第35話

 

「さあ、まずは食べてくれ」


 莉緒達の目の前に繰り広げられたのは大量の料理だった。

 あれだけの戦闘の後だというのに一体どこからこれだけの料理が現れたのか。

 ロッドをはじめ、エドナも目を丸くして言葉を失っている。しかしオルクスとガルドはお構いなしに食事の準備を進めていた。


「クルーアルシュリンプはボイルしたものと焼いたものを使っている。その他はガルドが買ってきてくれた香辛料などでーーーー」

「ああ、それに良い肉も手に入った。程よく塩漬けにしてあったから燻製にしてみたぞ」

「それとこっちの魚は焼きと刺身だ。鮮度が高いから抜群に美味いぞ」

「……な、なんというか」

「圧がスゴイんだよ、圧が」


 オルクスは言わずもがな、ガルドも料理になると職人気質になる傾向にあったらしい。ここにきてオルクスと同調した結果、己の拘りに対する歯止めというものを失っている様にも見える。

 元々ロッドとは論理的な話をしないガルド。趣味思考が違う二人は仲間であれど、ガルドのこの様なテンションを見るのは極めて稀である。

 ともなれば、己のポテンシャルを最大限に活かせる状況で輝かない訳にはいかない。

 密かに街による度に書き留めていたレシピ。それを解放するのに僅かな躊躇も無かった。


「さあ!」

「食べてくれ!」

「お、おうよ……」


 二人に急かされてロッド達は焚き火の周りに腰を下ろした。

 テーブル代わりに地面に敷かれた大きな葉っぱの上にはこれでもかという大量の料理の数々。五人で食べ切るにはキツイのでは? というエドナの疑問を打ち砕く様に、隣では莉緒の腹がクウウと鳴った。


「……すごく、おいしそう」

「ああ、どんどん食べてくれ!」


 爛々とするオルクスとガルドの視線を受け、莉緒は大きくゆっくり頷くと、目の前にある自分の顔程の大きさのパンを手に取った。


「……これは?」

「クルーアルシュリンプのバーガーだ」


 バンズの隙間を見れば大ぶりのクルーアルシュリンプ。一口大に切り分けられ、香ばしいオイル漬けにされたものが挟まれていた。

 他にも酸味の効いた香りーーーーオーロラソースだろうか。後はそれを受け止めるレタスやトマトなどが顔を覗かせている。風味豊かな香りも相まって、食欲の根幹を遠慮なしに刺激してくる。


「大口でガブリといってくれ」

「う、ん」


 オルクスに促され莉緒は最大限まで口を開いた。

 最大と言ってもバンズの上下にギリギリ到達するかどうか。それでも、莉緒は何とかクルーアルシュリンプまで届かせようと必死に齧り付いた。


「!?」


 噛んだ瞬間、まずは炙ったバンズの香ばしさが先行する。表面はカリッとしたファーストバイトから始まり、やがて訪れるクルーアルシュリンプのぶりっとした身の食感。

 歯を跳ね返すほどの弾力、そこから溢れるのはジューシーな魚介のエキスだ。後から来る芳醇な海鮮のパンチの効いた塩味と辛味にガツンと頭を揺らされる。


「うめぇ! これ……辛いのなんだ?」


 いつの間にか隣で同じものを頬張っていたロッドも驚きの声を上げた。


「市場で見つけたんだよ。【サラマンダーハーブ】の若芽だ」

「さらまんだーはーぶ?」

「火山地帯に自生する香草の一種だ。その辛さはまさにサラマンダーの如く一瞬で駆け抜ける、その様子から名前が付けられた」

「た、確かにもう辛くねえが……もう一口行きたくなるなコレ! 辛え! 美味え!」

「莉緒には少し辛かったか? 少し量を減らしてみたんだが……」

「ううん……とっても、おい……し、い」


 言いつつ、莉緒の赤い瞳からはボロボロと涙が溢れだした。

 突然の出来事にオルクスとガルドを始め、ロッド達まで驚きを露わにした。


「おいオルクス! やっぱり辛かったんじゃねえのか!」

「いや流石にそこまではーーーー」

「ちがうの……違う、から」


 袖で涙を拭い、改めてバーガーに口を付ける。

 齧り、味わい、咀嚼し、飲み込む。

 一連の動作をひたすら繰り返し、やがて半分ほど食べ終わると、涙で濡れた顔を上げた。


「おいしい……すごく、おいしい」

「……莉緒?」

「わたし、自分の事がよく分からないの。でも……ずっと、孤独で、お腹を空かせていた気がする」


 ぐしゃぐしゃになった顔のまま、莉緒は自分の出来る限りを口にした。言葉と同時に薄らと記憶が蘇ってきたのだろう。語気に力強さが加わる。


「お腹空いて、でも食べるものなくて、寂しくて、誰も助けてくれなかった……死にたく無い……でも、どうにも、出来なかった」

「…………」

「多分、わたしは……自分の世界では、死んだんだと思う」

「なに?」

「……こうして、別の世界に来て感じたけれど、自分という存在が希薄で、空っぽなの」


 状況が理解出来ないロッドを他所に、オルクスは楓矢のケースを踏まえてとある仮説を立てた。


「まさか、死んだ魂を何者かがこの世界に呼び出し魔王として生を与えたと?」

「……う、ん。上手く言えないけど、たぶんそう」

「…………」


 自らを抱きしめる莉緒。

 失ったからこそ気付く、食べる事、生きる事への執着心。噛み締めて嚥下して感じた生きているという実感。

 これが虚無だと思いたく無い。

 相反する思いが、莉緒の根底に根付いていた残酷な現実を思い出させたのだ。


「わたしは……この世界にとって、悪い存在なんだよね? 生きてちゃ、ダメな存在」


 ふらりと立ち上がり自らの両手を眺める。

 食事をして力が戻ったのか、その両手には薄らと黒い瘴気が纏わりついていた。


「わたしは魔王……いずれはこの世界を喰らうーーーー」

「莉緒!!」


 朧げな言葉を断ち切り、オルクスが叫んだ。


(なんだこの感覚は……この状況、どこかでーーーー)


 自分の意思が追いつかないまま、オルクスは莉緒の手を取った。瘴気に触れた刹那、激しい痛みがオルクスを襲う。


「うああああ!?」

「オルクス!」

「くッ……俺はーーーー」


 溢れた言葉はオルクスのものだったのかは定かでは無い。だがハッキリと、確かに口にしていた。


「もう……“お前達を失いたくないんだ”」

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