ソロで鍛錬したいって言ったの勇者くんだよ?」

「む……それは」


 痛い所を突かれて推し黙る。

 道中、いやグランライノセスを含めて楓矢は自分の力で討伐したいと息巻いていた。単純に勇者としてだけでなく、一人の男として剣を扱えるレベルに達したいからだ。

 短い期間だが地道な努力は積んできた。後はそれを活かして次のステップに進むだけだ。


「難しいなあ……と言うかそもそも、俺ってば勇者のランク上がってもスキル覚えないのおかしくない?」

「ええと……確かにそうだよね。ひとつくらいは覚えても良さそうだけど」

「おーい女神ぃ、なんでだー?」


 空に声を投げる。


「……ん?」

「どうしたの?」

「返事がねえ。おーい女神ー!!」


 声も虚しく、静寂が辺りを支配した。


「おいおい、マジかよ」

「え、女神様いないの!? いつから?」

「……そういやいつだっけ。基本的に俺から声掛けねぇから」


 思い出そうとしても数日は遡らなければいけない。

 勇者として女神の存在は必要不可欠。しかし仮に、その存在が消えてしまったとなれば、グランライノセスを討伐するしないの話どころではない。


「やべぇ……どうしたらいいミリアちゃん」

「ええ!? そんなの私に言われても……」


 不穏な空気に包まれ、言い様のない焦りが楓矢の額に汗を浮かべる。


(これ、大丈夫なのか……? あんの馬鹿女神! お小言言う時だけ出てきやがって!)


 焦りがより鮮明になろうとする中、ピンと張り詰めた空気が一瞬だけミリアの頭を掠めた。


「【シールド】!」

「ミリアちゃん!?」



 楓矢が言葉を発するより前にミリアは防御系魔法のシールドを展開する。これは物理、魔法のそれぞれに効果がある、小さな防御壁を作り出す初級魔法だ。

 ミリアの場合、狭い範囲に圧縮する事で、最小限の魔力で上級魔法すら受け止める盾を形成出来る。


 ジジィッ!


 瞬く間光、そして後から焼け焦げる様な匂いが鼻先を掠める。シールドの中心は黒く染まっており、ミリアはそれが雷系の魔法による攻撃だと判断した。


「誰かな?」


 姿は無いが薄らと気配はある。

 盗賊系の冒険者だろうか? ミリアの探知魔法から漏れるとなると相当の手練に違いない。

 再び襲ってくる魔法ーーーー【ライトニング】を【シールド】で受け止めると、ミリアは身を翻して杖を翳した。


「【フォトンレイ】!」


 集約した光が弾け視界を白に染める。

 光の中を紫の光が駆け巡ったかと思うと、ミリアの杖と鍔迫り合う様に剣が当てがわれていた。


「!?」

「流石はSランク冒険者ミリア・フェルゼンと言ったところか」


 細身の剣を操っていたのは黒髪を束ねた女。年齢はミリアと同じくらいか、腰には脇差の様な剣を二本刺しており、革で出来た軽装に身を包んでいる。


「貴女は……誰!?」


 突然の襲撃に理解が追いつかない。

 しかし、相手の女はスッと剣を引くと、軽快な剣捌きで白刃を鞘に収めた。


「腕前は噂通りだな。この辺りをウロウロしていると聞いた」

「質問に答えてないよ」

「そう怒るな」


 怒気を匂わせたミリアを女は笑い飛ばす。


「あんな攻撃はお前にとっては挨拶だろう。なんせ私と同じ、数少ない十代のSランク冒険者だ」

「“私と同じ”?」


 女は楓矢を一瞥し、鼻で笑いながら視線をミリアに戻すと胸に手を当てて高らかに自己紹介を始めた。


「自己紹介が遅れたな。私の名前は【リアン・ハルベルト】ーーーー流浪のSランク冒険者だ」

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