第51話 諦めなければ、夢は続く

「マグシマムパンチ!」


ヨウヘイは自身に向かって接近するシズカにこれ以上の接近を許さないかのようにパンチを繰り出したが、疲れからか大振りになってしまった。


 当然シズカには見えているので、完璧なタイミングでヨウヘイの右ストレートにクロスカウンターを合わせにいった。


「マチダ君!」


「……分かってんよ!」


 ヨウヘイはここでその右ストレートをストップさせた。


「ヨウヘイの奴、それが狙いか」


 リナはヨウヘイの狙いに気づいている様だった。


「カウンター返しか」


 俺はそのハジメの言葉でヨウヘイの狙いを理解した。


 ハジメの言葉通りではあるが、ヨウヘイはわざとパンチをストップさせることで、シズカから無防備なカウンター用の右ストレートを引き出させ、止めた右拳によるカウンター返しが狙いだったのだ。


 いくらシズカと言えど、ヨウヘイの一撃をノーブロックで受ければ、場外に飛ばされるのは間違いないだろう。


「「「マツリのパンチはもう止められないだろ!」」」


「「「マチダのカウンターで決まりか!?」」」


 観客もヨウヘイの大逆転劇に期待しているようだった。


「でも、シズカはそんなに甘くないんじゃないか?」


 リナがそう言った瞬間、シズカもカウンターで合わせにいった右ストレートをストップさせた。


「マチダ君の《筋肉》がブレーキかけているのが分かったからね。危なかったよ」


 ヨウヘイの奥の手は《全て見えている》シズカに筒抜けだったようだ。


「「「マツリはあそこから止められるのかよ……」」」


「「「マチダに勝ち目はもう……」」」


 観客からも落胆にも近い声が聞こえてきた。


 皆の言う通りもうヨウヘイのま……


「あなたはここからでしょ? シズカに勝つには観客も騙すんでしょ?」


 クルミがボソッと《何か》を言い、少し笑いながら、ヨウヘイの事を見ていた。


 俺はそんなクルミからメインステージに目を移した時、ヨウヘイがシズカの右カウンターからできた死角から左フックを繰り出す準備をしていた。


 シズカは当然、この左フックが見えてないから、気づいていない。


 多分、観客の中にもこのヨウヘイの狙いに気づいている人はいなさそうだ。


 正に誰もが予想していない一発逆転の作戦。


 でも、俺はこの瞬間、あることに気づいた。


 それは今からでも俺がシズカに伝えれば、間に合うかもしれないということだ。


 この大会の決勝トーナメントでは、サバイバルバトルで許されていた他人への能力補助は禁止されているが、指示したりすることは特に禁止されていない。


 実際に過去の試合でも、仲良い友達から指示をもらっている人もいた。


 だが、俺がこの二人の戦いに水を差していいのだろうか?


 俺にとって、目の前で戦っている二人は大切で、そこに差はない。


ーーー


「じゃあ、私が困ったら一番に助けに来てよね」


ーーー


ーーー


「ってか、ユウヤ、最後のあれ本当に凄かったぞ! 俺もいざという時にユウヤみたいに大切な人を守れる男になりたいぜ」


ーーー


 俺の頭の中で二人との思い出が再生された。


 まるで時間が止まってしまったと思うくらい、鮮明だった。


 俺は……俺は……


 その時、ある言葉が脳内で再生された。


 それは俺の言葉だった。


ーーー


「……ちゃんと、皆を応援するよ! でも、さっきも言ったけど、特にシズカには毎日のように助けてもらってるし、シンにもリナにも勝って、勇者候補1番のところが見たいなと……」


ーーー


 紛れもない俺の本音。


 なら、俺がすることは一つしかない。


 俺が正しいと思ったことを俺が信じないでどうする。


「ヨウヘイ、ごめん!」


 俺は心の中でそう言い、覚悟を決めた。


「シズカ! 左!」


 俺はシズカにそう伝えた。


「やっぱり、最後はユウヤ、お前が立ちはだかるか!」


 でも、既に左フックは出ていて、ここから間に合うかどうかはシズカ次第になる。


 この左フックが当たればヨウヘイの勝ち。


 躱すことができたら、シズカの勝ち。


 単純明快だった。

 

 俺は祈るようにシズカを見ていた。


「「「おお! これどうなる?」」」


「「「当たるか? 当たらないか?」」」


 観客も食い入るように見ていた。


「ユウヤ、ありがとう。いつも私が苦しい時に助けれてくれるね」


 シズカはその場でしゃがみ、ヨウヘイの左フックを間一髪で躱した。


 そして、その体制からジャンプをして、ヨウヘイの顎にアッパーを打ち込んだ。


 ヨウヘイの体は大きく飛び上がり、場外に出た。


「試合終了! 勝者はシズカ・マツリさんです!!」


 試合終了のアナウンスが流れた。


「「「おおお! マツリ、よく勝ったな!」」」


「「「やっぱり、最強はお前だ!」」」


 シズカの勝利を賞賛する声。


 そして……


「「「マチダ! 次は勝てるぞ!」」」


「「「面白い試合ありがとな!」」」


 さっきまで観客と少し壁があったヨウヘイにも、感謝を伝える観客からの声で会場は埋め尽くされていた。


 ちなみにこの試合の主人公二人はメインステージの外れで話をしていた。


「ちぇ! 勝敗を分けたのはユウヤか!」


 ヨウヘイは笑いながら、シズカにそう言った。


「ユウヤは私の勝利の女神だからね! まあ、男の子だけど」


 シズカはそう言って、地面に倒れているヨウヘイに手を貸した。


 その光景を見た観客がまた盛大な拍手を再び二人に送っていた。


「シズカによろしく言っといて」


 そんな中、リナは俺にそう言い残して、次の試合の準備の為かメインステージの方に歩いて行った。


ーーー


「ヨウヘイ……」


 俺はメインステージから戻ってきたヨウヘイになんといっていいか分からなかった。


 もはや、ヨウヘイに嫌われたと思っていた。


「ユウヤ……」


 そんな俺にヨウヘイが近づいてきた。


 俺は申し訳なさでヨウヘイと目を合わせることができなかった。


 ヨウヘイを負けさせたのは、紛れもない俺だったからだ。


「ご……ごめん。最後……」


 俺がそう言った瞬間、ヨウヘイが俺の髪をワシャワシャし始めた。


「本当そうだぜ? 俺様の最後の切り札に気づいて、ばらすなんてな!」


 俺はヨウヘイの顔に目を向けたが、予想とは違い気持ちいい笑顔をしていた。


「でも、ユウヤ。よく気づいてたわね」


 クルミはヨウヘイに頭をくしゃくしゃにされている俺にそう言った。


「確かにな! ユウヤ、すげえな!」


 ヨウヘイは俺の髪をいじるのをやめて、俺の肩に腕を回した。


 俺はもはやヨウヘイからは口もきいてくれないと思っていたので、安心していたが、ヨウヘイの本心が気がかりだった。

 

「……ヨウヘイは俺に怒ってないの?」


 俺は直接聞くことにした。


「何で怒るんだ? 実際に俺がもっと演技が上手ければよかっただけだし、皆にバレる作戦じゃだめだったってことだろ?」


 ヨウヘイはさも当然のようにそう答えた。


「ユウヤ、お前のしたことは間違ってない。だって、あれが本当の敵だったら、言わなきゃいけないしな」


 ハジメもそう言って、俺をフォローしてくれた。


 俺は嬉しさと安心感、色々な感情が混ざって、変な表情になっていたと思う。


「そう考えたら、逆にユウヤがいることが心強いな! 加えて、料理もできるし! ユウヤが友達でマジでよかったわ!」


 ヨウヘイは笑顔でそう言った。


 俺はその言葉を聞いて、改めて、ヨウヘイ・マチダと知り合いになれて、友達になれてよかったと感じた。

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