第51話

 


 黒土より現れた魔神イース。

 絡み合う螺旋状の身体は黒土の影響で淡く魔力を帯びており、大きさは赤ん坊ほどにも関わず、放たれる圧力はまさに魔神の名に相応しいものだった。


「アソボウよ、お兄ちゃん達」

「莉緒ッ!」


 頭上より漆黒の糸が降り注ぎ、莉緒の周囲を取り囲んだ。さながら鳥籠の様な形となったが、外部からオルクスが攻撃を加えても傷一つ入る事は無かった。


(フランベルジュでも刃が立たない……だと!?)

「キハハ、どうでしょ硬いでしょ? この『黒牢血糸(こくろうけっし)』は対象の抱える闇に反応して硬さを増すのさ」

「抱える闇……?」

「キハ! 糸から伝わってくるよ……その子のこれまでの悲しみと負の連鎖。吐き気がするほどに狂おしく素敵だ」

「う、ああ……!」

「莉緒ッ!」


 身を抱き寄せて苦しみ始める莉緒。

 赤い目を見開き、大量の汗をかきながら身を震わせ始めた。


「なるほどなるほど。この子は“前の世界”でとても悲しい死を体験しているね。激しい孤独と飢餓……うん、魔王様の魂がこの子に惹かれたのも分かる気がするよ」

「ああ……あ、ああ!」

「今すぐ莉緒をここから出せ!」


 燐天を翻し再びその刀身に炎を纏わせる。

 檻を壊す事を諦めたオルクスは、その元凶たるイース本体を断ち切ろうと駆け出した。


「無駄だよ」

「!?」


 フランベルジュがイースを切り裂くが、オルクスの手にはまるで手応えが無かった。


「ボクをそこらの魔物と一緒にしないでよお兄ちゃん。ボクは対象の闇に触れている間、その能力を行使する事ができる」


 螺旋状の身体が解けるように緩み、不気味に脈動を始める。


「安心してよ。檻はその子を直接は殺さない。自分の闇に飲み込まれる以外はねーーーー」

「その姿は……!」


 弛緩した螺旋の糸が色彩を得ると、イースの身体はまるで人間を模した様な形を得た。

 白く足元まで伸びる髪、真紅の瞳、そして漆黒の翼と角を有する姿はまさに、魔王化した莉緒そのものだった。


「流石は現魔王を名乗れるだけの力だね。うん、とてもしっくりくるよ」

「そんな……まさか」

「先に言っておくよ。ボクはあの子の能力を行使するけど、この身体へのダメージは全てあの子に移り変わる。もちろんお兄ちゃんじゃあ檻は壊せないから……うん、ボクに殺されるかあの子を殺すしか選択肢はないね」


 構築されたばかりの身体を見渡し、イースは不適な笑みを浮かべた。


「こんなのは初めてだよ。魂だけとはいえ死を体験して生きている人間なんて普通は存在しない。加えて肉体が魔王様の器ときたら最高じゃないか」

「貴様……ッ!」

「さあ、何故かお兄ちゃんからも“良くない”何かを感じるよ。この場で殺しておくのが正解だろうね。下手に力をつけられると、あの冒険者みたいになられても困る」

「……何の話だ」

「今頃は向こうもお楽しみじゃないかな? ボクと違ってルーツはねちっこいからね。自分を殺しかけた相手に復讐でもしている頃じゃないかな」

「新たな魔神だと!?」

「言ってなかったね。ボクは……いや、ボクらは二人でひとつの魔神なんだよ」


 魔王化した莉緒の能力を発動させるイース。

 周囲の大気が凍りつく様に震え、やがて自らの両手をナイフとフォークに変化させた。


「魔王の晩餐……うん、とても素敵な能力だね」

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