オルクスへの依頼

 

 ▪️貴族の領地へ


「……ここか?」


 地図を頼りに歩き続けたオルクスは、とある屋敷の前に立っている。

 アルシアから遥か東に存在するドルドゥという街、そこに住む貴族を訪ねてきたのだ。


 事の発端はウォルフの一言で、


『お前も料理人を目指すなら丁度いい依頼がある。ドルドゥに住むボリス伯には娘がいてな、かなりの偏食家らしいから一発美味いと言わせてこい』


 返事をするまでも無く押し出されたオルクスだったが、回数を重ねる度に料理の腕前が上がっているのは実感していた。

 職業的に言えば料理人では無く創者のランクとして経験が積まれているらしく、現在はランク3である。創者として特にスキルを得た訳ではないが、シンプルな料理の腕前は右肩上がりと言えるだろう。

 現に包丁捌きは見事なものであり、燐天を振るう様はウォルフにだって負けはしない。料理などした事が無かったオルクスだが、身に付く全てが喜びとなっていた。


(……まあ、剣士だと伸び代がほぼ皆無だったから尚更だな)


 剣士としては自分の最高到達点だったのだろう。どれだけ魔物を倒しても上がらないランクに、僅かながらも苛立ちに近い感情を覚えていた。

 創者ーーーー女神さえ知らぬという未知の職業。

 創者の道を生きるという事は、予測すら出来ない事象の連続となるだろう。しかしその未知が刺激となり、オルクスの中の長年忘れ掛けていた新鮮な気持ちを蘇らせた。


「……さて」


 すぐに思考を切り替え、獅子の頭が模されたドアノッカーに手を伸ばす。

 コンコンとノックをすると程なくして初老の男性が姿を現した。白髪混じりだが身なりは整っており、オルクスを確認するや恭しく頭を下げる。


「ようそこいらっしゃいました」

「ギルド・プレジールから来たオルクス・フェルゼンだが」

「旦那様よりお話は伺っております。私は執事を務めておりますテノスと申します。どうぞ、詳しいお話は客室で……」

「…………」


 テノスと名乗った執事は一瞬だけ辺りを一瞥した。

 瞳だけの僅かな動き、オルクスでなければ見逃してもおかしくない微々たる動きである。


(警戒……いや、少し違うか)


 テノスの辺りを伺う素振りに妙な引っ掛かりを感じた。貴族の屋敷に住まう者ならその立場上、多少なりとも危険が付き纏う。

 金品狙いで貴族が襲われる事件もザラに有り、故に貴族達は屈強な冒険者を雇い、屋敷の警護にあたらせるのが普通だった。

 しかしボリス伯の屋敷には護衛の姿は見られない。


 幾つもの推測が脳裏をチラつくが、それらを裏付けるだけの情報は無い。ならばここは大人しく、求められた依頼だけを熟そうと心に決めた。


 ▪️魔法を操りし者


 ドルドゥは別名『魔法都市』とも呼ばれ、多くの魔術師が集う街であった。

 街の規模も大きく都市と呼ぶに相応しいが、その異名を確固たるものにしたのは領主ボリス・ラングウェイである。

 彼は貴族という立場ながら秀でた才能を持ち、魔術師として数々の偉業を成し得た。


 まず語らなければいけないのは、この世界において伝説の魔術師と呼ばれる『ライネル・ゼオン』だろうか。

 生きる伝説とも呼ばれるライネルだが、齢(よわい)97にして現役の魔術師である。

 ボリスはライネルの一番弟子であり、ライネルの教えを遜色なく受け継いでいた。

 天候すら操るだけの魔力を自在に操るライネルに対しボリスの強みは別にある。魔法の素質が高いのは勿論だが、彼を天才と言わしめたのは多岐にわたる応用力だ。

 通常、魔法は微精霊からマナを取り込み体内で魔力に変換した後に放出する。スキルボードで会得した魔法はそのプロセスを辿るのが基本であり絶対だった。

 しかしボリスは無詠唱での魔法の発動をはじめ、若くして数々の偉業を成し得たのである。


 その中で最も有名なのは『スペルカード』の存在だろう。

 手のひら大の小さな札に魔法を閉じ込めるというもので、魔術師の鍛錬を積まずとも千切るだけで発動を可能とする。

 平たく言えば魔法を封印した紙なのだが、発動した魔法を圧縮、維持、停滞させる技術は神の所業に等しいと言われた。

 これを応用し生活に活かす事で得られるメリットは多い。火を起こすのも水を得るのも、スペルカードの技術を水平展開した結果だ。

 人々の生活基準を爆発的に向上させた立役者。

 故にそんな彼が住まう屋敷の警備の薄さが、オルクスの中で違和感として際立ったのだ。


(あれだけの功績だ、得られた冨は途方もないだろう。金銭的に護衛を雇わない理由は無いはずだが、冒険者の気配は未だに感じられない)


 廊下を歩きながらオルクスは神経を研ぎ澄ましたが、冒険者が放つ独特の気配は微塵も感じなかった。メイドが数人、給仕の仕事をしている姿が見えた程度だろう。

 世界的な改革をもたらした人物の居住区とは到底思えない警備の薄さだった。


「こちらでお待ち下さい」


 テノスの案内が途切れる。

 促された扉の先には、客室と呼ぶには大きすぎる部屋が広がっていた。

 オルクスは辺りを伺いながら足を伸ばそうとするが、部屋の中央ーーーー巨大なテーブルを前にしてソファーで寛ぐ存在に足を止めた。


「……あれは?」

「む、ホルン」


 テノスは怪訝な表情を浮かべ、近くで給仕をしていたメイドを呼び止めた。

 ホルンと呼ばれたメイドは肩で切り揃えられた茶色い髪を揺らしつつ、テノスの声に身体を硬らせた。


「は、はひッ! ま、また私、何かミスをーーーー」

「おほん、グラウ様のお部屋は隣だと言い付けた筈ですが?」

「えーと……ああッ!」


 しまった。と、言葉を聞かずとも表情で理解できる。

 目に見えてアタフタするホルンを他所に、テノスは深々と頭を下げた。


「申し訳ありませんオルクス様。こちらの手違いでご案内するお部屋を間違えたようです。改めてご案内させてーーーー」

「いや、問題ないさ」


 テノスの言葉を遮る声。

 それは部屋の中央から投げかけられるが、オルクスはその声の主に視線を結んだまま沈黙を続けた。

 立ち上がったのは随分と体格の良い男だ。百九十センチはありそうな身の丈、筋肉質な腕は日日に焼けており、獅子のような黒髪を後ろに流している。

 風貌だけで感じる圧力は相当なものだ。


「グラウ様、しかし……」

「大丈夫だテノス殿。我々は同じ冒険者を生業とするギルドの人間。世間話くらい何の問題もないさ……そうだろ、オルクス・フェルゼン」

「……俺の名前を知っているのか?」

「もちろんだ。ギルド・プレジールに在籍するSランク冒険者のひとり。相方はミリア・フェルゼンで二人ともかつては孤児院育ちだったな」

「!?」

「その位は知ってるさ」


 そう言って男はヌッと手を伸ばす。


「俺の名はグラウ・バーディア。『ハーメルン』という小さなギルドでマスターをしている者だ。よろしく頼む」

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