第34話 糧にすればそれはもう負けではなく、勝ちである

「よろしくお願いします」


 インがマナに挨拶をした。


「あ、よろしく」


 マナも軽い感じで挨拶を返した。


 インの対戦相手のマナは得体の知れないインを警戒しているのか簡単には近づかない。


 インも自分の位置から全く動かない。


 試合開始から1分くらい膠着状態が続いた。


「来ないなら、こっちから行くわね……」


 マナはついにシビレを切らしたのか、インに向かって近づく。


 それと同時にインもマナの方に向かって進んだ。


「げ? マジ?」


 マナは虚をつかれた形になり、ノーガードでインに突っ込んでしまっていた。


「これで終わりだね」


 インはマナの左脇腹にパンチを入れる。


「……なんてね。君の攻撃は痛くも痒くもないよ」


 マナの特殊能力は「軟体化」。


 シズカやヨウヘイのように肉体強化系の能力ならまだしも、普通のパンチしか打てないインでは、マナにダメージを与えることはできないようだ。


「これじゃ、らちが明かないね」


「にしても君のパンチ弱いね。ちゃんと、修行してる?」


「うん。君よりずっとちゃんと修行してると思うよ」


 インはマナから距離を少し取った。


 だが、すぐにマナはそのインに追いつく。


 そして、軟体化した腕をまるで鞭のように使い、インに攻撃する。


 インはガードを固めることしかできなかった。


「君、ガードは固いのね」


「…………」


「喋る余裕もないってことね。大丈夫、すぐ終わらせてあげるから」


 マナの攻撃は威力をましてきて、さっきまでメインステージの中央にいたのに、今ではメインステージの縁までインを押しやっていた。


……ブツブツ……


「君、なんか喋ってるの?」


……ブツブツ……


「まあ、私の攻撃が速すぎて、大きな声を出せないのは分かるけど、ブツブツ言うのはなんか陰湿で嫌だね」


「……10……9……」


「え、なに? 数字数えてるの?」


 インはマナを無視して、数を数え続ける。


「3……2……1……0」


「…………って、驚かせないでよ。何も起きないじゃない」


「……もう起きたんだよ。君の負けです」


……カァカァカァカァカァカァ


「何で、カラスがこんなに……」


 マナの言う通り、メインステージの頭上に10匹くらいだろうかカラスがいた。


「優しく運んであげて」


 インがそう言うと、頭上にいた10匹のカラスがマナに向かって進む。


「やめなさいよ! 私はカラスと戦ってるわけじゃないの」


 マナはなんとかカラスを振り払おうとするが、10匹もいて、全員を追い返すことは出来なかった。


 そして、カラスにうまいこと服を捕まれ、そのまま空中に運ばれた。


「離して! こんな感じで負けだなんて嫌だわ!」


 空中で何とかカラス達を振り解こうとマナはジタバタしていたが、そんなマナを無視して、カラス達はどんどん会場の外に運び、会場外で降ろした。


「君が言った通り、君と僕には全ての面で差があるね。ちゃんと、修行してるのかな?」


「クソ!」


 マナは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「試合終了! 第四試合の勝者はイン・フェリスさんです!」


「シズカの次の相手、フェリス君だね」


「うん。ちょっと不気味だけど、誰にも負けないから」


「ユウヤ。なんか、インのやつお前をみてないか?」


 ハジメがそう言ったので、メインステージから降りてくるインに目を向けた。


 すると、インが俺を笑顔で見ていた。


 なんで次戦うシズカじゃなくて、俺を見てるんだ?


 俺は怖くなって、インの方を見るのをすぐにやめた。


「ユウヤ、大丈夫。私はフェリス君のことよく知らないけど、ちゃんと勝ってくるから」


 シズカは俺の異常に気づいていたみたい。


「シズカ……ありがとう。でも、シズカも無理しないでね。変なことされそうになったら、俺を見てね」


「うん。そうする!」


 シズカのおかげで何とか落ち着くことができた。


 やはり、誰になんと言われても彼女が俺にとっての勇者だ。

 

「第五試合、ヒマワリ・ミヤモトさんとトロ・コマダさんです! ミヤモトさん、コマダさん、メインステージにお願いします!」


 第五試合目のアナウンスが入った。


 この試合が終われば、遂にクルミと因縁のリナの対決。


 でも、クルミは落ち着いていた。


 震えてもいない。


 そんな時、クルミの対戦相手のリナが俺達がいる校舎前のところに向かって歩いてきた。


「リナ……」


「皆、いるんだね。まあ、関係ないけど。久々のクルミとの試合、楽しみにしてるわ」


「私もよ。皆、あなたが勝つと考えてるみたいだけど、簡単には負けないわよ」


 クルミは笑顔で言った。


「……あんた、昔に戻ったみたいだね」


「そうかしら?」


「うん。よりクルミを捻り潰す楽しみが増したよ」


「クルミはそんなヤワじゃないから、気をつけないと勇者候補のお前でもやられるぜ?」


 ヨウヘイがクルミの隣に立って、そう言った。


「口では何とでも言えるからね。試合の時に確認してみるよ」


 リナは笑顔で俺達にそう言い残して、さっきまでいた花壇の方に戻っていった。


「皆、ありがとう。でも、今からヒマワリの試合だから応援しなきゃでしょ?」


「お? クルミってそんなこと言うタイプだっけ?」


「し……知らないわよ! でも、あなた達のせいでそうなったかもしれないわね」


 この時、俺は気づいた。


 クルミは昔に戻ったのではない。


 クルミは昔よりずっと前に進んでいたのだ。


 俺もクルミに負けないように進まなきゃな……


 第五試合は白熱した展開だった。


 学年でも実力がトップクラスと言われているトロにヒマワリが特殊能力「フラッシュ」を使いながら、うまく立ち回っていて、五角の勝負をしていた。


「ヒマワリ! そこで引いちゃダメよ!」


 クルミは次が自分の試合にも関わらず、目の前で戦っているクラスメイトを応援していた。


「クルミは凄いな」


 ヨウヘイはそう呟いた。


「うん。俺もそう思う」


 ヨウヘイにそう俺は答えた。


 本当なら次の試合の為に気持ちを整えたりしたいはずだが、クルミはクラスメイトの試合を必死に応援していた。


 俺の友達には凄い人達しかいないなと改めて思わされた。


「え? 何か言ったかしら?」


「クルミはカッコいいよって話をしてたの」


 シズカが笑顔でクルミに言った。


「き……急になんなのよ。調子が狂うわね……」


 クルミは口では減らず口を叩いていたが、嬉しそうだった。


「第五試合の勝者はコマダさんです!」


 第五試合終了のアナウンスがかかった。


 同じリンゴ組のヒマワリも最後まで粘って戦ったが、ギリギリのところでトロに場外に出されてしまった。


「ヒマワリ、お疲れ様! コマダ君強いのによくあそこまで追い込んだよ!」


 シズカがメインステージから降りてきたヒマワリを慰める。


「シズカー、クルミー、ごめん。応援してくれたのに負けちゃったよー」


「あなたはよくやったわよ。勇気をもらえる試合だったわ」


 クルミがそう言うとヒマワリはクルミを見て固まっていた。


「ヒマワリ、どうしたのよ?」


「絶対、クルミに怒られると思ったから……」


「私は頑張ってる人を怒ったりしないわよ」


「クルミー、シズカー」


 ヒマワリはクルミとシズカに抱きついた。


 クルミとシズカは子供をあやすかのように泣いているヒマワリの頭を撫でていた。


ーーー


「では、一回戦、第六試合を行います! リナ・ヒメカさん、クルミ・モナカさん、ステージまでお願いします!」


 第六試合のアナウンスが入った。


「「「ヒメカー! 俺はお前の勝つ姿を見にきたんだー!!」」」


「「「マツリとの戦い楽しみにしてるぞー!!」」」


 会場はもう1人の勇者候補の登場でボルテージがまた一段と上がった。


「誰も私に期待はしてないみたいね」


「俺達が期待してるって。だろ?」


「ああ! ハジメの言う通り! 思いっきりいけばいいんだよ」


「そうそう! 私もクルミを応援してるからね」


 ハジメ、ヨウヘイ、シズカがクルミに激励する。


「私もクルミがさっき応援してくれた以上に応援するからね」


 ヒマワリも今では笑顔になっていて、クルミにそう言った。


「……クルミ、俺、クルミみたいに強くなりたい」


 俺はリナへの言葉だったり、自分の試合が近づいてるのにそんなのお構いなしにクラスメイトの為に必死に応援していたクルミを見て、改めて彼女みたいな芯の強さが欲しいと心から思っていた。


「ユウヤはいつもよくわからないこと言うわね。まあ、ありがとう。皆にこう言われると尚更、簡単には負けられないわね」


 クルミは笑顔で言った。


 メインステージの方にクルミは進んでいく。


 どんどんその背中が小さくなる。


「……クルミ! 思いっきり負けてこい!」


 クルミがメインステージの階段を上がる時にヨウヘイがこう叫んだ。


「「「おいおい! あいつ期待されてないのかよ」」」


「「「もう負ける宣言されてらー(笑)」」」


 観客はこの言葉の本当の意味を知らないから、笑っていた。


 まあ、クルミも頭を抱えていたが……。


 だが、顔は晴れ晴れとしていた。


「クルミ、ヨウヘイから変なこと言われてるけど」


「いつものことよ。でも、私が今1番欲しかった言葉だったから、助かったわ」


「ふーん。よく分からないけど、全力で倒すからね」


「そう簡単にはいかせないわよ」


「では、一回戦、第六試合、スタートします! レディ……ファイ!」


 運命の試合が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る