第46話
▪️失意と責務
王都へ帰還した騎士団、及び冒険者ギルドの面々は即座に医務室に通された。
キマイラの襲撃によって半壊した連合軍だが、半数は死亡、残りの半数も歩くのがやっとの状態となっていた。
先遣隊として隊を率いていたカルロス・マークハイドも例に漏れず、命は有るが意識が戻らない程に衰弱していた。左腕は繋がってこそいるが使い物にならない程に損傷し、出血が酷く昏睡状態を余儀なくされている。
副団長を務めるリナリー・ルルベルは生死の狭間を彷徨う彼の隣で固く拳を握ったまま、此度のキマイラ討伐に対し、取り返しの付かない現実を受け入れるのに必死だった。
「……カルロス」
ポツリと呟き、溢れそうな涙をグッと堪える。
「国王様はさ、今回の作戦……部隊を分けた事は正解だったって言うんだ。確かに私が居ても焼け石に水だろうけどさ、それってすごく、悲しいよ」
圧倒的な魔神の力。人間がどれだけ束になろうと抗(あらが)う事が出来ない事実は歴史が証明している。
どの歴史においても勇者の活躍無しには成し遂げられなかった栄光。だが今この瞬間に関しては、降臨したばかりの勇者だけを頼ることは出来なかった。
「どうすれば良かった? 私が無理をすれば死なずに済んだ命はあったのかな?」
どれだけ問い掛けても返事は無い。
カルロスは微かな生命力だけを頼りに、ただただ荒い呼吸だけを繰り返すだけだった。
「リナリー副隊長、そろそろ処置の時間なので……」
「……ああ、すまない。隊長を頼むよ」
「承知しました」
医療班にカルロスを任せると、リナリーは外の空気を吸おうと医務室を出て中庭へ向かおうとした。
そこで視界に入ったのは剣を振る青年と、それを見守る冒険者の姿だった。
「……あれは」
よく見れば冒険者はヴァン・ハルベルトである。巨躯に見合った特徴的なバスターソードを背負う姿は見間違う筈もない。
そして青年の振る剣もそうだ。刀身から柄の先までが純白に輝いている。あの様な剣があるとすれば、それはかの聖剣をおいて他には存在しない。
「……あれが勇者と、最強の剣士」
込み上げてきた感情は怒りだった。
人類最強と謳われるヴァン・ハルベルトが予定通り到着していれば恐らく戦況は変わっていた筈だ。そして勇者が早くに力を付けていれば、もっと早くにキマイラを屠れたに違いない。
(それなのに……今になって鍛錬をしているなんて)
自分の力が足りない事実があるからこそ、力を持つ者が悠長にしている姿が歯痒かった。
どれだけ研鑽を積んでも辿り着けない領域、そこに立っている筈なのに。
「……いけない、私が腐ってる場合じゃないね」
カルロスが目覚めぬ今、残された王都の騎士団をまとめる責務があるのだ。
他人を卑下する時間などあるまい。今自分に出来ることを確実にこなそう、彼がいつ目覚めても大丈夫な様に。
リナリーは思いっきり自分の頬を叩いて気持ちを切り替えた。
「とりあえずヴァン殿と勇者殿に挨拶だけでもしておこうかな。これからは彼らを頼らなければならないし」
怒りは既に消え失せた。
あの怒りは本来、自分に向けたものだったのだろう。己の実力を把握しているからこそ、足りない部分を他者と比較してしまう。
そんな事を考える暇があるなら剣を振れと、かつて兄に教わったのを思い出した。
「リナリー副団長、よろしいですか?」
「いいよ、どうしたの?」
声を掛けてきたのは城に仕えるメイドだった。
「とある冒険者の方がいらしてまして、コチラをリナリー副団長に見せれば話は通じると。もちろん私は中は見ておりませんので」
「手紙……これってまさか」
見覚えのある便箋だ。
リナリーは自分の心臓が早鐘を打つのを隠しつつ、大きく息を吸って冷静さを取り戻そうとした。
「……この手紙を持ってきた人はどこに?」
「認可の降りたギルドの証明書と冒険者ライセンスを確認しましたので、勇者様とヴァン様とは別棟の客間にご案内しております」
「すぐに会いたい、部屋に案内してもらえるかな?」
「かしこまりました」
(……まさか、こんなタイミングで)
ずっと追い続けた僅かな可能性。
まさか向こうから会いに来てくれるとは願ってもみなかった。
(……兄さん)
記憶の片隅に残った兄の顔が浮かび、サッと闇に溶けていく。
諦めかけていた兄への手掛かりを離さぬ為に、リナリーは足早に客間へと向かった。
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