第12話 糸はひっぱり続けると、ほつれ、いずれ切れてしまう

 このモンテ山に来てから一日しか経っていないが、シズカ達が来るまで、一瞬たりとも緊張の糸を切らないようにしていた。


 そのおかげもあり、ワクワクしていたというのもあるだろう。


 だが、糸はひっぱり続ければ、ほつれ、いずれ切れてしまう。


 もし、シズカ達が来なかったら、本当にどうなっていたんだろう。


 例え、運よくさっきのイノシシみたいな生物を退治出来たとしても、俺一人では金のバラは100%取りに行くことはできなかっただろう。


 なぜなら、俺の糸は既にほつれていたから。


「陽が出てから動き始めるわよ」


 クルミのアイデアで一旦、500メートル地点の近くにある洞窟に戻り、ゆっくり休んでから、出発することにした。


 皆が居たからだろうか。

 それとも、シズカが俺の手を握りながら、寝ていたからだろうか。


 本当に良く寝れた。


 目が覚めた時には、太陽は黄色に輝いていた。


 俺の手はシズカの手を握り続けていた。


 外の方を見ると、クルミとヨウヘイが出発の準備をしていた。


「あれ? ユウヤ、もしかして、起こしちゃったか?」


「マチダ君がゴソゴソ音立てるからよ」


 クルミとヨウヘイのいつもの会話だ。


「皆のおかげでゆっくり休めたよ。ありがとうね」


「昨日も言ったけど、美味しい料理を作りなさいよ。私ズル休みしたことないんだから」


 クルミの減らず口はどこにいても変わらないようだ。


 だが、すぐにヨウヘイが異議を唱える。


「親友が困ってる時に助けるのはズル休みじゃないだろ」


「……マチダ君にしてはいい事言うじゃない」


「やっと、俺の良さが分かったか!」


「バカ! 本当にあなたって、バカ!」


 ヨウヘイとクルミの会話を聞いていると昨日の命がけの出来事がまるでなかったようだった。


 いや、彼らは毎日のようにここで訓練してるから、もしかしたら、彼らにとってはいつも通りの事だったのかもしれない。


 そう考えたら、自然と笑みがこぼれた。


「ユウヤ、まだ出発まで時間があるから、ゆっくり休んでなさい」


「俺も準備手伝うよ」


「あのね、自分の置かれている今の状況を考えなさい」


「あ……」


 そうだ。俺を助けてくれた恩人の手を今握ってるんだった。


「マツリ、凄かったよな。あんなに怖いで有名なプロフェ先生にも物怖じせずにズバズバ聞いてたもんな」


 そう言って、今起きたばっかのハジメが後ろから小声で言った。


「ハジメ、やっと起きたかよ。でも、ハジメの言う通り。あの時、プロフェ先生、無表情だったけど、内心焦ってたんじゃね」


「それ、あり得る」


「本当にシズカって、あなたの事になると凄いのよね」


「それな。でも、それがなかったら、本気でヤバかったと思うけどな」


 皆のこの会話を聞いて、こんなに俺を想ってくれている人を俺は心配させてしまったのかと改めて反省した。


「シズカが一番疲れてると思うから、ゆっくり休ませてあげましょ」


 そうクルミは言った。


 でも、そこで会話は終わらなかった。


「ちなみになんだけど、あなたとシズカは、その……こ……恋人……なのよね?」


 クルミは直球しか投げれないから仕方ないが、俺は顔が真っ赤になってしまった。


「クルミ! お前はなんでそんなストレートにしか聞けないんだ。まあ、でも、ナイス。俺も気になってたから。」


 ヨウヘイはそう言って、クルミを珍しく擁護した。


 俺はどう答えるべきか分からなかった。


 でも、俺を助けてくれた皆に嘘をつくのは嫌だった。


「マジで俺とシズカはまだ恋人じゃないんだ。でも、俺の気持ちはちゃんと決まってるよ。俺にとって、シズカは誰よりも特別で大切なんだ。」


 これが今の俺に出来る精一杯の嘘偽りない回答。


 俺とシズカはまだ特別な関係じゃない。


 そう、まだ特別な関係じゃないんだ。


 ハジメとヨウヘイは俺の方をニヤニヤ見ながら、両方の肩を小突いてきた。


「あなた、よく恥ずかしげもなくそんなこと言えるわね。」


「直球しか投げないクルミに言われたくないよ。」


 俺はそうクルミに言い返してみた。クルミは少し驚いていた。


「おお! ユウヤがクルミに言い返したぞ。」


 そう言って、ヨウヘイははやし立てる。


「もう本当にマチダ君はバカ!」


 クルミの矛先はヨウヘイに変わったようだった。


 まあ、そんなに騒いでいたら、シズカが起きないわけない。


「皆、おはよう……。ってあれ? 皆、どうしたの? あっ……」


 そう言って、シズカは顔を真っ赤にして、俺の手を放した。


「シズカ、もうあなたとユウヤが仲いいのは皆、知ってるから、気にしなくて大丈夫よ」


 クルミよ。それは全くフォローになっていない。


 シズカの顔はもっと赤くなっていた。


 シズカは俺の手の代わりに、俺の服の裾を握っていた。


「じゃあ、ユウヤとマツリも準備してくれ。30分後には出たいから」


「分かった。急いで準備するね」


 そう言ったシズカは、いつもより明るい表情をしていた気がする。


 もしかして、さっきの聞かれてた……?


 でも、聞かれてもいいかとある意味開き直ることにした。


 だって、俺の本心を言ったから。


 だって、後悔はしてないから。


 もう俺の糸はほどよくほぐれ、ほつれも直っていた。

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