第50話 貴方が貴方を支えないで、誰を支えられるといえるのだろうか

「クソ! 全く俺のパンチが当たらねえな!」


 ヨウヘイはそう言いながらも、シズカにパンチを打ち込む。


 だが、目と鼻の距離にいるのに、シズカはそのすべてのパンチとキックを躱していた。


 傍目から見ても、治癒魔法を利用したでヨウヘイがどう動くのかをシズカは全て見切っていることが分かった。


「これ……見た目以上に相当凄いことやってるんじゃないか?」


 ハジメは驚いている表情をして、そう言った。


「そ……そうね。今のシズカは予測じゃなくて、確実にしているわね」


 このクルミの言葉で知識がない俺でも理解することができた。


 今、目の前でシズカがしていることは見た目上では、リナの試合でのクルミやハジメと試合したルリと同じ躱し方をしている。


 だが、内容が後者二つとは大きく異なる。


 それはクルミがさっき言ったように、クルミやルリは予測を用いていたが、シズカは予測していないのだ。


 例えて言うなら、クルミとルリは相手が何を出すかを予想して、ジャンケンをしているのに対して、シズカは後だしジャンケンをずっとしているようなもの。


 当然、ヨウヘイのパンチが当たるはずがなかった。


「シズカ、やるじゃない」


 リナはそうボソッと言った。


 同姓で、同じ勇者候補としてライバルと言われているリナがワクワクしないはずがなかった。


 シズカはヨウヘイのパンチスピードに慣れてきたみたいで、徐々にカウンターを合わせ始めた。


「でも、マツリ! そんなカウンターじゃ俺には効かないぜ?」


 ヨウヘイは笑顔でシズカに向かって言った。


「いや、あのカウンターを受けちゃダメよ」


 クルミはヨウヘイの発言にそう異論を唱えた。


「それはどうして?」


 俺はクルミに聞いた。


「カウンターって、相手の力を使う攻撃でしょ? つまり、マチダ君はマチダ君の攻撃を自分で受けているようなもの。しかも、私みたいにパンチ力がない人は大したダメージにならないかもだけど、マチダ君の能力は「殴打能力倍増」でしょ。これはちょっとね」


「クルミの言う通りだね。しかも、ダメージって知らない内に蓄積して、急に爆発するから、この状況はやばいな」


 リナがクルミの説明に補足をしてくれた。


「だから、いくらシズカのパンチがコンパクトても、ダメージはどんどんたまっていくってことなんだね」


「……ヤマダ、あんたってやっぱり凄いよ」


 リナが感心して、俺の方を見ていた。


 俺は急にもう一人の勇者候補にそう言われて、嬉しさよりも驚きが勝った。


「え……それはどうして?」


「だって、理解力あるし、何より分からないことを素直に聞けるって案外できないところだしね」


 リナは俺を見ながそう言った。


「リナもユウヤの凄さがちょっとずつ分かってきたみたいだな」


「何でハジメがそんなに嬉しそうなのよ」


 リナが言うようにまるでハジメ自身が褒められているような位喜んでいた。


 反対に俺はそんなハジメを見て、嬉しさと同時にちょっと恥ずかしくなってしまったのはここだけの話。


「ユウヤって、色々凄いのよね。急にモンテ山行くし、聞いたところによると、大蛇に一人で突っ込んでいたらしいわ」


「え? あの大蛇にタイマンしようとしたの?」


「あの時はあれしか方法がなかったから……。でも、シズカが居なかったらヤバかったよ」


「いや、それでも普通に一人では大蛇に向かう人はいないわ」


 リナは驚きのまなざしで俺の方を見て、そう言った。


「と……とりあえず、今は試合見よう!」


 俺はハジメの反応やリナからの言葉で勿論嬉しさを感じていたが、実際に実力は決勝にも残れないレベルだから過大評価されていると感じていたし、今は目の前の試合が気になっていたから、俺は二人にそう言った。


「ヤマダの言う通りだね。この試合に勝った奴と私が試合だしね」


 リナはそう言って、腕を組み試合に目を向けた。


 現時点では、シズカのカウンターにヨウヘイがめった打ちになっていた。


 パンチを出しても、出しても、当たらない上にコンパクトにカウンターを顔面に受けていたので、ヨウヘイの顔は腫れ始めていた。


 そして、遂に……


「ヨウヘイのパンチの回転が落ちてきたね」


 リナが言うように俺から見ても分かるくらい、パンチスピードが落ちていた。


「マチダ君……」


 目の前でそれでも尚、攻撃を続けるヨウヘイをクルミは心配そうに見ていた。


「「「マツリ、強すぎる!!」」」


「「「マチダでも難しいか……」」」


 観客もヨウヘイの勝ちがほぼ無いことを悟っている様だった。


 だが、一人だけヨウヘイの勝利を信じて止まない人物がいた。


 それは彼自身だ。


「へへ! や……やっぱり、マツリは強いな……。でも……俺は絶対勝つ!」


 ヨウヘイは腫れあがった顔でシズカにそう言った。


 しかし、シズカもそのヨウヘイの性格を知っているからか、油断することなく、狙えるタイミングでカウンターをヨウヘイに打ち込んでいた。


「マチダ君が簡単に倒れないのは知ってる。だから、最後まで倒しきるまで私は止めないよ」


 シズカはそう言って、ヨウヘイの右フックにカウンターを合わせた。


 ヨウヘイは後ろによろけた。


 このままじゃ、場外に落ちてしまう。


「マチダ君! あなた、勝つんでしょ!?」


 その時、クルミがヨウヘイに檄を飛ばした。


 ヨウヘイはその言葉を聞いて、右足で何とか全身のバランスを保ち、ギリギリでフィールド内で持ちこたえて、そこからシズカに攻撃を入れようとした。


 シズカにとって、ここでヨウヘイが反撃するとは思っておらず、たまらず後ろに下がった。


 その隙にヨウヘイは再度ファイティングポーズを取った。


「ハア……ハア……ハア……。クルミに応援されちゃ……猶更負けられねえな!」


 ヨウヘイはそう言って、改めて「殴打能力倍増」を自分の両腕に使用した。


 それを見たシズカは次が最後の差し合いになると理解したのか、治癒魔法を両腕に使用した。


「俺は勝つぜ! マツリ!」


「マチダ君には悪いけど、ここで終わらせる!」


 シズカはそう言って、ヨウヘイに向かって突っ込む。


 と同時にヨウヘイはそのシズカの顔面に向けて右拳を大きく振り上げた。

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