第26話 今の勝敗が人生全ての勝敗では決して無い

「チュンチュン……チュンチュン」


 朝の気持ちのいい鳥のさえずりで俺は目を覚ました。


「昨日の鬼ごっこのおかげで良く寝れた」と俺は起きた時に感じた。


 体が軽い。


 心も軽い。


 今日の俺は最高のコンディションだ。


 遂に今日、「運動大会」が行われる。


 昨年の「ユウヤ」は予選のサバイバルマッチ開始後、20秒でインクをつけられてしまい、敗退。


 今までの運動大会の中でも最短並の早さで捕まった事で、クラスメイトから非難されたらしい。


「今年はどれだけ粘れるか……だな」


 運動大会のことを考えてしまったからか、それとも「ユウヤ」のトラウマによるものなのか分からないが、心臓の脈が少し早くなった気がした。


 少しドキドキしながら、朝食を食べに自分の部屋から出て一階に降りた。


「ユウヤ、おはよう」


 そこにはなぜかシズカがいて、お母さんと一緒に朝食を食べていた。


 いつもは外で待ってるのに……


「え……?何で、シズカがここで朝食食べてるの?」


「シズカちゃんに明日朝食一緒に食べない?って私が誘ったのよ」


 お母さんは笑顔で俺にそう言った。


「だって、今日は待ちに待った運動大会。でも、気負ったら楽しめないでしょ? ユウヤはシズカちゃんと一緒にいる時が1番自然体になれると思ったから、私とユウヤの為にお願いしたのよ」


 お母さんが続けてそう言った時、シズカは恥ずかしそうに「そんなことないですよ……」と返した。


「私もユウヤとお母さんが朝から一緒なので、凄い落ち着けてます。ありがとうございます」


「あらー、本当にシズカちゃんは嬉しい事言ってくれるわよねー」


「いえいえ。これは事実ですから!」


 シズカは起きたばかりの俺とお母さんを見ながら、そう言った。


 でも、俺は起きたばかりだったこともあり、この会話に入ることができなかった。


 いや、違うな。この会話に入らなくてもいいと俺が判断したから、入らない選択をしただけ。


 他の人に隠してるわけではないが、この2人以外、例えば、親友のヨウヘイ、ハジメ、クルミにもまだ本当の自分の全てを見せたことが無いと思う。


 でも、この2人には違う。


 シズカとお母さんは等身大の「山田裕也」が転生した「ユウヤ・ヤマダ」を知っている。


 だから、シズカとお母さんにはどんなことでも相談できるし、彼女達の為に何かしたいと心から思う。


 だって、この2人はいつもそんな俺を助けてくれるから。


 転生した先がこの家で、シズカと幼馴染になれて、よかった……


「ユウヤ、何そこにずっと突っ立ってんの? 食べるわよ。はい、いつもの卵の焼いたやつ」


 2人のおかげでさっきまでのドキドキは収まり、いつもの俺になれた。


ーーー


「ユウヤ、緊張してる? 大丈夫?」


 シズカは俺が復学した時と同じ言葉、同じ表情で俺に聞いた。


「大丈夫。シズカが一緒だから、俺は大丈夫」


 俺はあの時と少しだけ言い方を変えて答えた。


「えへへ。今日はお互いに頑張ろうね」


 シズカもあの時とは違う答え方になっていた。


 お互い成長したってことなのだろうか……?


ーーー


「皆さん。おはようございます。今日は待ちに待った運動大会ですが…………」


 校長先生からの長いお話が始まった。


 この校長先生からのお言葉が長いのはどの世界でも共通なのだと俺は理解した。


 でも、久々に聞くそれも悪くないとも思っていた。


 まあ、俺の前にいたヨウヘイは頭を何度も「カックン」とさせていたが……


「……では、これで終わりにします。皆さんのご健闘をお祈り申し上げます」


 やっと、校長先生のお話が終わった。


「校長先生、ありがとうございました。それでは、運動大会を開幕致します!」


 校長先生の隣いた先生が勢いよく掛け声をかけて、運動大会が始まった。


ーーー


「皆、小さくて可愛いー」


 シズカと俺は7歳の部のサバイバルマッチを見ていた。


 俺達、11歳の部の予選、サバイバルバトルは午前最後。


 そして、その予選で決勝進出の32名に残れば、午後の決勝大会に行くことができる。


「ユウヤも10歳になるまではこんな感じで笑えてたんだろうな……」


 俺は額に汗を写しながら、走り回る7歳の部の子供達を見て、感傷に浸っていた。


 そして、順調に9歳の部までのサバイバルバトルが終わって、次は10歳の部になった。


 すると、今までとは戦いのスタイルが大きく変わったことに俺は気づいた。


 特殊能力が発現したばかりで扱いがまだ拙いとはいえ、さっきまでとはスピード感が全然違う。


 例えて言うなら、9歳の部までのサバイバルバトルはまるでスローモーションの動画だったのではと思うくらいである。


「こんなんじゃ、特殊能力なしの「ユウヤ」がすぐに負けるのは当たり前だろ」と俺は心の中で「ユウヤ」に同情した。


 保護者や観客として見に来ている人達も俺と同じことを感じていたのか、さっきより盛り上がっていた。


「……10歳の部が終われば、私達だね。やっぱり、緊張しちゃう」


 そう言ったシズカの手はコトコト震えていた。


『誰が勇者に1番近いのか?』


 今日ここに来ている人の何人かはそれをこの目で見る為に来ているのだろう。


 3人の勇者候補級の特殊能力が発現した奇跡の世代。


 現時点で誰が1番強いのかは俺も気になっていた。


 ちなみに、去年の優勝者はシズカ。


 だから、シズカは他の勇者候補2人とは別の2連覇というプレッシャーも抱えている。


「シズカは大丈夫。絶対に大丈夫。それは俺が保証するよ」


 俺はシズカにそう伝えた。


 すると、シズカは笑顔で「ユウヤ、ありがとう」と言った。


 震えも収まったみたい。


 10歳の部の子達の戦いが佳境になればなるほど、午前最後のメインイベントの始まりが近づいてきて、どんどん会場のボルテージも上がってきた。


「おー! 盛り上がってきてるな!」


 ヨウヘイはそう言って俺達に近づいてきた。


「呑気なものね。あの人達は私達の出番が近づいてるから盛り上がってるのよ」


 そのヨウヘイの隣にいたクルミがそう返す。


「なら、尚更楽しみだろ!」


「……あなたには緊張っていう概念は無いのかしら?」


「ヨウヘイには無いね。でも、それがヨウヘイのいい所なのはクルミも知ってるだろ?」


 ハジメがヨウヘイの代わりにそう答えた。


「……まあ、否定はしないわ」


 クルミがそう答えるとヨウヘイは嬉しそうに「だろー!?」と言っていた。


 ヨウヘイ達と一緒にいると、どんな過酷なミッションやイベントでもいつもの学校での1日のように感じる。


 そのおかげで程よい緊張感を保つことができる。


「俺も頑張る……」


 俺も程よく解けた緊張の糸を少しだけ強く結んだ。


「ヤマダ君、調子はどうだい?」


 その時、またしても横から急にシンが現れた。


 俺はまたしてもビックリしてしまい声をかけられた方向と逆によろけてしまった。


 シンは普通に登場することができないのだろうか?


「シ……キミヤ君、俺は調子いいよ。だって、皆がいるからね」


 危ない。心の中ではシンと呼んでいるから、それが出てきそうになってしまった。


 シンに気づかれていないといいけど……


「へえ、それはよかったね。でも、マツリさんとヒメカさん以外は僕の眼中には無い。後、一応、君も別の意味で注目してるけどね……」


 シンは不敵な笑みを浮かべて、俺を見ていた。


 でも、一昨日のように彼の目や表情に飲まれる俺では無い。


 俺は勝てなくてもいい。


 リンゴ組として勝てればいい。


 それなら、俺にもできることがあるはず……


「リンゴ組は負けないよ」


 俺も彼の不敵な笑みを真似て、笑って言った。


 そんな中、他の場所でも大会前の場外戦が起きていた。


「クルミ、今回もあんたの負けよ。もう、あんたは一生私に勝てない」


 ある1人の少女がクルミに喧嘩を売っていた。


 その少女はもう1人の勇者候補であるブドウ組の「リナ・ヒメカ」だった。


 彼女の特殊能力は「身体能力増強」


 どの部位でも強化することができ、同時に強化することも可能である。


 簡単に言うとヨウヘイとクルミの特殊能力の上位互換になる。


 そして、このリナとクルミは犬猿の仲というのは周知の事実だった。


 まあ、仲が悪くなる理由はわかる。


 真面目すぎるクルミとヤンチャなリナ。


 10歳になるまでは多少リナの方が強かった位で実力も拮抗したこともあり、リナが何か悪いことをしてはクルミが叱り、リナもクルミに真正面から反抗するのが日常茶飯事だった。


 だが、特殊能力の発現を機に今では1人は勇者候補、1人は自分の力を与えることしかできないチクリ魔という評価に変わってしまった。


 そのせいもあって、クルミは以前ほど、リナに強く言えなくなってしまったようだ。


 でも、最近のクルミは違う。


 いや、表現的には「本来の彼女を取り戻し始めている」の方が正しいかもしれない。


「リナ、あなたもまだまだ子供ね。私が勝つ必要はないのよ。リンゴ組が勝てばいいの。それすら分かっていないあなたが勇者になれるのかしら?」


 クルミは強気に返した。


 でも、その言葉とは裏腹にクルミの足は震えていた。


「クルミ、元気になって安心したわ。でも、いくら口が立つからって勝てなきゃ意味ないよ。あんた達に私を倒せるのかな?」


 リナもさっきのクルミと同じように強気で口撃した。


「リナ、安心して。私とクルミでちゃんとブドウ組の人達全員を倒してあげるから」


 シズカはクルミの横に立ち、そう言った。


「マツリ! 俺とハジメとユウヤもいるのを忘れるなよー」


 ヨウヘイはそう言って、クルミとシズカの隣に行った。


 俺とハジメもヨウヘイについていき、クルミとシズカの隣に立った。


「そうそう。リナ、お前達ブドウ組にも、キミヤ達のミカン組にも負けない。だよな、ユウヤ?」


「うん。ヒメカさん、俺達は負けないよ」


 その瞬間、クルミの震えが収まったのがわかった。


「まさか、能力なしのヤマダからもこんなこと言われるとはね。ハハハ! そんなあんた達を倒せると思うとワクワクしてきたな。こっちももう立ち直れない位にリンゴ組をぶっ潰してあげるから。特にシズカとクルミ、あんた達は特にね」


「私達だってあなたにも、キミヤ君にも負けないわ」


 クルミがそう言った瞬間、10歳の部の予選通過32名が決定したとのアナウンスが聞こえてきた。


「とうとう始まる。俺達の闘いが……」


 俺はモンテ山を登る前と同じようなワクワクを感じていた。


「でも、あの日より強くなってるはず」と俺は自分自身に言い聞かせた。


「11歳の部の生徒達は入場をお願いします!」


 俺は俺の足跡を地面に残すように一歩を力強く踏み込み、試合会場に入った。

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