第43話

 

 ▪️勇者降臨


「これが……楓矢の本当の、力なのか?」


 突如として光に包まれた楓矢。

 やがて光が収まると白いノースリーブのコート、金色の腕あて、そして黒のブーツを身に纏い姿を露わにした。

 スキルボードの勇者ランクが跳ね上がった瞬間の出来事に、リアンとミリアは言葉を失って佇んでいる。キマイラも異様な空気を察知してか、余裕を拭い去り警戒の色を濃くする。


「なんだ貴様、その姿は?」

「あれ、聖剣ってどこだっけ」


 キマイラの言葉を無視して楓矢は辺りを見渡した。


「ああそうか、今は手元に無いんだっけ。じゃあまずはーーーー」

「!?」


 空に手を翳した刹那、光の粒子が手中に集まり形を作り上げる。それはやがて剣の形を成し、魔物に奪われた筈の聖剣と化した。


「嘘!?」

「聖剣が……戻っただと?」

「ええと……【ブレイブ・アルカディア】は問題なく発動しているからーーーー後はコッチだ」


 聖剣を翳すと両手を添え、勢い良く双方に引き裂いてみせた。すると一本だった聖剣が分裂し、やや刀身が細い二本の聖剣へと生まれ変わった。


「顕現せよ【双聖天ライズ・デュオ・カルディア】」

「何だ、楓矢に何が起こっているんだ!?」

「分からない……でも、とても大きな光の力を感じる」

「退いてて二人とも……後は任せて」


 震えは消え去り、恐れは愚か、どこか余裕さえ感じる風貌でキマイラに歩みを進める。

 その瞳は真っ直ぐにキマイラを捉えたまま、ゆっくりと二振りの聖剣を構えた。


「困るんだよ、あまり無茶をされると」

「……何だと?」

「いや、もう喋らなくていい」


 ヒュッ!


「ッッッ!?」

「うん、悪くない」


 目で追えない速度で振り抜かれた二撃の斬撃。

 それは的確にキマイラの頭全てを斬り裂き大量の鮮血の雨を降らせた。


「しまった、やり過ぎた」


 血に染まりながら楓矢は聖剣を束ね一本に収束させると、それを鞘に収めて振り返る。


「もう大丈夫だから」


 無邪気な笑みを浮かべる楓矢。

 しかし、その異様な光景にミリアとリアンは警戒を解けずにいた。楓矢は怪訝な目を向けつつ「もう大丈夫、敵は倒した」と続ける。


「ふ、楓矢……お前、その力はーーーー」

「ん? これは見たまんま勇者の力さ。勇者の衣と聖剣の覚醒、それ以上でも以下でもない」

「……えっと、勇者くん……何だか雰囲気が変だよ!?」

「なんだろう、ああきっと勇者の力に目覚めて少しハイになってるだけかも」

「そ、そうなの?」


 勇者の衣を消し去るといつもジャージ姿へと戻り、鞘に入ったままの聖剣に視線を落とした。


「でも少し疲れた……このまま倒れると思うけど、後よろしく」

「え?」

「おい楓矢!」


 宣言通り、楓矢は一瞬で意識を失って地面に倒れ込んだ。

 二人は慌てて駆け寄るが、ミリアが確認しても命に別状は無いらしい。


「ただ眠ってるだけみたい……勇者の力を使い過ぎたから?」

「分からん……だがーーーー」


 首を切り下ろされて絶命したキマイラに視線を結び、リアンはただ息を呑んだ。


「これが……勇者の力、か」



 ◆



「……んあ?」

「む、起きたか」

「あれ……これどんな状況?」


 外は陽が落ちており暗闇に包まれているが、焚き火に照らされたリアンの顔が近くにあり楓矢は慌ててその場から離れた。


「な、ななな……ッ!?」

「おい失礼だぞ! そこらの地面に寝かせるのが不憫だと思ったのに」

「いやいや、何が……え、どういう事!?」


 リアンの膝枕から飛び起きた楓矢はキョロキョロと辺りを伺う。情けなく狼狽えていると、丁度周辺の魔物の気配を確認し終わったミリアと鉢合わせる。


「やっと起きたんだね……えっと、勇者くん、だよね?」

「ん? どゆこと?」

「!? いや、何でもないよ!」

「ヘンなミリアちゃん。でも本当に意味が分からなねえよ、誰か説明してくれ!」

「覚えていないのか?」

「何を?」

「お前がキマイラを倒した事だ」

「……キマイラを、俺が?」

「本当に覚えてないんだ」


 唖然とする楓矢だが、それ以上に驚きを露わにしているのは二人である。

 あれだけの力を行使したにも関わらず、楓矢はその一片すら覚えていないらしい。その証拠に、手元に戻ってきた聖剣を見た時の驚き様は異様そのものだった。


「せ、せせせせ聖剣、ある!!」

「落ち着け」

「落ち着いてられっかよ! うわマジか、マジだよな!? ちょっとほっぺ抓ってくれ!」

「ん? こうか」

「あいででででッ! 少しは加減しろよ!!」

「喜んだり怒ったり忙しい奴だな」


 苦笑しつつリアンは左腕を摩っていた。


「お前、その傷……」

「ああ、ミリアのお陰でこの程度で済んだ」


 左側の肘から手首にかけて、傷口は塞がっているがザックリと跡が残っていた。痛々しい戦いの爪痕だが、リアンは目を細めて笑みを浮かべた。


「お前が助けてくれなければ、この程度では済まなかった。記憶が無いとしても感謝しているぞ楓矢」

「……ッ!」

「楓矢!?」


 リアンは突然、腕を掴まれ唖然とする。

 対して楓矢は涙を浮かべ、腕に顔を埋めていた。


「すまねえ……! 俺に力が足りなかったから!!」

「おいおい、どうしたんだ急に!?」

「この傷、残るんだよな?」

「それは……まあ治癒魔法でどうにかなる傷では無かったからな。腕が繋がっているだけでも行幸だぞ」

「それでもすまねえ!!」

「……ミリア助けてくれ」

「えっと、どうしよう」

「すまねえ! 本当にすまねえ!!」


 自分の不甲斐なさからリアンに一生の傷を残してしまった。楓矢はその自責の念で押し潰されそうになっている。

 それを察した二人は互いに顔を見合わせ、困った様に笑みを浮かべた。


「落ち着け楓矢、これは冒険者なら避けては通れないものなんだ」

「……でもよぉ」

「依頼には色々あってね、大体は依頼中に起きたトラブルの責任は冒険者側にあるんだよ」

「は? そんなの冒険者が不利じゃんかよ。ギルドは何もしてくれねえの!?」

「プレジールはその辺は手厚いんだけど、殆どのギルドはそんな感じだね。代わりに前金と報酬が豪華だったりするんだ」

「……金で解決ってことか?」

「言い方は悪いけどそうだね。だって殆どの冒険者はお金の為に依頼を受けているんだよ?」

「そんなの……なんか嫌だ俺」

「ふむ、楓矢は相当な甘ちゃんだな」

「なんだとッ!?」

「ーーーーこれを見てみろ」


 リアンはガバッと肌着を脱ぎ捨てる。胸元をギリギリ手で隠しながら、身体に残った数々の傷跡を見せ付けた。


「おい待てって!」

「ちゃんと見ろ。この傷の一つ一つが私がSランク冒険者として歩んだ証だ」


 生々しい傷跡は数え切れない。齢十八歳の身体には思えない程、その肉体は歴戦の傷で埋め尽くされていた。


「冒険者になった瞬間から覚悟はしていたさ。もっとも、嫁には行けそうにないがな」


 カラッと笑って見せる。

 自分で晒したとはいえ、空気を重くさせない様にとのリアンの配慮だが楓矢は真剣な表情で答える。


「何でだよ」

「何でって……こんな傷だらけの身体だぞ、当たり前だ」

「じゃあもし、その傷を笑った奴が居たら俺がぶん殴ってやる。その傷は、間違いなくリアンの覚悟の証だ」

「!?」

「上手く言えねえけど、それってすげぇカッコいい事じゃん? 生き方とかフワッとしてる俺と違って、ビシッと一本筋が通っててさ」

「……ま、まあ、そうだな?」

「ふふ、私は見直したよ楓矢の事」

「あれ、ミリアちゃん今“楓矢”って読んでくれた?」


 思わず二度見するが、ミリアはこくりと頷いて見せる。


「もう勇者くんなんて呼ばないよ。楓矢は楓矢で、ちゃんと勇者だから」

「……うわ、俺なんか泣きそうだわ」

「わ、わだじもだ」

「うおあッ!? なんでお前が泣いてんだよ!!」

「お前が変なごどいうがらだバガぁ!」

「ふふ……あはは」


 賑やかな夜は笑い声と共に更けていく。

 二日後、王都へ辿り着いた三人の魔神討伐の報告は瞬く間に大陸中に響き渡ると同時に、勇者の存在を確固たるものへと変えていった。

 しかし一方で、キマイラ戦で生き残った騎士団による『魔王の消滅』の話だけが王を悩ませる原因となる。

 詳細は闇のままだが、楓矢達は王の労いによってディノルの城内で身体を癒す運びとなった。



 ◆



『ありゃ、これは少し予定外だぞ? せっかくパクった聖剣なのにぃ!!』


 ディノルの遥か上空で胡座をかいてボヤく少女。頬を目一杯に膨らませつつ、目深にパーカーのフードを被って怒りを露わにしていた。


『話が違うじゃ〜ん。ぜーんぶメアの好きにして良いって言ってたのにい』


 ふよふよと宙を回転しながら彷徨い、頭が下を向いた時にピタリと動きを止めた。そこで『まてよ?』と押し黙り、数分間、無言のまま考える素振りを続けた。

 やがてポンと手を叩き目を見開く。


『そっか、そういう事か! 分かっちゃったねメアって超天才!』


 ニシシッと悪戯げな笑いを溢すと、メアはフードを脱いで不適な表情を浮かべる。


『じゃあ今度は、かな〜りヘヴィでスペシャルな悪夢をお見舞いしちゃおうかな!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る