第36話 涙はいつかの虹への肥やしだ。

「「「ど……どっちが勝ったんだ?」」」


 クルミはメインステージで横になって倒れている。


 そして、リナは……


「「「…………ヒメカのやつ、腕だけで体を支えてやがる! 信じられない!!」」」


 観客が言うようにリナはメインステージの縁を掴んで、何とか場外に体がつかないようにしていた。


「あ……危なかった。もし、私に身体能力強化が無ければ確実に……」


 リナは腕を上手く使って、一回転してメインステージに戻ってきた。


 だが、そんなリナとは対照的にクルミが立ち上がることはなかった。


「……モナカさんが試合続行不可ですので、ヒメカさんの勝利です!」


 無情にもクルミが負けたとの放送が入った。


「この試合……悔しいね……」


 俺はメインステージを見ながらそう言った。


「ああ。でも、今日のクルミの試合で勇気をもらえた人は多いと思うぜ。ちなみに俺もその1人な!」


 ヨウヘイは俺の方を見て、笑顔で言った。


 でも、その笑顔の中にある彼の目には悔しさが滲んでいたのが分かった。


「……クルミ、肩貸してやるから立ちな」


 リナは倒れているクルミを起こした後、クルミの腕を自分の肩にかけた。


「リナ……ありがとう」


「あんたがやけに素直だと心配になるわね」


「……またリナに負けたわ」


「そりゃ私の方があんたより強いからな」


 クルミはリナに肩を貸してもらいながら、メインステージの階段の方に向けて黙って歩いた。


「……でも、今日のクルミはシズカやシン以上に脅威だった」


「え……?」


「……言いたかないけど、今日のあんたは強かったって言ってんのよ」


 リナは頬を赤くしながら、クルミに言った。


 クルミはその言葉が嬉しかったのか、少し笑みを浮かべながらメインステージの階段を降りた。


「リナ! サンキューな」


「どういたしまして。ヨウヘイ、後はこのヘロヘロな学級委員長をよろしく頼んだわ」


「あいよ! とりあえず、保健室行かないとな」


 メインステージの外れでヨウヘイは疲労困憊で1人で立てないクルミをおんぶした。


「リナ……次は勝つわ」


「減らず口は減らないものだね! 次も私が勝つから楽しみにしときな。とりあえず、今日は私が優勝する姿でも見てなさい」


 リナはグーパンチをクルミに向ける。


 クルミはそれに反応するようにリナの拳に自分の拳をコツンと当てた。


「じゃあ、クルミ、保健室行くぞ!」


 ヨウヘイはクルミをおんぶして、保健室に向かった。


「俺達も行った方が……」


 俺がそう言おうとした瞬間、シズカとハジメが俺を見て、首を横に振った。


「今はヨウヘイに任せよう。きっとそれが1番いい……」


 ハジメはそう言った。


ーーー

(クルミ視点)


「……マチダ君、ありがとう」


「急にどうしたんだ?」


「いや……あのブーイングの時」


「ああー! あれは何か自然と体が動いちまったからな!」


 彼はいつもそうだ。


 何も言わないけど、いつも私が困ってる時に助けてくれる。


 まあ、その「何も言わない」っていう所がムカつくけど……。


「本当にあなたってバカね」


「おいおい! 急にお前ってやつはひどいこと言うな!」


 彼はそう返すが、決して私を見ようとしない。


 いつもの彼の長所の「空気が読める」力を使って、私がいつ泣いてもいいように気を遣っているのだろう。


 そう言う所がムカつくのよ……


「にしても、お前の試合は面白いよな」


 マチダ君は私を背負いながら、話しはじめた。


「それ、バカにしてるのよね?」


「なんで、お前はいつもネガティブに捉えるんだ。違うよ」


「じゃあ、どういうことよ」


「勇気をもらえたってことだよ!」


 チクリ魔の私が勇気を……?


 そんなバカな……?


 だって、ユウヤと比べればマシかもしれないけど、特殊能力もパッとしないし、さっきの試合はブーイングもされたし。


 ……でも、例え嘘だとしてもその言葉は嬉しかった。


「……それって……本当……よね?」


 それでも、私は怖かったけど、真実が知りたかった。


 彼の答えを待つ時間がまるで永遠のように感じた。


「…………当たり前だろ! だから、俺は皆に言い返したんだぜ?」


 私はホッとした。


 何にホッとしたのか分からないが、とりあえずよかった。


 すると、安心した影響か分からないが、涙が流れ始めた。


 頑張ってせき止めていたダムが決壊してしまったように涙が止まらない。


 勝ちたかった。


 勝てると思ってた。


 頭の中でシュミレーションを何度も何度もして……


 それでも、リナには届かなかった。


 なんで、私はこんなに弱いのだろう。


 なんで、私は1人では勝てないのだろう。


 私はこんな弱い私が嫌いだ。


 だから、私は誰にも弱いところを見せたくない。


 特に私をおんぶしている彼には……


 だから、私は平然を装って話を続けた。


「……あ……あなたに……しては……嬉しいこと言って……くれるじゃない」


 でも、涙を流しながらじゃ鼻が詰まってうまく喋れない。


 彼は「ははっ!」と笑った後、黙って1分くらい何も喋らなかった。


 私が泣いてるのもどうせ気づいてるのだろう。


 いつも私をからかうくせに肝心な時にはちゃんとしてくれる。


 本当にムカつく……


「な……何で……なにも喋らないのよ」


 私はなんとか平然を装い、私をおんぶしている空気が読める彼にそう言った。


「……だって、クルミが喋ってるからな」


「はぁ? 私、何も……」


「涙も体から出る感情って考えれば、言葉じゃねえか? 俺はそれをひっそりと聞いてるから、無理して話す必要ない」


 ……あー、彼には敵わないな。


 ムカつく。


「あなたって、本当にバカね」


「お前、バカっていうやつほどバカなんだぞ! クルミのバカ!」


「じゃあ、あなたも今バカって言ったから、あなたもバカじゃない」


「あ……たしかに。こりゃ、一本取られたぜ!」


 私は彼の言葉を聞いて、笑った。


 彼もそれに釣られてか、笑っていた。


 きっと今日の私の涙もいつかの虹の肥やしになるのだろう。


 空を見上げるとそこには雲一つない青空が広がっていた。


「……ありがとう……」


 私は心の中でそう言った。

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