第7話 首の皮が繋がっているのであれば、まだ逆転できる

 モナカは一口食べた。そして、また一口。どんどん、食べ進めていく。


 その様子を俺とシズカは黙ってみていた。


 もし、この教室を第三者が見ていたら、変なことをしているのではないかと疑ってしまうだろう。


 だって、雑談も何もせず、一人の少女が食べているところを二人がジッと監視しているのだから。


 まあ、今日は幸いなことにこの家庭科室を通るもの好きはいなかったので、よかった。


 そんなこんな考えていると、モナカは既に食べ終わっていた。


「ま……まあまあね」


 彼女はこのコロッケをそう評価した。


 でも、この評価だけでは、結局の所、チクられるかどうかわからない。


「じゃあ、先生には言わないってことでいいのかな……?」


 俺は我慢できずに聞いてしまった。


 シズカも先ほどの怒りからは随分と落ち着いていたが、まだ問題は解決してなかったから顔は強張ったままだった。


 少し時間が経ってから、モナカが口を開いた。


「……そうね。今日の事は見なかったことにする。シズカの顔も怖いし」


 良かった。これでとりあえず、救世主への道が首の皮一枚つながった。


 俺が「ありがとう」と言おうとした瞬間、「クルミ、ありがと!」と言って、シズカはモナカに抱きついていた。


 これがシズカの凄い所。


 ちゃんと相手がほしいと思っている言葉を適切なタイミングで言える強さがある。


 前世の社会人の時から含めてもそういうことが出来る人はいなかった。


 だから、10歳にして、勇者になることを期待されているシズカは前世を含めて、俺が出会ってきた中で一番、人間として出来ていると思った。


 そして、シズカがモナカを抱きしめた瞬間、モナカは泣き出してしまった。


 それもそうだ。


 彼女にとって良かれと思ってした行動で友達を怒らせてしまったのだから。


 しかも、その怒らせた相手が温厚で有名なシズカということならなおさら。


 モナカ自身、相当緊張していたのだろうと思う。


 でも、このモナカの正義感というものは俺、ユウヤ・ヤマダが学ばなきゃいけないものだと心底思った。


 自分の中にちゃんと評価基準があり、それに基づいて行動する力強さ。


 山田裕也、もといユウヤ・ヤマダに最も足りていないものでもあり、そのせいでお互い自殺を試みたのだから。


「シズカ、ごめんね。ヤマダもごめんね」


「クルミ、私も急に怒っちゃってごめんね。しかもかなり強い口調で言っちゃったし。

本当に悪いのは許可を取っていない私達なのに」


「そうだよ。モナカさん。実際の所は許可を取れば問題ない話だったのに。だから、今回の事はありがとうね」


「大丈夫。私こそヤマダの状況を知っているのに、無理なことを言っていたわ」


 気づくともう外は夜になっていた。


「ヤマダ、今日は悪い事したわ。でも、あなた、気をつけなさいよ。あまり良く思われてないのだから、目立つ行動はしないように」


「分かってる。モナカさんは優しいね」


 すると、モナカは手をもじもじして、俺にこう言った。


「あ……あと、私のことはクルミでいいわよ。だから、私もユウヤって呼んでもいいかしら?」


 おっと、ここで予想外の言葉が来た。


 だが、相手は10歳だ。


 俺は何とか平静を保って、「あ、うん。これからよろしくね。クルミさん」と伝えた。


「じゃあ、ユウヤ。先生に言わない代わりに時々来てもいいかしら?」


「それは勿論。いつでもきて」


「あなたの事、変な人だと思ってたけど、意外と常識人なのね」


 そう言いながら、クルミは笑顔になった。


 10歳に言われる言葉ではないと思ったのはここだけの話だが、今までクルミの怒ってる顔しか見たことがなかったので、なんか新鮮だった。


 もう時間も遅いということで、まだ終わっていなかった片付けを急いでした。


 そして、その後、校門でクルミと分かれ、いつも通りシズカと帰路を共にした。


「シズカがこんなに怒ったのを見たの久しぶりだよ」


 生でシズカが怒ってるのを見たのは今回が初めてだったが、転生者とバレないように辻褄を合わせた。


「もう、思い出さないで。忘れて」


「『ユウヤは皆の役に立とうと頑張っているのよ』だっけ?」


「もう忘れて!」


 そう言ってシズカは俺の頭をポカポカ叩いてきた。


「忘れるのは無理だよ。こんなに嬉しい言葉をもらったことがないんだから」


 そう言ったら、彼女は俺の事を叩くのをやめた。


「……本当に?」


「本当にって、嬉しい言葉ってやつ? 勿論、そうだよ。シズカにはいつも支えられてるから感謝しかないよ」


 夜だったからあまりわからなかったが、シズカの耳が赤くなっているような気がした。


 それから少しの間、シズカは黙ってしまった。


 木々が風で揺れる音が鮮明に聞こえた。


「……でも、ユウヤがどんどん人気になるのは嬉しいけど、少し寂しい気もするね」


 沈黙を破って、シズカは俺にそう話し始めた。


「え、俺が人気?」


「うん。色んな人がユウヤの良さを知っていくのは嬉しいんだけど、なんていうんだろう。置いていかれているっていうのかな? ごめん。変なこと言ってるね。忘れて……」


「俺がシズカを置いていく? それはないよ。だって、今まで言ったことなかったけど、俺の目標はシズカが困ってる時に助けられる救世主になることなんだ」


 シズカにそう伝えると、さっきまで、少し強張った顔をしていたシズカの表情が明るくなった。


「それは本当? 約束出来る?」


「うん。約束する。俺はどこにも行ったりしないよ」


「ユウヤは私のナイトってことかな?」


「まあ、まだ全然時間もかかるとは思うけど、そこが俺の目標だね」


「じゃあ、私が困ったら一番に助けに来てよね」


「ああ。俺が真っ先に駆けつけるから心配しなくていい」


 なんか、スゴイキザなセリフを言っているような気がしたが、まあいいだろう。


 今日の月は一段と綺麗だった。

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