第23話 時には怒っていい。それは貴方の大切な感情の1つなのだから
あの「頑張る」と決めた日から1週間が経った。
だが、人はそう簡単には変われないもので、以前と変わらず、薬草や山菜を見つけることもできずに、イノシシに囲まれてしまう日々を過ごしていた。
2日後には運動大会だというのに……
この運動大会だが、俺が転生する前の「ユウヤ・ヤマダ」の記憶によると、このイベントのせいでクラスメイトからどんどん嫌われていったらしい。
それが本当かどうかは別として、「ユウヤ」がそのように感じていたというのは事実だから、俺はこの「ユウヤ」の記憶を否定するわけにはいかない。
だから、俺は「ユウヤ」の為にもこの運動大会で活躍できるようにプロフェ先生に特訓をお願いしたり、モンテ山に登ったりしていたのだが、結局この世界に転生した当初と実力はあまり変わっていない。
「よう、ユウヤ! そんな浮かない顔してどうした?」
ヨウヘイが俺に明るく話しかけてきた。
「明後日の運動大会だけどさ、多分、ヨウヘイ達の足を引っ張りそうだなーと思ってね……」
「おいおい、ユウヤ。あんまりそんなに気にしなくていいんだぜ! 確かに、運動大会は年に1回の大事なイベントだけど、それが全てじゃないだろ?」
ヨウヘイはそう言って、俺の不安を少しでも消してくれようとする。
「……ありがとう。でも、やっぱり皆で勝ちたいから考えちゃうよ……」
「そう考えちゃう所がユウヤらしいっちゃ、ユウヤらしいな。まあ、今日も料理するんだろ? 俺も息抜きしたいから、訓練後行くわ!」
ヨウヘイもシズカもこんな自信のない俺を受け入れてくれる。
本当に感謝しかない。
だからこそ、運動大会を境に皆が「ユウヤ」を役立たずと評価したという記憶は間違っていたのではないかと思ってしまう。
ーーー
「ヤマダ。約4ヶ月間、俺の特訓によく耐えたな。3日後は運動大会だから、今日、明日は特訓無しにする。努めて休め」
昨日の特訓後にプロフェ先生は俺にそう言った。
でも、今までのルーティンを壊してしまうと今にも不安が襲ってきそうだったので、プロフェ先生との特訓前にいつも行っていた料理作りは今日も明日もやることに決めていた。
とりあえず、今日は「シチュー」を作る予定だったので、早速料理に取り掛かる。
俺はこの時間が好きだ。
なぜなら、料理をしている間は、作ることに夢中になっているので、不安になることがないから。
加えて、シズカ達が俺の作った料理をいつも美味しそうに食べてくれるので、その顔が見れると思うと料理を作るのが楽しくてしょうがなかった。
シチューの具材はカレーと同じにしたが、シチューのルーなんてものはこの世界にあるはずがない。
よって、俺は1からルーを作らなければならない。
だが、幸運なことにこの世界にも牛乳やバターはあるので、何とかシチューのルーもどきを完成させたが、そのルーを前世含めて作ったことがなかったので、美味しいかどうかは食べてみないと分からない。
でも、その上手くいったかいってないかが分からないのも料理の面白さだなと最近は感じている。
「……君がヤマダ君かい?」
シチューを煮込んでいる時に急に横から誰かに声を掛けられた。
俺はびっくりして、声を掛けられた方向とは逆によろけた。
「びっくりした……って、君は確か……」
なんと俺に話しかけてきたのはミカン組の「シン・キミヤ」だった。
彼はこの学校の中でも有名な生徒の1人。
その理由は、彼がシズカと同じ勇者候補だからだ。
実は俺達の学年は勇者候補がそれぞれのクラスに1人いるという奇跡の世代で、その選ばれし1人が俺の隣にいる。
確か彼の特殊能力は「千の剣」というもの。
その名の通り、彼はいつ、どこでも千の剣を出すことができ、その全てを自由自在にコントロールすることができるのである。
加えて、身長も高い上に、地力もあるので、本気のシンには大人でも勝つのは難しいと言われている。
そんな人が何で特殊能力がない俺なんかに……?
「キ……キミヤ君、何か俺に用があるの?」
「うん。何で君は特殊能力が無いのにそんなに頑張れるの?」
急に現れた上に、答えづらい質問をしてきたから俺は困った。
「…………シズカ達がいるから……かな。俺、足手まといだから、少しでも皆のお荷物にならないように頑張ってるんだ」
でも、一度言葉にすると、スルスルと言葉が繋がって出てきた。
「ふーん。君にとってマツリさん達は大切な人達なんだね」
そう言って、彼は教室の天井を見た。
だが、すぐに彼の目線が俺に向いた。
「でも、勇者の相方に相応しいのは勇者だけだと思うんだけど、君はどう思う? 僕はそれを証明する為に、明後日、君を全力で倒す……」
彼の目は本気だった。俺はその目に飲まれてしまい何も言えなくなった。
「ユウヤ、料理どうだ? って、何でキミヤがいるんだ?」
ヨウヘイはそう言って、シズカ、ハジメ、クルミと一緒に家庭科室に入ってきた。
正直、ナイスタイミングだった。
「ちょっと、ヤマダ君に話があってね。じゃあ、僕は失礼するよ。」
「お……おい、ちょっと待てよ」
ハジメはそう言って、シンの肩を掴もうとした。
「瞬間移動しか使えない君が気安く僕に触らないでくれるかな? 僕と対等に話せるのはマツリさんとヒメカさんだけなんだから……」
シンはそう言って、ハジメの手を振り解いて、教室から出ていった。
ーーー
「……ユウヤ、あいつに何言われたんだ?」
ハジメは目に怒りをこめながら、俺にそう聞いた。
「『シズカの相方に相応しいのは僕だから、明後日は全力でヤマダ君を倒す』って言われたよ」
俺はハジメにそう説明した。
実際の所、俺はまだ動揺していた。
今まで、誰かにこんなあからさまに敵意を向けられることが無かったから、正直、恐怖を感じていた。
でも、その恐怖とは別の感情も密かに感じていた。
「あの人、確かかなりの特殊能力主義者で有名よね。でも、不思議なもので、そんな人に勇者候補の能力がいくなんてね……」
クルミはそう言った。
「しかも、マツリにはキミヤの方が相応しいってぬかしたんだろ? マツリに1番相応しいのはユウヤだろ! マツリもそう思うだろ?」
ヨウヘイは俺が作ったシチューを食べながら、シズカにそう言ったが、ヨウヘイは自分が言った言葉の違和感に全く気付いていない様子だった。
俺の隣に居たシズカは顔が真っ赤になっていて、何も答えられなかった。
「マチダ君……。あなたって、本当にバカね」
クルミはそう言って、シズカをフォローした。
「え? 俺、また変なこと言ったか?」
「大丈夫。いつも通りだから」
クルミがヨウヘイにそう言うと笑いが起きた。
ヨウヘイのおかげで変な空気がいつもの空気に戻った。
でも、そんな中、シズカは笑ってはいたが、何も話さず黙々とシチューを食べていた。
ーーー
「ユウヤ! マツリ! 今日もありがとな! また明日!」
ヨウヘイは明るい声でそう言った。
同じタイミングでクルミはシズカに何か耳打ちをしていた。
その耳打ちが終わると、クルミは俺に近づいてきた。
「ユウヤ、シズカのことを頼んだわよ」
「え……? どういうこと?」
「……すぐに分かると思うわ」
クルミは俺にそう言った。
でも、クルミの言った真意が全く分からない。
ーーー
「…………」
シズカは何も喋らない。
「シズカ……大丈夫?」
俺はいつもと違いすぎるシズカが気になり、そう質問した。
「うん……ごめんね。ちょっと、悔しくて……」
そう言ったシズカの目はシズカがクルミに怒ったあの日と同じ目をしていた。
「キミヤ君は確かに私と同じで勇者候補だし、実力もあるから強いと思うけど、ユウヤの方が凄い……」
「シズカ……」
「だから、ユウヤのことを何も知らない人がユウヤの悪口を言ったのが許せなくて……」
俺はこの言葉を聞いて、シズカこそ勇者になるべき人だと思った。
能力では無く、その人がどんな人かで判断する姿勢。
決して、俺自身が良い人間だとは思わないが、そのような目線で見てくれることが単純に嬉しかった。
前世含めても、シズカのような人を俺は知らない。
そして、そのシズカの言葉で、俺が先程感じていた変な感情の正体が分かった。
俺はシズカと同じ「怒り」を感じていたのだ。
シンには負けたくない。
能力なんて無くても勝てるということを証明したい。
だって、俺は救世主を目指してるんだから。
「シズカ、ありがとう」
俺はそう言って、シズカと同じ目になった。
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