第6話 トラウマを越えるのは大変だが、超えられない訳ではない

「そこであなたが何してるのかって聞いてるんだけど」


 そう言いながら、クルミ・モナカが俺に詰め寄ってきた。


 ハジメやヨウヘイと友達になれたことで、少しは俺を見る目も良くなってきてると思っていたがそんなことはなかった。


 彼らが凄い良いやつなだけで、一般の人達は「ユウヤ・ヤマダ」を「忌み子」と根強く思っている。


 加えて、前世のあの暗黒社会人時代の影響で上手く言葉が出てこない。


 上司や先輩に怒られている時がフラッシュバックしてしまい、「すみません」しか出てこないパニック状態になっていた。


「いや、すみませんじゃなくて、何してるのって聞いてるんだけど」


 ものの10歳の子供に詰められて、求められている言葉が出てこないのは凄い悔しかった。


 でも、トラウマを越えることは簡単ではない。


 何とか、絞り出して俺は彼女にこう言った。


「……俺、訓練ないから、料理作ってたんだ」


「料理? あんた料理できるの?」


「最近、始めたんだ。食べてみる……?」


 そう言った時、彼女がちょっと嫌そうな顔をしたのがわかった。


「ユウヤ! お待たせ! 今日は何作ったの?」


 そんな時、シズカも訓練を終えて、いつも通りこの部屋に入ってきた。


 正直、空気が地獄だったから、シズカが来てくれて本当に助かった。


「あれ? 何でクルミがいるの?」


「変な音と匂いがしたから、入ったらヤマダがいたのよ。シズカ、あなたも知ってたの?」


「もちろん。ユウヤの料理美味しいもん」


 流石、シズカ。交友関係が広い。


 証拠隠滅の為に俺はシズカ達が話している間にそっと料理器具をしまい始めた。


 実は既に料理自体は完成していたから、自分の家から持ってきた弁当箱みたいなものにコロッケを詰めるだけだった。


「それで、あなた達は先生から許可貰ってるの?」


 そんな片付けのタイミングで聞かれたくない最悪な質問をされた。


「う……うん。ユウヤ、そうだよね?」


 ここでシズカの数少ない悪い所が出た。


 それは嘘をつくのが下手すぎるのだ。


 だから、勿論モナカも気づいてた。


「許可貰ってないのね。シズカは嘘つくの下手だからバレバレよ。じゃあ、これは先生に伝えなきゃね」


 そう言って、彼女は外に出て行こうとした。


 シズカは俺の顔を申し訳なさそうに見ていた。


 このままモナカにチクられれば、俺の救世主への道が断たれる。


 加えて、シズカにも嘘をついたという変な噂が広まる可能性があった。


 人間って不思議なもので、追い込まれると自分でも想像もしないことをする。


 前世のフラッシュバックとかも忘れて、モナカの腕を掴んでいた。


「一回食べてみてから、先生に言うかを決めてほしい」


「まず、手を離して。言っとくけど、私はあなたのこと好きか嫌いかって問われれば、嫌いなのよ。そんな人が作った料理なんて食べたくない」


 モナカは強い口調で俺に言った。


 すると、俺の横から力強い声が聞こえてきた。


「クルミ、食べてもないのに先生に言うのなんて、あなたの正義に反することじゃない? 確かに先生には言ってなかったけど、じゃあ、ユウヤが全部悪いの?」


 シズカが怒るのを初めて生で見た。まだまだ彼女の口撃は止まらない。


「学校側がユウヤを勝手に悪い人みたいにして、訓練もさせてあげてない。そんな扱いをされてるのに、ユウヤは皆の役に立とうと頑張ってるのよ。それを潰すのがあなたの正義なんだね。ちょっと失望したよ」


 俺も驚いていたが、1番驚いていたのは言われた張本人であるクルミ・モナカだった。


「し……仕方ないじゃない。だって、この人には何も特殊能力がないんだから。しかも、許可を取れば良いものを取らなかったのは事実でしょ?」


 モナカはこう返した。


 でも、シズカの怒りは止まらない。


「じゃあ、ユウヤが許可を取ろうとしたら、先生たちは許可をくれると思う? 変な子って勝手に周りが評価してるんだよ。後、一回もユウヤの料理食べたことないのに、変な言いがかりはやめて!」


 流石にこのままではまずいと思った俺は


「シズカ! 俺は大丈夫だから! モナカさん、俺が許可とってなかったのは事実、悪いことだった。ごめんね」


「なんで、ユウヤが謝るのよ。本当に悪いのは周りの人達なのに……」


 シズカは我に返ったのか、今にも泣きそうなくらい悲しい顔をしていた。


「シズカ。俺は大丈夫だから。あと良い作戦を思いついたんだ」


 俺はシズカにそう耳打ちをした。


「モナカさん、俺の作った料理食べてみてよ。もし、美味しくなかったら、先生に言ってもいい。でも、もし、おいしいと少しでも思ってくれたら、今日のことは見なかったことにしてほしいんだけど、どうかな?」


 これが俺の作戦。


 いや、賭けと言った方が正しいかもしれない。なぜなら、この作戦はモナカが乗ってこなければ、全てが終わる。


 祈るように彼女の回答を待つ。


 モナカはシズカの口撃にまだ驚きを隠せていない様子だった。


 だから、静寂な時間が続いた。


「シ……シズカがそんなに言うんだから、一回食べてみてから判断してみることにするわ」


 モナカがこの話に乗ってくれてよかった。


 おそらく、シズカの言葉がモナカの正義を少し変えてくれたのだろう。


 そして、俺の作ったコロッケをモナカは手に取り、食べ始めた。

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