第17話 後ろ向きも後ろに体を向ければ、前向きになる

 俺は死を覚悟した。


 だが、次の瞬間、俺の体は浮いた。確実に俺の体が浮いた。


 目を瞑っていても分かる。


 何が起きたんだと思い、瞑っていた目を開ける。


「ユウヤは絶対に殺させない……」


 シズカが俺をお姫様抱っこして、宙高く飛んでいた。


 そして、彼女は力強く着地する。


「シ……シズカ……。あ……し……は?」


「ユウヤのお陰で完璧だよ。ありがとうね。多分、ものすごい痛いと思うけど、ちょっとだけ我慢してね」


 そう言って、彼女は俺を抱えながら、大蛇から逃げ始めた。そのスピードは俺の全力疾走の比じゃない速さだった。


 だが、速ければ速くなるほど振動が強くなり、身体中に痛みが走る。


 そのせいでどんどん意識が遠のいていく。


「ユウヤは絶対に死なせない」


 遠のく意識の中、シズカがこう言うのが聞こえた。


 そして、その言葉を最後に俺の意識は完全に無くなった。



ーーー



「山田!お前、昼間何してたんだ?昼寝か?あんなに時間があって、なんでこんな業務も終わってないんだ?マジで給料泥棒だよ。お前は。」


 残業申請をした時、上司は俺に言った。


「…すみません。仰る通りです」


 俺はそう言うしかない。だってそれが事実だから。


 後輩のあいつは俺より業務を抱えてるはずなのに、定時で帰っていく。


 それなのに俺はいらない残業をして、残業代を貪る害虫。


 別に手を抜いてた訳じゃない。俺は俺なりに本気で仕事していた。


 でも、仕事というものが、共同作業というものが、俺には向いてなかったのだろう。


「あのさ、自分が疑問に思ってることをまとめてから聞くようにしようよ。もう、学生じゃないんだからさ」


 先輩社員からもこう言われた。


 分かろうとしてるんだ。でも、分からないことが分からない。それを考えても、考えても、考えても、分からない。


 だから、俺はどんどん時間を無駄遣いしてしまう。


 そして、いつの間にか、誰かに聞くのが怖くなり、相談ができなくなった。


「山田君は報連相がなってないから、本当に困るよね」


「助けてあげたいんですけど、何が分かんないのかが分かんないんですよね」


 昼休みに上司と先輩社員がこんな話をしていた。


 俺はあの人達に気付かれないように、戻ってきたばかりの事務所からそっと出る。


 迷惑をかけたくて、迷惑をかける人もこの世にはいるだろう。


 でも、俺は迷惑をかけたくて、迷惑をかけてるわけではない。


 俺は俗に言う『やる気のある無能』だ。


「やる気のある無能は殺せ」


 有名な誰かがこう言っていた。


「俺は生きてても意味がない」


 本気でそう思う日が増えた。


「私はいつでも、どんな時でもユウヤの味方だよ」


 そんな絶望の中、光差す暖かい言葉が聞こえてきた。


「お前、料理できんのかよ!すげーな。なんか、めちゃくちゃ旨そうな匂いがしたから、つい入っちゃったぜ」


「ハジメの言う通り。同い年のやつで料理出来る奴は周り見てもいないぜ」


 さっきとは別の人達の声が聞こえてきた。


 でも、さっきと同じ暖かさを感じた。


「もし、あなたが必要だと思ったら、私に言いなさいよ」


 また別の人の言葉が聞こえてきた。


 今回はきつい口調だったが、ちゃんと暖かった。


「私はユウヤのいい所をいっぱい知ってるんだから」


 そんな嬉しい言葉が後ろから聞こえてきた。


 振り向くと、ヨウヘイ、ハジメ、クルミ、そして、シズカがいた。


 また前に視線を戻すと、前世の時にお世話になった上司、先輩社員達がいた。


 普通の人は多分、上司、先輩社員の方に向かって、前に進むのだろう。


 でも、普通になれなかった俺にとって、前へ歩くというのは辛い事だった。


 だから、普通じゃない俺はますます普通がなんなのかが分からなくなった。


 だが、俺の後ろにいるヨウヘイ、ハジメ、クルミ、シズカはどうだろう?


 普通じゃない等身大の俺を受け入れてくれる。


 特殊能力なしの俺を受け入れてくれた。


 向きを変えないまま後ろに動くから、後ろ歩きになる。


 足と体を後ろに向けて歩けば、後ろは前になる。


 俺は迷わず、振り向いて、シズカ達がいる方に向かって進んだ。


「ユウヤ!」


ーーー


「ユウヤ!」


 目を開けると、そこには泣いているシズカがいた。


 どうやら俺は夢を見ていたみたいようだ。


「よかった……。本当によかった……」


 彼女はそう言いながら、俺に治癒魔法をかけていた。


 シズカは俺を抱えながら、洞窟まで運んでくれたようだった。


 もう外は暗くなっていた。


「そ……そういえば、大蛇は?」


「なんとか、逃げ切れたみたい。でも、必死に逃げたから、私達が今どこにいるか分からなくなっちゃった」


 シズカは腫れた目で、やっちゃったという顔をしていた。


 右腕はシズカの治癒魔法のおかげで完全に治っていたが、集中的に攻撃を受けた右の脇腹にはまだ痛みが残っていて、立ち上がるのは難しかった。


「シズカ、今日もありがとう。またシズカに助けられちゃったな。シズカは命の恩人だよ」


 そう言った瞬間、シズカはまた涙を流し始めた。


「ご……ごめん。俺、変なこと言っちゃったかな?」


 俺は焦って何か変なこと言ってしまったと自分の発した言葉を振り返る。


 シズカは涙を拭きながら、


「私はユウヤの恩人になれてるのかな?」


 と俺に聞いた。


「当たり前だよ。もう2回も俺を助けてくれてるんだから」


 俺はクルミのようにストレートに言った。


「ユウヤも私の恩人だよ。昔からずっと」


 そう言って、シズカは俺の額にそっと口づけをした。


 そして、俺に向かって笑顔をくれた。


「ユウヤはいつも私を助けてくれる……ね……」


 シズカは地面に倒れた。


「シズカ! シズカ!」


 すごい熱だった。


 それも当然だ。雨の中、俺を抱えながら走り続けて、俺が立ち上がれるようになるまで休みなく治癒魔法をかけていたのだから。


 とりあえず、俺が持っていた寝袋に彼女を入れる。


 そして、洞窟に落ちてた乾いてた木を使って、ハジメから学んだように組み、火を付ける。


 俺の手元には、昨日炊いたご飯と残り少ない水しかなかった。


「確か、シズカが鍋を持っていたはず」


 そう。実は昨日から、皆で料理器具を分けて持ち運んでいた。


「シズカ、ごめん」


 女性のバックを勝手に開けるのはいかがなものかと思ったので、ひと言断ってから、中を見ないようにバックを開ける。


 多分、このひと言は聞こえてないが。


 やはり、鍋というだけあって、どこにあるかがすぐに分かった。


「無味だし、卵もないけど、とりあえず、お粥を作って、体を温めよう」


 もし、俺が薬草とか山菜類に詳しければ、取ってきて材料として使うことができるのだろうが、俺にそんな知識はまだない。


 だから、俺は無味のお粥を作りはじめた。


「ユ……ユウヤ? 何作ってるの?」


 お粥を作ってる時に、シズカが目を覚ましたようだ。


「シズカ、大丈夫?」


「うん。大丈夫。ユウヤが寝袋に入れてくれたからかな。さっきより大分マシになったよ。ありがとう」


「安心したよ。今、お粥っていうのを作ってるんだ。まあ、多分、美味しくないけど。とりあえず、シズカはゆっくり休んでて。できたら起こすから」


「久々に美味しくないユウヤの料理が食べれるのね」


「はいはい。熱出してる人は静かに寝ててください」


「分かりました。でも、ちゃんと起こしてね。できたて食べたいから」


 彼女は俺にそう言って寝息を立て始めた。


 そんな彼女の横で俺は彼女を想い、お粥を作る。


「シズカ、お粥完成したから、起きて」


「う……うん。食べよう」


 シズカは目を擦りながら、お粥が入っているお椀を受け取った。


 そして、スプーンですくい、口に持っていく。


「ユウヤ。あんまり美味しくはないね」


 彼女の第一声はそれだった。


 水でお米をよりふやかしただけだから、そう言われるのは分かっていたが、いざそう言われると少し傷ついた。


「でも、ちゃんと優しい味がする。私の為に作ってくれたのがわかる。ありがとう」


 シズカは笑顔で俺に言った。


 シズカは言葉の使い方が上手だ。結局、嬉しい気持ちにしてくれる。


 さっきシズカにつけられた心の小さな傷はもう治っていた。


「今度はちゃんと美味しいお粥を作るよ。その為に、まず生きて帰らないとね。」


「うん」


 そんな時、外で稲妻のような光が走った。


「ハァハァハァハァ……。って、ああ! ユウヤとマツリが居る!」


「本当……?よかった……。本当に2人が無事でよかったわ。タナカ君、あなたの瞬間移動だけど、いい意味でずれてるわね。」


「クルミ、それハジメを褒めてないよな?」


「さて、どうかしらね?」


「ちょっと待って。なんか、2人で何か食べてるんだけど」


 いつもの騒がしい声が光の中から聞こえてきた。


 そして、その声と共に人影がどんどん俺達の方に近づいてきて、俺とシズカにハグしてきた。


 その人影の正体はクルミ、ハジメ、ヨウヘイだった。


「よかった。2人とも無事で本当によかった」


 クルミはさっきと同じことを言った。


「って、シズカ、あなた熱あるじゃない」


「あ、わかる?」


「誰が見ても分かるわよ」


「でも、さっきより大分マシになったんだよ。この料理のおかげで」


 いつもの会話。


 さっきまで死と隣り合わせな状況にいたから、いつもの会話を聞ける今がとても幸せに感じた。


「こっちが必死に探してる時に料理を食べてたなんて。本当にあなた達って無茶するんだから。特にユウヤ!」


 クルミは俺を呼んだ。俺は怒られると思って、肩をすくめて、怒られる準備をした。


「焦らなくていいのよ。あなたは確かにできないことが多いかもしれないけど、あなたにしかできないこともあるのよ」


「クルミが言う通りだ、ユウヤ。料理ができるっていうのは長所なんだぜ? まあ、このおかゆ?ってやつは美味しくないけど。」


 てっきり怒られると思っていたから、拍子抜けした。どんどん心が暖かくなってくるのを感じた。


「2人ともありがとう。今度は美味しいお粥を作るから待っててよ」


 ハジメはシズカと同じように寝袋にくるまって寝ていた。


 ハジメはクルミにトレーニングと称されて、瞬間移動を乱発させられたらしい。


「クルミって、無茶させるよな」


「私は1番可能性が高いと思ったから、タナカ君にお願いしたの」


「ってことは、俺に闘いを任せたのも、おれを信じてたから……?」


「そんなわけないじゃない!」


 クルミはそう言いながら、顔を赤くしていた。


「そういえば、あなた達は大丈夫だったの?」


 クルミにそう聞かれたので、落ちた後、シズカが怪我してしまった話、その後、大蛇に出会ってしまい、俺がボコボコにされた話をした。


「ユウヤ、お前、やっぱりイカれてるな。俺でも大蛇には突っ込めないぞ」


「あなた、それ自殺行為よ。よくやったわね」


「それしか方法が思いつかなかったからね。でも、結局はシズカが俺をここまで運んでくれたけど」


「これが愛の力ってやつか」


 ヨウヘイが真面目な顔をしながら言うもんだから、照れるよりも先に笑ってしまった。


「俺、変なこと言ったか? クルミ?」


「大丈夫。いつも通りよ」


 クルミはヨウヘイにそう答えた。


「ハジメは……寝ちゃってるけど、クルミ、ヨウヘイ。助けに来てくれてありがとう。」


「勿論! ユウヤは俺達の親友だからな!」


 ヨウヘイは胸を張って言った。


 もう雨は止んで、星と月の光が地上を程良く照らしていた。

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