第44話


 ▪️ディノル城内


「…………」


 キマイラを討伐し、そこから半日掛けてディノルに到着する事が出来た。

 客間に通された楓矢達だったが、場内の空気は重く、歓迎されてはいるものの素直に喜べずにいた。

 その理由は明白だ。此度のキマイラ討伐に際し、王都は多大な被害を出してしまった。

 それは騎士団だけには留まらず、ギルドが抱える優秀な冒険者の約半数が還らぬ人となったからである。

 騎士団側も団長を務めるカルロス・マークハイドが意識不明の重体となり、今は副団長のリナリーが指揮を務めている。

 リナリーが無事な理由としては、討伐隊を二つに分け後続側のリーダーを務めたからだ。冒険者の招集が間に合わないが故に分けられた討伐隊だが、この現状が吉なのか凶なのかは誰にも判断が付けられない。

 全力で挑めば被害は少なかっただろうか?

 それとも被害が拡大しただけなのだろうか?

 突き詰めようとも水掛け論にしかならない事実を前に、楓矢達はその複雑な心境を、国王ラース・ディノルより聞かされていた。


「……思ったより深刻そうだな」


 沈黙に耐えきれず楓矢はポツリと溢した。


「うん。騎士団も半壊だし、何より魔神に手も足も出なかった事が大きいみたいだね」

「俺がもっとーーーー」

「楓矢」

「っと、悪い」


 リアンに釘を刺され、楓矢は言葉を飲み込んだ。

 もっと早くに勇者の力に目覚めていれば。それは結果論であり、そもそもキマイラと対峙したのだって偶然の産物だった。考え方次第では、今以上に被害が広がる前にキマイラを叩けた事をプラスに捉えられる。


「しかし、これからが問題だな」

「……現状では、楓矢以外に魔神は倒せない」

「お、おう」

「プレッシャーを感じるか?」

「そりゃ当たり前だろうよ。俺だってまだ勇者の能力をコントロール出来る自身がねえから」


 無意識に発動した二つの能力。

 それを楓矢が自在に操れてはじめて魔神と相対する事が可能となるだろう。しかし現状は不安要素しか無く、この王都滞在中に勇者の能力を掌握しようと考えていた。


「しっかし、どうやって鍛えれば良いんだ?」

「……発現出来たとして、あのレベルだと私でも相手が出来ないだろうな。ミリアと組んだとしても物足りないだろう」

「そうだね。あの聖剣の力だったら私の守りも通じないよ」

「じゃあソロで特訓か」

「いや、待てよ」


 リアンはハッとして視線を上げた。


「父さんだ! 私の父さんなら相手になるぞ!」

「リアンの……親父さん?」

「何か理由があって遅れてはいるがここに来る筈なんだ。騎士団の人間に話を聞いたが、やはり先導隊には参加していなかったらしい」

「確かSランクって言ってたな」

「待って、リアンのお父さんって……」

「ヴァン・ハルベルトだ」

「そうだよ! ハルベルトって聞いて引っ掛かってたんだ」

「……んん? 相当有名なカンジ?」

「有名なんてもんじゃないよ! この世界で最強の冒険者なんだから!」

「え、マジで?」

「本人は肩書きなど気にしていないがな。しかし父さんなら勇者を相手にしても問題ない筈だ。もちろん私の何倍も強いぞ」

「うへぇ、そんなスゴイのか」


 驚きを露わにする楓矢だが、その瞬間、客間のドアがノックされた。

 程なくしてメイドが入ってくると「リアン・ハルベルト様。ヴァン・ハルベルト様がご到着されました」と頭を下げた。


「父さんが!? 今は何処に?」

「……今回の依頼で亡くなった方の慰霊碑に立ち寄ると伺っております」

「慰霊碑……場所は?」

「こちらの部屋を出て、左手にある出口からお進み下されば……」

「ありがとう、行ってみるよ」


 メイドが退室すると、三人は顔を見合わせて慰霊碑のある場所へ向かった。


 ◆


 メイドから聞いた話通り、城を出ると目立つ場所に慰霊碑は佇んでいた。

 基本的には王都に従事する人間に対して立てられるものだが、今回の件は国王も責任を重く感じている。

 関わったギルドの人間の家族は勿論、ギルドに対しても多大な補償金を約束しているらしい。魔神の力は我々の予測を遥かに超えており、人間がどれだけ警戒せねばならない相手かを魂の根幹に刻み込んだと言えるだろう。

 そんな慰霊碑を前に、一人の男性が胡座をかいていた。ジッと慰霊碑を見据え、微動だにせずただ座っている。


「父さん……?」

「む、その声はリアンか」


 大柄な身体でゆっくりと振り返ると、黒髪を豪胆に掻き上げた男性は表情を崩した。

 振り返った瞬間の顔は死者に他向けるものであり、それが一瞬で切り替わった様子に楓矢は息を飲んだ。


「この人が、世界最強……?」

「君が勇者か」


 低く、どっしりとした声が響く。

 だが決して威圧的では無く、どこか安堵感さえ抱いてしまう声だった。


「話は聞いているよ。魔神の件もそうだが、リアンを助けてくれた事は感謝する」


 何の躊躇もなく頭を下げるヴァンに対して楓矢は慌てふためきながら手を振った。


「あ、頭を上げてくれよ……い、いや下さい?」

「畏まる必要はないさ、私もその方が気楽でいい」

「ええと……じゃあ頭を上げてくれよヴァンさん」

「うむ」

(なんだこの人……圧倒的に違う)


 自分の行動に一切の迷いも躊躇もない。

 あっさりと頭を下げた事もそうであるが、建前や形式に捉われず、自分の正しいと思った事を遂行する姿が印象的だった。

 それを可能にするのはこれまで歩んできた人生、そして超えて来たであろう場数がものを言うのだろう。その場に佇むだけで圧倒されそうな存在感に、流石の楓矢でさえもそれを感じたのだった。


「父さん、随分と遅かったが……」

「その件だが、少し場所を変えようか」


 慰霊碑を一瞥すると、傍に置いていた巨大なバスターソードを背中に担いだ。


「……キマイラを討伐したばかりで心苦しいが、道中で新たな魔神の存在を確認した」

「新たな……魔神!?」

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