第53話

 

 ◆



「……ッ!」


 視界が暗転したかと思うと、次の瞬間には眩い光に包まれた。眼球の奥が痛くなるほどの光を迎えた楓矢は、その先に佇む小さな影を見つける。


「ようこそ、僕の空間へ」


 小さな影はポツリとそう呟いた。

 視界が鮮明になると浮かび上がる歪なシルエット。白の空間で一際目立つ、小さいながらも黒い螺旋を絡めた様な不気味な傀儡。


「僕の名前はラース、こう見えても魔神だ」

「魔神……だと!?」


 自らを魔神と名乗ったラースに対し、楓矢はようやく状況を理解して臨戦態勢を取った。


(良かった、聖剣は手元にある……!)


 距離は充分。

 より一層の警戒の色を濃くしながら、楓矢は目の前の魔神の動きに目を凝らした。


「まあ待ってよ。僕は君と遊びたいだけなんだ」

「はあ? いきなり訳の分からない場所に連れて来ておいて遊びたいだと? 言ってる意味が分からなねぇな」

「そんなこと言わないで欲しいな。君もきっと興味がある筈だよ?」


 キハッと短く笑うと、ラースは自らを形成する螺旋の身体を引き伸ばしながら巨大な円を描いてみせた。黒々とした弧はゆっくりと回転しつつ揺らめきを増し、何やら不穏な気配を空間内に充満させる。


「!?」

「イースが上手くやってくれたね。向こうの“彼”と同じ試練を君にも体験させてあげようじゃないか」


 ーーーードシャリ。 


 やがてラースが作り出した円形状のサークルから何かが産み落とされた。

 黒い液体を身体に纏わせながら蠢くのは魔物か? ーーーーいや違う、それは長い白髪を有した人間、それも少女らしき存在だ。


「誰だ……?」

「ふふ、彼女こそ現代の魔王サマの力を引き継ぐ飢餓の魔王さ」


 ラースはそう告げると、サークル状に変化させた身体を収縮する。ギリギリと耳を塞ぎたくなる様な金切り音を立てつつ、程なくして現れたのは螺旋の槍であった。

 槍と化した彼は何の躊躇もなく矛先を下に向けると、そのまま生み出した少女を背中から貫いた。


「なッ!?」

「安心しなよ。この子は“向こう側”にいる本体をコピーした偽物だから。もっとも、能力だけは本物のそれだけれどね」


 少女は背中を貫かれようとも痛む様子もない。

 ズルズルと身体に侵入してくるラースを受け入れながら、小さな身体を抱きしめるようにして静寂の中にいる。


「魔王……」


 楓矢はラースの言葉を反芻しながら目の前に居る少女の顔に視線を結び続けた。

 白く透き通る肌、漆黒の鱗が折り重なった鎧の様な外殻、天に伸びる二本の角、背中には翼、そして腰の付け根から生えているのは体躯と同じほどの尻尾だ。

 年端も行かない少女がそれらを纏っている。その姿を異形と呼ばずして何と称するか。

 戸惑う楓矢を他所に、槍を体内に迎えた少女は立ち上がると、ゆっくりと瞼を開いて真紅の瞳を露わにした。


 キィィイイン!!


「なんだッ!?」


 その瞬間、まるで小さな入れ物の中に大量の空気を圧縮した様に、白く包まれた世界が軋む音を立てながら亀裂を産んで悲鳴を上げる。

このまま壊れてしまうのではと思うほどの衝撃が駆けたが、楓矢はその場に立ち尽くすしか出来なかった。


「おやおや流石は魔王サマの力だ。この空間すら食べてしまう勢いだよ」


 ラースは少女の身体を完全に支配してみせると笑みを溢した。指先をゆっくりと曲げつつ、身体の隅から隅までの感覚を確かめるように意識を巡らせる。


「ーーーーさ、そろそろ遊ぼうか勇者クン」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

離別から始まるシェフと勇者の物語【旧:異世界転移してきた勇者にパーティを追放されたのでシェフになります】 名無し@無名 @Lu-na

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ