第52話

 

 ▪️光と闇


「ーーーーふッ! せやッ!」

「もっと腰を伸ばすといい、あと力み過ぎて動きが鈍いな」

「うへ……剣を振るのはやっぱ難しいなチクショウ」


 もはや日常となり続けているヴァンによる剣の鍛錬。自己流の鍛錬とは違い、きちんとした剣士による稽古は新鮮であると同時にどこか堅苦しくも感じた。


「…………はあ、はあ」

「剣に迷いがあるな。楓矢殿は何を考えて剣を振っている?」

「え? いや……魔神の噂があるのに、こう……のんびりしていられないって言うかさ」

「ふむ」


 ヴァンは予備の木刀を拾い上げると、楓矢の鼻先を目掛けて剣を振り抜いた。


「うおッ!?」


 動作からやや遅れて風を斬る音が響くと、楓矢の前をユラユラと揺蕩う木の葉が両断され地に落ちる。


「あ、危ねぇな師匠!」

「焦る気持ちは分かる」

「……師匠」

「楓矢殿、人は研鑽を積まずして強くはなれない。いや……仮にそうなれたとしても、それは本当の意味での強さとは別物だ」

「そりゃあ、まあ」


 ヴァンの言葉で楓矢はかつて女神よりスキルを授かった事を思い出した。

 どんな職業でも一瞬でマスター出来るという、この世のあらゆる理を無視した自己強化。楓矢はその末にオルクスを打ち負かし、やがてその偽りの強さの虚しさを知った。


「その点に関しては私が言わずとも楓矢殿は既に分かっているだろう。今の剣の迷いはーーーーずばり、好敵手と認めた相手に対する焦りだ」

「好敵手……は、はぁ!? 別に焦ってねぇし!!」

「騎士団の副団長から聞いたよ。君が勇者として降臨した街の冒険者だろう? 先程まで城に来ていたらしいな。どうやら彼は私が仕留め損なった魔神の討伐に向かったそうだ」

「細目の野郎が?」


 何故だ? という疑問を抱いたが、すぐに自分の立場から状況を理解した。

 今や自分達は勇者とSランク冒険者のパーティだ。魔神の動向を確認しつつ、万が一に備えなければならない。

 キマイラ討伐の弊害によって王都の管轄する騎士団が機能していない状況下であるなら、有事に対して万全を期すのが妥当だろう。

 城に到着して早四日が過ぎた。騎士団の調査ではヴァンが倒し損ねた魔神以外の被害も多く囁かれている。

 より強力な魔神が現れるやも知れないのなら、恐らく国としてはそちらに戦力を注ぎたいのだろう。


「魔神と言えど相手は手負だ。王もSランクの冒険者なら討伐可能と判断したらしい。たしかーーーーオルクス・フェルゼンといったか、とても優秀だと聞いたよ」

「……べ、別に大した事ねぇよあんな奴」

「ふふ、その反応を見て安心したよ。私も並みの冒険者に任せられないと思ったが、その彼なら大丈夫そうだ」

「いってぇ!」


 楓矢のバンバンと背中を叩くと、続きだとばかりに木刀を構えた。その様子に楓矢も毒気を抜かれたのか、表情を切り替えてヴァンの横に並ぶ。


(見てろよ細目の野郎!)


 ーーーーフォン!


 意気込んで木刀を振り翳した刹那、ヴァンすら反応できない速度で空間が揺らいだ。


「!?」

『見つけたぞ、勇ましき魂を持つ者よ』

「楓矢殿!」

『貴様は後だ、邪魔はさせん』

「うわッ!」


 糸状の光が伸びたかと思うと、それは楓矢に絡みつき次元の裂け目へと誘う。


「させるかッ!」

『ボクも同じ轍は踏まない』

「なにッ!?」


 ヴァンの攻撃は光の線に触れる事なく空を斬った。楓矢を掴んでいるにも関わらず、外部からの攻撃の一切を受け付けない。


『勇者も魔王も、みんな僕らが取り込んであげるよ。今頃はイースも愉しんでいる頃だ』

「双子の魔神……姿は見えないがこの前の奴か!」

『斬られた恨みは忘れない。勇者を取り込んだら次はお前だ冒険者』

「待て!」


 それだけ言い残し、次元の裂け目は楓矢を飲み込んで消えた。


「父さん! 何事だ!?」

「楓矢殿が攫われた……相手は魔神だ」

「楓矢が!?」

「準備しろ二人とも、どうやら魔神は個別に動いているらしい」

「ちッ、次から次へと面倒をかけてくれる」

「我々も出るぞ!」


 双子の魔神が単騎で攻めてくるなど考えが及ばなかったと、ヴァンは表情を険しくした。

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