第47話 焦らなくていい。丁寧に歩き続ければ、いずれ目標に到達できる。
「タナカ君って、こんなに速かったっけ……?」
シズカは目の前でドンドンスピードを
「そ……そんなに凄いの?」
俺はこの試合の最初からハジメを捉えられてなかったから、見えているシズカにそう聞いた。
「う……うん。ちょっと、引くぐらい。もうルリの未来からも消え始めてるのかもしれない」
「シズカ、ごめんなんだけど、試合状況を教えてもらってもいい? 俺の目じゃ、ハジメの姿すら見えてなくて……」
俺はシズカに正直に見えてないことを伝えた。
「分かった! 最高の実況をするね」
シズカはこんな俺をバカにすることなく、快く俺のお願いにYESと答えてくれた。
こういう所がシズカの優れているというか勇者候補として他2人より一歩前に出てる理由なのだろう。
「あ……あの、シズカ。私も見えてないからお願いしてもいいかしら」
クルミも恥ずかしそうにしながら、俺に被せるようにシズカにお願いをしていた。
「マツリ、悪い! 俺もよろしく頼むわ!」
そして、ヨウヘイも笑顔でシズカにお願いした。
凄い失礼な話だが、俺はクルミとヨウヘイも見えてないことが分かって、少し安心した。
でも、やはり流石シズカ。
「勿論! 皆がイメージできる位上手く実況するからね!」
シズカは嬉しそうにそう言ってくれた。
そのシズカによると、ルリは防戦一方になっているらしい。
俺からみると、ルリが上手くブロックを作っているように見えていたが、既にカウンターができる状況ではないらしい。
「あ……またギアが上がったよ」
シズカがそう言った瞬間、ルリの体が何か強い衝撃を受けたかのように空中に浮いた。
ハジメのタックルがルリに届いたらしい。
だが、ルリもぎりぎりの所でハジメの攻撃をさばき、直撃は避けた模様。
そして、ルリは空中で態勢を上手く立て直して、綺麗に地面に着地した。
その瞬間、姿は見えないがハジメの声が聞こえてきた。
「もっと、速くだっつってんだろ!」
会場の人も俺と同様にハジメの姿が見えていない人がほとんどだったので、急な声が聞こえてきて、茫然としていた。
そして、そのハジメの声の後にシズカが衝撃的なことを言った。
「タナカ君が……消えた」
遂にハジメは勇者候補のシズカの視界からも消えた。
だが、その時のシズカの表情は何かを凄く恐れているような顔をしていた。
俺はシズカがそう言った後、見えている側と思われる他2人の勇者候補を無意識に目で探していた。
リナとシンは偶然、俺達と近い場所にいたこともあり、すぐに見つけることができた。
だが、その二人もシズカと同じように狐につままれたような顔をしていた。
俺はこの3人の表情を見た時に、ハジメは本当に消えたのだと理解した。
恐らく、もうこの会場でハジメを捉えられる人は限られた先生以外にはいないだろう。
俺はそう思いながら、メインステージに目を戻すと、そこにはもう誰もいなくなっていた。
「ドンッ!!」
体感としてその約0.2秒後、メインステージの角で爆弾が落ちたかのように、砂煙が舞った。
「砂煙が濃すぎて、何も見えないな!」
ヨウヘイがそう言うように砂煙は大きな渦を巻いて、かなりの高さまで上がっていた。
この砂煙を見れば、相当な衝撃が発生したことは想像に難しくない。
それから10秒してから、少しづつ影が見え始めた。
「「「誰かが誰かを抱えてる?」」」
「「「そんなバカなことあるかよ!」」」
「「「いや、会場の端っこでお姫様抱っこみたいなことしてるって!」」」
観客がそう言うように砂煙の影を見ると、どっちかがどっちかをお姫様抱っこをしているようだった。
「私の負け……だね」
その時、ルリの声が聞こえてきて、抱えられている側の影が会場の外に足を着くのが見えた。
そして、その影がもう一つのメインステージの上にいる影に向かって、何かを耳打ちをした。
その後、ハジメの声が聞こえてきた。
「ルリ、ありがとな」
そのハジメの声が聞こえた瞬間、風が起き一気に砂煙が消えた。
そして、そこには、メインステージの外れで立っているルリとメインステージの上にいるハジメが握手していた。
「し……勝者はハジメ・タナカさんです!!」
ハジメ勝利の放送が入った。
「「「お前、凄すぎる!!!」」」
「「「タナカ!! お前なら優勝できるぞ!」」」
観客からは大きな歓声と拍手が送られた。
それもそのはず。
この試合を表現すると、タネも仕掛けも分かってるのに、見破れないマジックショー。
盛り上がらない訳がなかった。
ハジメはその歓声を受けながら、ルリと一緒にメインステージを後にした。
「タナカ君もルリもお疲れ様!」
シズカは一緒に会場の外に出てきた2人にそう言って、飲み物を渡した。
「シズカ……ありがとう……」
「2人ともレベルが高くて、凄かったよ!」
シズカは先程の顔とは違い、少しワクワクしているようだった。
「でも……やっぱり、ハジメ君は……強かった」
ルリはシズカの言葉に対して照れながらそう答えていた。
一方でハジメは少し離れたところでヨウヘイとハイタッチしていた。
「やったな、ハジメ!」
「おう。でも、ルリのおかげで色々気づけたよ」
「マジで途中からハジメの姿見えなかったぜ?」
「うん。俺はもはや最初から見えてなかったよ」
俺はヨウヘイの言葉に被せるようにそう言った。
すると、ハジメは恥ずかしそうに笑った。
「それは嬉しいけど、直接言われると照れるな。だけど、あの動きは当分もうできないかもしれないけど」
「え……それはどうして……」
俺がそう聞こうとした瞬間、プロフェ先生が放送席から走ってきた。
「タナカ! お前、体は大丈夫か?」
プロフェ先生はそう言って、ハジメの肩を掴んだ。
ハジメは少し驚いていたが、「今は大丈夫です」と答えた。
プロフェ先生はハジメからの言葉で安心しているようだった。
その後、プロフェ先生はハジメに何かを耳打ちしていた。
そして、次に俺とヨウヘイの方に近づいてきて、「タナカに何かあったら、俺に教えてくれ」と言って、放送席に戻っていった。
その時のプロフェ先生の顔は試合終盤のシズカと同じ表情をしていた。
一体、ハジメに何が起こっているのだろうか?
変な胸騒ぎを俺は感じていた。
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