第24話 100%でいい。120%だと壊れてしまうから

「勇者の相方に相応しいのは勇者だけだと思うんだけど、君はどう思う?」


 シンから言われたこの言葉がその日中、頭から離れなかった。


 悔しすぎる。


 こんなにも誰かの考えを否定したいと思ったのは初めてだった。


 前世でもこんな感情になったことはない。


 次の日の朝、運動大会の1日前だったが、特訓をしたくてしょうがなくなっていた。


 なぜなら、このままではあのシンに負けてしまうのは、誰の目を見ても明らかだったから。


 まあ、1日特訓をした所で、急にイノシシから逃げられるようになるわけでも、薬草や山菜をいきなり全部覚えられるわけでもないことは分かっていた。


 でも、何かしないと落ち着ける気がしなかった。


ーーー


「プロフェ先生!」


 午前の授業が終わり、俺は片付けを済ますと急いでプロフェ先生のいる職員室に向かった。


「……ヤマダか、どうした? 明日は運動大会だから、今日は休みだぞ」


 先生は俺の方を見ることもせず、そう答えた。


「急ですみません。ちょっと、特訓をつけてほしいです……」


 俺がそう言うと、プロフェ先生は体を俺の方に向けた。


「……ちょっとついて来い」


 プロフェ先生は厳しい顔をしていた。


 俺はその顔を見て、自分のやらかしに気づいた。


「絶対、怒られる」


ーーー


「とりあえず、この部屋に入れ」


 プロフェ先生は人気のない校舎の角っこの教室に俺を連れてきた。


「……やっちまった」


 プロフェ先生から怒られることを確信した俺は自然と身構えてしまった。


 でも、身構えてようが何だろうが、入らないといけない。


 ……正直な所、入りたくない。


 だって、怒られるから。


 だが、入らない方がもっと怒られるのが目に見えて分かる。


「……っしゃ……」


 俺は顔を2回叩いてから、ドアを開けた。


「……あれ?」


 そこにはヨウヘイ、シズカ、ハジメ、クルミがいた。


「やっぱり、ユウヤも来たか! プロフェ先生、俺が言った通りじゃないですかー」


 ヨウヘイは嬉しそうな顔で言った。


「お前達って本当に……。モナカだけではなく、ヤマダまで来るとはな」


「でも、先生がいつでも来て良いって言うから、来たんですよ?」


「マチダ……お前、中々悪い奴だな」


 プロフェ先生は半分呆れながら笑っていた。


 だが、俺は全くもって理解が追いついていない。


「な……なんで、皆もここにいるの?」


 考えた所でどうせ分からないから、質問することにした。


「それはこいつらもお前と同じことを考えていたってことだ」


 プロフェ先生は表情を変えずに言った。


「キミヤに焚き付けられて、それぞれ個別訓練の先生に特訓をお願いしたらしいが、運動大会前だから、特訓は断られたんだと。それで頼みの綱である俺にお願いしてきたってことだ」


「……キミヤ君にあんなこと言われて、何もしないのは嫌だったの。私は彼と同じ勇者候補だし……」


 シズカはプロフェ先生に続いてそう言った。


「ヤマダ、キミヤに喧嘩を売られた件はこいつらから既に聞いてる。お前達の気持ちは分からないでもない。何かしないと落ち着かないって感じだろうな」


「プロフェ先生の仰る通りです」


 クルミがすかさずにそう返した。


「俺は学級委員長のお前が来るとは思ってなかったな」


 プロフェ先生が言うようにクルミは生徒、先生の間では真面目で有名だった。


 だが、最近のクルミは大胆な行動をすることが増えていて、皆を驚かせている。


 巷では「ユウヤ・ヤマダにおかしくさせられた」という話が広まっているらしい……。


「先生のお手を煩わせたのは申し訳ないと思っています。ですが、このまま黙っている方がリンゴ組の皆に失礼だなと思ったので……」


 クルミはそう答えた。


 俺はそれを聞いて、クルミの行動の本質である『正しくないことを正しいことに正す』という考え方が何も変わってないのだと分かり、安心した。


 でも、クルミにとっての正義が変わり始めてるのかもしれないとも同時に思った。


 クルミの体は細かく震えていた。


 今の返しのせいでプロフェ先生から失望されたのではないかと心配しているのかもしれない。


 クルミは意外と怖がりで人からの評価を気にするタイプ。


 だからこそ、真面目すぎるという決して悪くない評価を先生達からしてもらっていたのだ。


「……モナカ。お前がもしかすると1番成長したのかもしれないな。お前の道は正しい。だから、安心しろ」


 プロフェ先生は厳しい顔から一転、優しい顔でクルミにそう言った。


「ありがとう……ございます」


 クルミはプロフェ先生からもらった言葉が嬉しくて、また小刻みに震えていた。


 でも、先程の震えとは全然違うものに違いない。


「…………」


 5分くらい、誰も何も話さない時間が続いた。


 プロフェ先生は教室の窓から外を見ている。


「…………先生! 結局、どうするんですか? 俺達に特訓してくれるんですか?」


 ヨウヘイはその沈黙を破るようにタイミング良く核心をつく質問してくれた。


 本当に彼の空気を読む力の高さには驚かされる。


 ヨウヘイの特殊能力も強力だと思うが、この人間性も彼の強みの一つだと俺は思う。


「悪いが、いくら俺でもお前達に運動大会前に無理させる訳にはいかない。俺はリンゴ組の担任ではないが、お前達がリンゴ組の要なのは色々な先生から聞いてる」


「まあ、そうだろな」と俺は思った。


 勇者候補のシズカを筆頭に、戦闘スキルの高いヨウヘイ、どこにでもすぐに移動できるハジメ。それを後ろから支えるパワーサプライのクルミの布陣はとてもバランスが良く、このまま冒険者のパーティーになってもいいのではと思っていた。


 彼らは誰がどう見てもリンゴ組の柱だ。


 だから、流石のプロフェ先生も怪我の可能性がある特訓はできないようだ。


 まあ、ヨウヘイとハジメは先生からの「特訓はできない」という言葉を聞いて、あからさまに落ち込んでいたが……。


「だが、特訓じゃなければ問題ないだろう。1つゲームをするか」


 プロフェ先生はそう言って、俺達を連れて校庭に向かった。


 この学校の校庭だが、校舎側正面と左側に金網が付けられている。


 そして、学校を正面として見た時、左側には花壇があり、奥側には滑り台やジャングルジムなどの遊具が乱立している。


 校庭の右側には、木々がいっぱいあり、小さいジャングルのようになっている。


 前世の学校よりかはかなり大きい上に、金網で囲まれていることもあり、特訓も問題なく出来そうなイメージだ。


「1人が警察、それ以外が泥棒という設定で、捕まり次第、警察と泥棒が交代するゲームを行う」


 プロフェ先生は俺達にゲームの説明をした。


 ルールを聞いた感じ前世での鬼ごっこと同じである。


「特殊能力の使用はありですか?」


 ハジメが先生に聞いた。


「使用禁止だ。有りにしたら、他の奴らはお前をどうやって捕まえればいいんだ?」


 ブロフェ先生はハジメにそう答えた。


 ハジメは先生から言われた言葉が嬉しかったのか、「へへっ。そうですね」と言って、照れていた。


「じゃあ、時間は30分。特殊能力使った奴は強制的に警察にするからな。……じゃあ、マチダが警察。それ以外は泥棒だから逃げろ。マチダは1分数えてから、追いかけろ」


「先生! さっきの教室でのこと根に持ってるでしょ?」


 ヨウヘイは笑いながらプロフェ先生にそう言って、目を隠して数を数え始めた。


 こうして、運動大会前の最後の特訓(?)が始まった。

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