第49話

 


 ▪️秘めし闇


 キマイラとの戦いの後、負傷した騎士団の体制を整えつつリナリーは情報を集めていたが、手負いのカルロスを含めた騎士団の戦力は大きく削がれた状況であった。

 故にオルクスに魔神討伐の依頼を持ち掛けた際、リナリーは自分も共に戦うと申し出たが、オルクスは頑なに首を横に振った。

 魔神討伐には危険が付き纏う。互いを知らない者同士でパーティを組むのは危険だとオルクス判断したのだ。


「任せきりになってすまない。オルクス殿と莉緒殿の武運を祈っているよ」

「気にしないでくれ。俺には俺のやり方があるんだ」


 リナリーに別れを告げると王都ディノルを北に向かい、大きな川を二つ超えた先を目的地に据えた。

『黒土の園』と呼ばれる特殊な成分を含んだ土壌が広がる辺境なのだが、そこで採取される黒土は多大な魔力を含み多額で取り引きされる。

 しかし魔物が多く棲息している影響で一般の人間は近寄ろうとしないが、多額の利益を得ようと赴く冒険者の多くが命を落としていた。


「黒土の土壌が危険な理由は魔物の所為だけじゃないんだ」

「……?」

「魔力酔い……と言っても莉緒には分からないか。土に含まれる膨大なマナに身体が過敏に反応して意識が混濁してしまう症状だ。ただでさえ強い魔物がいる中で意識が朦朧(もうろう)とすればーーーー」

「生きて帰るのは困難……だね」

「いくつか対策はあるが、まず先に確認すべき事がある」


 オルクスは鞄から小さな針を取り出した。

 全体は白く、表面に僅かな揺らめきが見て取れた。


「これは……?」

「魔力の適正を測定する魔道具だ。莉緒、この先に少し血を滲ませてみてくれ。少し痛いかもしれないが……」

「ううん、平気」


 プツリと針先を人差し指に押し付ける。赤い血が針に滴ると、針が薄紫色に発光し始めた。


「……ん?」

「これは……!?」


 やがて針は色を失い、一瞬で炭の様にボロボロと崩れて消えた。


「……驚いたな」

「?」


 オルクスは崩れた針を指でなぞると、指先を咥える莉緒に視線を向けた。


「普通ならマナを体内に入れると必ず魔力に変換しようと身体が自然と作用する。発光したのはその前兆、この反応で魔力酔いにどれだけ抵抗があるかを調べるつもりだったが……」

「う、ん」

「莉緒の場合はマナを体内に入れた瞬間、変換した魔力をストックせずに自分の中に吸収……内側に取り込んでいるらしい。稀にそういう体質の人間も居るんだがーーーー」


 この反応はその比ではない。

 変換された魔力の吸収速度、生成から取り込まれるまでのプロセスはまさに“捕食”と表現する他ないだろう。

 魔王として転移してきた素質は本物だ。魔力は魔法を操るものでは無く、莉緒の前では栄養の一つに過ぎないと言わんばかりの現象だ。


「この場合、どうなるの?」

「魔力が蓄積し続けないから魔力酔いは心配ないだろう。例え周りが黒土に囲まれても普通に動ける」

「オルクスは?」

「俺は別の意味で問題ないんだよ。生まれつき魔法の素質が限りなくゼロだったからな」


 そう言って自らも針に血を滲ませる。


「ほらな」

「全く、変化がない?」

「だろう? 例えばミリアは魔法が得意で体質も合っているが……俺はその真逆だった。だから魔法はスペルカードに頼りっぱなしだったよ」

「じゃあオルクスも平気?」

「だな」


 黒土による身体への影響が無いと分かると、オルクスはリュックを地面に置いた。


「確認事項は済んだ。となればまずは腹ごしらえが先だな。莉緒も腹が減っただろう?」

「ごはん……!」

「丁度この辺りはデュオガゼルが棲息している、あれの肉は絶品だ。焼いて良し燻製にして良しと冒険者には有難い食料なんだよ」

「美味しそう。食べて……みたい」

「任せておけ。すぐに仕留めて夕食にーーーーッ!」

「オルクス?」

「……いや、なんでもない」


 野営に取り掛かるオルクスだが、遥か地平の先に違和感を覚えた。


(この感じは……)


 言葉に出来ないが、胸の内側を逆撫でされる様な感覚が通り抜け、やがて消えていく。


「やっぱりどこか痛いの?」

「!? 大丈夫だ、心配はいらないさ」


 気のせいかと思いたいが、オルクスはこの胸騒ぎにも似た感覚に僅かな覚えがあった。


(くそ、詳しく思い出せないがーーーー)


 違和感は胸騒ぎへ、胸騒ぎは遥か遠くの記憶を呼び起こそうとする。しかしその全容はモヤががっており思い出すことは出来ないでいる。


 そんなオルクスの様子を遥か上空でほくそ笑む人物がひとり。


「……あはは、オルクスくん鈍ちんだねぇ」


 朧げに現れた月を背に、メアは不適な笑みを浮かべて空を駆けた。

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