第50話

 


「……準備はいいな?」

「う、ん。お腹もいっぱい」


 オルクスが狩ってきたデュオガゼルの肉で腹を満たした莉緒。

 空腹の時は力の流れに乱れを感じたが、腹が満たされると随分と安定した様子だった。しかし満腹状態も長くは保たず、数時間後には空腹になってしまうだろう。

 余った肉を燻製にして保存食にしているが、戦いが長引けば魔王化して暴走する危険性は大いにあると言えるだろう。


(情報の少ない魔神を相手に短期決着を狙うか、我ながら無謀だな)


 手入れが終わった燐天を翳した。

 漆黒の刀身が鈍く輝き、刃こぼれひとつない鋭さが際立つ。


「莉緒、何度も言うが無理はするな。俺がお前を守ってやるからな」

「……だいじょうぶ。わかってる」

「そうか」


 燐天を鞘にしまうと、野営の後始末をして遥か前方に広がる黒土の園を見据えた。



 ▪️潜む牙



 黒土に含まれる魔力は魔物の死骸から滲み出たものだと言われている。

 この地域は寒暖の差が激しく慢性的に食物も少ない為、魔物は共食いで命を繋いでいるとされていたが、食い散らかされた死骸が土に還り徐々に魔力を帯びていったのだ。

 その結果として魔力酔いを引き起こす環境が出来上がり、近付く魔物や人間の意識を混濁させ土地の栄養とする禁足地が完成した。


「……想像以上に酷い環境だな」


 むせ返る匂いに顔を背けたくなる。

 数多くの魔物の死骸が転がっており、食い散らかされたものや魔力酔いで意識を失っているなど様々な個体が確認できた。

 主に小型から中型の魔物で、ランクでいえば初級の冒険者でも討伐できそうなレベルだろうか。少し奥で活動している個体は少なく見積もってもBランク以上と見て間違いない。


「なるほど、耐性を持っているのは漏れなく上級の魔物といった具合か。魔神以外でも手を焼きそうだ」

「オルクス……あれ」

「ん?」


 莉緒が指差した先。

 そこには誰かが倒れており、シックルリザードーーーーAランク相当の魔物の標的にされていた。


「こんな場所に人が……」


 反射的に燐天を抜き去り、その刀身は鞘との摩擦を種火として炎を宿した。


「燃えろ、フランベルジュ!」


 ロングソードほどの刀身を得た燐天を振り翳し、オルクスは迷う事なく黒土の園へと足を踏み入れた。


(魔力酔いは問題ない……これならいける!)


 鋭利な爪が負傷者を襲うより速く、フランベルジュの炎がシックルリザードの巨躯を焼き斬ってみせた。


「大丈夫かッ!?」

「う、うう……」


 見た所十五、六歳の少年だった。

 腹部には切り裂かれた傷があり、大量の出血が確認できる。


「止血して傷を癒す……莉緒、鞄からヒールのスペルカードをーーーー」

『キヒヒ』

「!? オルクス離れて!」

「なッ!?」


 莉緒の言葉に反応し身体を反らせる。

 オルクスの頬を掠めたのは、黒々と歪に捻じ曲がった螺旋状の細い槍だった。


『すごい反応速度だね、キヒヒ』

「お前……人間じゃないな?」

『当たりだよお兄ちゃん。ボクの名前はイースっていうんだ』


 グチャグチャと肉が犇く音が響き、イースと名乗った少年の姿が一変する。

 まるで針金を絡め合わせて作った人形の人形。対峙してみて理解したのは、全身に纏わりつく様な魔物とは違う重鈍な圧力だった。


「お前が……魔神だな」

『キヒヒ、正解。ボクはね、仕返しをしにきたのさ』

「仕返しだと?」

『さあて、そこの“魔王サマもどき”も殺してあげなくちゃねえ』

「!?」


 イースの視線が莉緒に結ばれる。


『さあボクとアソボウよ、お兄ちゃんたち!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る