第25話 今があっという間と感じる時、人は幸せなのだ。
ーーー
「ヤマダ、お前は逃げるのではなく、隠れろ」
ーーー
この異世界鬼ごっこが始まる前にプロフェ先生からそのようなアドバイスをもらった。
だから、俺は校舎から見て左奥にある滑り台の様な遊具の裏側に隠れることにした。
この位置は校庭が全部見える位置なので、他の泥棒の3人がどこにいるかが確認できる。
やはり、皆、考えることは俺と同じで3人とも別の場所ではあったが、隠れていた。
ハジメは校舎から見て左手前側の花壇の裏。
シズカは校庭から見て正面の草むらの中。
クルミは俺とシズカの間にある大きい木の裏にいた。
俺達4人の今いる場所は少なくとも校庭の中心にいるヨウヘイからは見えないだろう。
「59……60! じゃあ、誰から捕まえようかなー?」
ヨウヘイはわざと大きな声を出して、俺達の反応を確認しようとした。
でも、俺達全員、既に準備完了していたので、変な動きをする人はいなかった。
「なるほど。皆、準備万端ってことか!」
ヨウヘイは笑顔でそう呟いた。
そして、ヨウヘイは校庭を一周してから、校舎から見て左手にある花壇の方に行った。
「ここに誰かいるのかなー?」
ヨウヘイは喋りながら、花壇にどんどん近づいていく。
そこにはハジメが……。
どんどん近づいてくるヨウヘイに捕まってしまうことを危惧したハジメはその場で立ち上がり、俺の方に向かって走ってきた。
「ハジメ! こっち来ないでよ!」
「ユウヤ……お前も巻き添いだ」
ハジメは笑顔で俺に言った。
「ユウヤはそこにいるのね……」
ヨウヘイはハジメの笑顔とはまた違った悪人の笑顔をして俺達に向かって走ってきた。
やはり、特殊能力無しとは言え、ハジメやヨウヘイの方が俺より圧倒的に身体能力が高い。
俺も必死に走っているが、どんどん俺の方に近づいてくる。
……仕方ない。クルミとシズカには申し訳ないが、巻き込ませてもらう。だって、捕まるわけにはいかないんだ。
「ちょ……ユウヤ! 何で、私の方に来るのよ!」
クルミは慌てた様子で木の影から出てきた。
「ごめん! でも、捕まらない為なんだ。我慢してほしい」
「ユウヤの代わりに捕まれってこと? 冗談じゃないわ! ユウヤ、あなた悪い人ね……」
クルミは笑顔でそう言っていた。
でも、クルミは俺以上に悪い人だなと思う出来事が起きる。
なぜなら、クルミはどんどんシズカのいる草陰の方に近づき、「警察さん! ここにシズカがいるわよ!」と警察役のヨウヘイにチクったのだ。
「クルミ! よくもチクったわね……。覚えてなさいよー」
「私はチクリ魔らしいじゃない?」
クルミは自分を揶揄しているあだ名を使って、シズカにそう言った。
「じゃあ、とりあえず、目の前のハジメから捕まえようかなー!」
ヨウヘイはハジメを追いかけることにしたらしい。
俺達5人の中だとヨウヘイが1番身体能力が高いので、その後すぐにハジメに追いつきタッチした。
「ハァハァ……。ヨウヘイ、速すぎるよ」
「まあな!」
ハジメは悔しそうだった。
そして、そんなハジメと俺は目があってしまった。
ロックオンされた……?
「ハジメ! ちょっと待って!」
「『ちょっと待って』なんて、実戦にはないだろ?」
ハジメは至極真っ当な答えをして、俺を追ってきた。
「ああああああああああ!」
俺は全力で逃げた。
ーーー
「ハア……ハア……ハア……。皆、本気すぎ……」
「そ……そんなこと言ったら、ユウヤだって……」
シズカは校庭の地面に倒れている俺の横に座ってそう言った。
ヨウヘイ、クルミ、ハジメは俺達から少し離れた場所で固まって休んでいた。
俺は結局その後、ハジメに捕まってしまい、そこから誰も捕まえることができなかった。
だが、それに対して何か劣等感のようなものは全く感じなかった。
逆に皆が俺と全力で異世界鬼ごっこをしてくれたことが嬉しかった。
「さて、いい感じに疲れたんじゃないか?」
プロフェ先生が俺とシズカに近づき、そう言った。
「先生……ありがとうございます。なんか、体を動かしたおかげで頭がスッキリしました」
まるで料理をしていた時みたいにあっという間に30分が過ぎた。
そして、シンに言われたあの嫌な言葉も泡のように頭の中から消えていた。
「お前達の気持ちはよく分かる。貶されると嫌な気持ちになるよな。でも、残念ながら、俺達は実力以上のことはできない」
プロフェ先生は空を見上げながら話し始めた。
「マツリの前で申し訳ないが、ヤマダ、お前はキミヤには100パーセント運動大会では勝てない」
プロフェ先生は俺に厳しい現実を教えてくれた。
だが、俺は自分が嫌な気持ちになる前にシズカが怒ってしまうのではと危惧した。
でも、そんなことは無く、彼女の名前の通り静かに先生の話を聞いていた。
「だが、運動大会では、だ。これから先の人生がこの運動大会で全てが決まるなら別だが、そんなことない。そうだろ?」
「……はい。あくまで人生の中の1つのイベントに過ぎないってことですよね?」
「そうだ。しかも、それは死ぬ時に振り返ったら、蚊に刺された位のイベントになるだろう」
プロフェ先生は空を見上げ続けていた。
「……私、プロフェ先生ともっと話したかったです。今年で最後なのが凄い悲しいです……」
シズカの言う通り俺達は今年でこの学校を卒業する。
その後、シズカ達はブレイブアカデミーに入って、より冒険者としての道を極めていくのだろう。
俺は……まだ分からない……
でも、俺には特殊能力がないから、ブレイブアカデミーには入れない。
それだけは分かっている……
「それが縁というものだ。だが、もし出会っていなかったらと考えると出会えただけでも幸せとは思えないか?」
夕陽によるものか分からないが、プロフェ先生の顔が赤くなっていた。
「上を目指すのは大事だが、それで今の幸せとか過去の自分を否定するな。ネガティブに考えることも時には必要だ」
プロフェ先生の言葉から学ぶことしかない。
いつの間にかヨウヘイ達も俺達の隣にいて、先生の話を聞いていた。
「先生は詩人みたいですね」
クルミはフィルターをかけることを知らないので、直球ど真ん中ストレートの言葉を先生にぶつけた。
「……恥ずかしいからさっき俺が言った言葉は忘れろ……」
プロフェ先生はそう言って顔を伏せた。
「え? 先生、照れてるんですか?」
「あの怖いで有名なプロフェ先生が?」
お調子者2人組のヨウヘイとハジメがプロフェ先生に口撃を仕掛け始めた。
「おい、やめろ! 俺は照れてなんかいない……」
口ではそう言っていたが、ずっと顔を伏せていたから十中八九照れていたのだろう。
先生はさっき「出会わなかったことに比べれば、出会えただけまし」と言ってたけど、やっぱりもっと早く先生から色々なことを教わりたかった。
俺はこの先生からまだまだ学びたいことがある……
もう空は茜色になっていた。
明るかった。綺麗だった。
そして、少し切なった。
楽しくも少し切ない運動大会前日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます