第35話 人間は考える葦である

「……リナに勝てる可能性があるのは、この瞬間……」


「「「おお! あいつ、すぐに攻撃にいったぞ!」」」


 観客が言うようにアナウンスが終わった瞬間にクルミはリナに接近して、両腕を掴もうとする。


 クルミのスピードでは、一度距離を取られるとハジメの次に速いリナに追いつけなくなる。


 だから、ここで接近して、インファイト勝負に持っていく作戦だった。


「…………あんたとは長い付き合いだから、何となくだけど、そんなことをしてくるだろうなと思ってたのよ」


 リナはクルミのこの攻撃を読んでいて、簡単に横によけた。


 そして、クルミと距離を取った。


「クルミ、あんたの千載一遇のチャンスもこれで終わり。もう負けだね」


 避けた後、リナは不敵に笑った。


 でも、それに呼応するかのようにクルミも不敵に笑った。


「確かにあなたの言う通り失敗したけど、これで勝負が終わったと思ってるのなら、あなたの頭は相当なお花畑ね」


「クルミ、強がりはよしなって。どう足掻いたって、もうあんたは私に触れられないんだから」


「……それはどうかしら」


 クルミはそう言って、メインステージの角に移動した。


「わざわざ自分から追い込まれにいくなんて、凄いわね」


「…………」


 クルミはリナの言葉に何も答えず、ただ笑っていた。


「クルミ、すぐに終わらせてあげるから、安心して」


 リナは特殊能力「身体能力増強」を使用して、クルミに突っ込んでいく。


「パワーサプライ!」


 その瞬間、クルミはなんとリナの足にパワーサプライを使ったのだ。


 そして、クルミは走って、左側にある別の角に向かった。


 リナは予想外のパワーサプライで加速してしまい誰もいない会場の角に突っ込んでいく。


 このままでは会場の外に出てしまう。


「やっ……ば、止まれ!!」


 リナは靴を地面に強く押しつけて、何とかスピードを殺そうとした。


「ハァ……ハァ……ハァ……クルミ……!」


 リナは何とか会場の角のギリギリで止まることができた。


「これなら、いくらあなたでも簡単には攻撃できないでしょ?」


「……やっぱり、あんたは嫌なやつだね」


 リナは嬉しそうな顔をしていた。


 リナとしては以前の対等に戦っていたライバルが戻ってきたということで嬉しくなっていたのかもしれない。


「クルミはやっぱり凄いね。これなら、ヒメカさんにも勝てるんじゃない?」


「いや、それはどうだろう……」


 俺の言葉にハジメがそう反応した。


 この後、この攻防が10分ほど続いた。


 そして、その攻防を通じて、リナも解決策が分かってきたのか、事前に距離をつめたり、あえて特殊能力を使用しない作戦を行っていた。


 でも、それすらもクルミは読んで、わざとパワーサプライをしなかったり、動きを読むことで何とか寸前の所でかわしていた。


 だが……


「魔力量か……」


 ハジメがそう呟いた。


「ハァ……ハァ……ハァ」


 なぜなら、俺達の目の前にいるクルミは既に肩で呼吸していたからだ。


 それとは対照的にリナはまだまだ余裕な表情をしていた。


 クルミは以前、自分自身の特殊能力の少なさを嘆いたが、それが顕著に出てしまった。


 加えて、パワーサプライは力を与える能力の為、リナもいつもより少ない力で攻撃ができてしまう。


 しかも、身体能力の差を埋める為にリナの動きを読むという神技みたいなことを10分くらい続けているから、クルミの方が消耗するのは当然の話だ。


「クルミ……」


 シズカが心配そうな顔をしている。


「「「おいおい! 逃げてばっかじゃ面白くないぞ!!」」」


「「「俺達はヒメカ、マツリ、キミヤの試合を見に来てんだ! こんなつまんない試合見せるんじゃねえ!」」」


 観客は傍目からすると逃げてばっかのクルミをそう非難した。


「「「はやく終わらせろ!」」」


 野次がどんどん増えていく。


「ちょっと、あんた達、やめろ!」


 対戦中のリナも野次をやめるように言うが止まらない。


 クルミは言われることが分かっていたのか、肩で息をしながら、顔は伏せていた。


「観客の皆様! 野次はやめて下さい」


 放送が入っても一向に止まる気配がしない。


「おいおい!」


 そんな時、ヨウヘイが校庭を区切っているフェンスをよじのぼり、メインステージの手前に移動して叫んだ。


「テメェら、戦ってもねえのに人を非難ばっかしてんじゃねえぞ!」


「「「こっちは面白い試合見に来てんだ」」」


「あぁ? 面白い試合見てえなら、路上での喧嘩とか見てくればいいじゃねえか。応援もできないクズのお前達に見てもらわなくてもいいんだよ」


「「「じゃあ、帰ってやるよ」」」


「ああ! 帰っていいぞ! 何もしてない奴が必死に頑張ってる人をバカにすることは断固として許せないし、そんな奴らに試合を見てもらわれる方が吐き気がするわ!」


 さっきまで野次を言っていた人達はヨウヘイの言葉に怖気づいたのか、黙ってしまった。


「誰もクルミの努力を知らないくせに……。ふざけんじゃねえ!」


 ヨウヘイはそう言って、メインステージを後にした。


「……ヨウヘイ」


「悪いユウヤ。俺、これで失格かもな」


 ヨウヘイは俯いた。


「何言ってるのさ。カッコよかったよ!」


「そうそう! これで失格の方が歴史に残りそうじゃない?」


「ユウヤとマツリの言う通り。逆にヨウヘイが黙って何もしなかった方が怒ってたよ」


「皆……。ありがとう。安心したわ!」


 ヨウヘイは笑顔になった。


「ヨウヘイ、やるじゃん」


「あのバカ。こ……これで失格になったらどうすんのよ」


「クルミの減らず口は相変わらずね。でも、顔は嬉しそうよ」


「そ……そんなことないわよ!」


「あーあ。後もうちょいで勝てそうだったのに」


「な……なにを言ってるのかよく……分からないわね」


 クルミとリナはメインステージの上で笑いながら言い争いをしていた。


「えっと、今ほどハプニングが発生しましたが、試合を再開したいと思います。加えて、度を超えた野次を加えた観客の方には退場を命じますので、よろしくお願いします」


 放送が入った。


「では、試合を再開したいと思います! レディー……ファイ!」


 試合再開のゴングがなった。


「でも、魔力はすぐには回復しないから、多分これが最後なんじゃない?」


「さ……さて……どうかしらね」


 リナは特殊能力なしでクルミに近づく。


「こん……今回は特殊能力は使わないのね……」


 クルミはリナが近づいてきたので、クルミから見て左方向に逃げようとした。


 だが、リナはクルミに1メートルの所で特殊能力を使用して、その左方向に行こうとしたクルミを捕まえようとする。


「ここで上手く使わないと……」


 クルミはその瞬間にリナの足にパワーサプライを使用した。


「それはお見通しだって」


 リナはすぐに特殊能力を解除して、進行方向を変えたクルミを追った。


「やばい。クルミ、捕まるぞ」


 ハジメが言うように紙一重でかわしていたが、このままでは捕まってしまう。


 しかも、魔力をもうほとんど残っていないのだろう。


「クルミ、これで終わりだよ!」


 その瞬間、クルミが笑った。


「私の……最後の悪あがき……」


 クルミはなんとここでリナが方向転換の時に踏ん張った左足のパワーサプライを解除して、その解除した分を全て右足にサプライした。


「ク……クルミ!?」


「これがさい……ご」


 クルミはそう言い残して、横に倒れる。


 リナはその次についた右足にパワーサプライが残っていた為、バランスが崩れ、ステージの角にいるのに加速してしまった。


「私の足、止まれーーー!!」


 リナは足に全力の力を注いで止めようとした。


 だが、リナの体は会場の外に出てしまった。

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