第48話

 


 ▪️王都の騎士


「…………」

「落ち着かないの、オルクス?」

「まあ……な」


 メイドに通された豪奢な客室。

 流石は王城というだけあり、広々とした部屋の隅々までその名に恥じぬ光景が広がっていた。

 絵画についてはオルクスも専門外だが、どの絵も一目で高価なものと分かる。

 あの一枚でとんでもない値段になるだろうなと、月並みの感想を抱いた所で部屋のドアがノックされた。


「失礼いたします」


 現れたのは部屋に案内してくれたメイドだった。やがて彼女は徐に身を引くと、背後より一人の女性が姿を現した。高く結われた金髪を靡かせ、全身に白い鎧を纏った女性が立っている。その風貌より、彼女が高貴な生まれだとすぐに分かった。


「お初にお目にかかる。貴殿らがギルド・プレジールの冒険者だな?」

「……そうだが」


 オルクスの視線はその女騎士に結ばれる。

 年齢は二十代中盤あたりだろうか。端正な顔立ちとは対照的に、数多くの修羅場を潜った様な貫禄を纏っている。


「ふッ!」

「!?」


 シャンと甲高い音が響くと共に女騎士はオルクスの懐に入っていた。腰の剣は抜かれており、白銀の刀身が輝きを放っている。

 その刀身はオルクスの喉元に突きつけられるーーーー事は無く、僅か手前で燐天によって阻まれていた。


「噂通りの腕前だね」


 スッと剣を引き僅かに笑みを浮かべる女騎士。

 対してオルクスは怪訝な目を向けると、燐天の漆黒の刃を鞘に納めた。


「……随分と手荒な歓迎だな」

「もちろん寸前で止めるつもりだったし、こうなる事も予測の範疇さ。流石は若くしてSランクの冒険者を名乗るだけはある」

「俺を試したのか」

「……非礼は詫びよう。すまない、私もあまり余裕が無いのでね」


 剣を鞘にしまうと、女騎士はソファに腰を下ろして髪を解いた。


「私の名はリナリー・ルルベル。この王都の騎士団で副隊長を務めている」

「オルクス・フェルゼンだ」

「莉緒……です」

「ふむ、ではオルクス殿。単刀直入に用件……いや、依頼を申し出たいのだが」


 リナリーがメイドに目配せをして退室させると、室内は瞬く間に静寂に包まれた。


「オルクス殿はこの世界の情勢を、どこまで知っているだろうか」

「情勢?」

「国同士の派閥争い、魔族の侵略、今の世界はかつてない危機に瀕している」

「…………」


 魔族という言葉に僅かに莉緒の肩が震えた。


「どこかで魔王が降臨した影響で魔族が活発になっていてね、魔神が猛威を振るった結果、我が騎士団は半壊してしまったんだ。隊長であるカルロス・マークハイドも深い傷を負って戦闘不能……故に今は私が騎士団の全権を任されているんだ」

「魔神……」

「既に確認されていたキマイラは勇者殿の手によって葬られたのだが、他の個体に関しても情報は少ないが存在が確認されている」

「つまり被害が大きくなる前に魔神を倒したい……という訳だな?」

「話が早くて助かるよ。最初は我々でも問題ないとたかを括っていたが、いざ戦ってみると無情にも実力の差を突きつけられた」


 現在の騎士団の戦力は約半数。

 キマイラが魔神の中でどれほどの序列かは分からないが、他の魔神が同等のレベルであっても勝てる見込みは薄いだろう。


「だから勇者殿にも協力を仰いだ。そして彼らは見事キマイラを討伐する事に成功したのだが、他の魔神も早々に手を打たなければ被害は広がる一方だろう。故に我々と共に魔神を討伐できる冒険者を集めているんだ」

「勇者が、魔神を……」


 女神からの祝福を帳消しにした勇者が魔神を倒した?

 いくらミリアがついていると考えても、それだけで説明がつくとは思えない。


「彼らも城で療養している。今も修行も兼ねていてーーーー」


 外で剣がぶつかる音がする。


「丁度外で鍛錬の最中らしい。オルクス殿と勇者殿は顔見知りと聞いたが、会っていくかい?」

「いや、やめておこう」


 次に会うときは互いに高みへ辿り着いた時だ。少なくとも今ではない。


「……オルクス?」

「莉緒、俺はこの依頼を受けようと思う」


 勇者が確実に実力を身に付けているのなら、こちらも足踏みしている訳にはいかない。


「一緒に来てくれるか?」

「わたしは……オルクスが戦うなら、一緒に戦う」

「それでは……!」

「ああ」


 オルクスは立ち上がり、窓の外で剣を振るう楓矢とミリアを見据えた。


「俺達に任せておけ」

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