第8話 道はあるものじゃなくて、作るもの
あのクルミに秘密の料理特訓がチクられそうになった日から、結構な時間が経った。
あれ以来、いつも来てくれるシズカの他に、俺の親友であるハジメとヨウヘイも週2回は来てくれていた。
後、クルミも月2回程度来てくれるようになった。
そんな3月15日、俺の11歳の誕生日にいつものようにハジメとヨウヘイとシズカが一緒にいたタイミングでクルミが入ってきた。
「おいっす! クルミ」
「な……何で、マチダ君とタナカ君がいるのよ?」
実はハジメとヨウヘイには、クルミの件を話していたが、それで勝手にやり切ったつもりになっていて、クルミにハジメとヨウヘイもこの料理会の参加メンバーという事を伝え忘れていた。
だから、クルミはバツが悪そうな顔をしていた。
「クルミも悪い奴だな。今までだったら、これもチクってたろ?」
そう言って、ヨウヘイはクルミをからかう。
「仕方ないじゃない。そんなこと言うなら、今から先生にこの密会の事言うわよ?」
「クルミ! これヨウヘイの冗談だから、それだけはやめて……」
俺はなんとかクルミがこの料理訓練のことをチクらない様になだめようとした。
「ユウヤに言われなくても分かってるわよ。マチダ君はいつもこう言って私をからかってくるから慣れてるわ」
「そんなこと言って、別に嫌いじゃないだろ?」
「嫌いよ!」
「クルミはツンデレなんだからー」
「違うわよ!」
クルミとヨウヘイがこんな感じで話しているのを今日初めて知った。
10歳のあのショッキングな日から、「ユウヤ」はふさぎ込んでしまっていた。
それに加えて、周りが彼、もう今は俺だが、忌み子と言われ、敬遠されていたせいもあって、この「ユウヤ」自身も他の人に興味を持つのをやめたみたいだった。
だから、クルミとヨウヘイがこういう言い合いが出来る仲というのも知らなかった。
7歳からの仲なのに。
「そういえば、もう少しで運動大会が来るわね」
クルミが俺の今日作った肉じゃがを食べながら、そう話し始めた。
肉もじゃがいもも前世と同じものがあったので、味は完璧だった。
皆も美味しく食べてくれているみたい。
「運動大会か! 楽しみだな」
この世界でも前世の学校と同じような運動会みたいな行事が年に1回、7月に行われている。
文化祭に関しては、この世界の「ブレイブアカデミー」に上がったタイミングからあるらしい。
ちなみにこの「ブレイブアカデミー」というものは12歳以上の子が試験を受けて合格することで入学することができる。
前世で言う高校みたいなものだろう。
だから、この初等教育学校のように誰もが入れるわけではない。
まあ、暗黙の了解というか、当然のことながら特殊能力がないと入れないようなので俺は既に諦めているが……。
さあ、話を戻して、この運動大会は特殊能力の使用が認められている。
だから、10歳になるまで、ユウヤはこの運動大会が割と好きだったのだが、10歳になって、周りが特殊能力を使えるようになってからは「ユウヤ」が勝てなくなってしまった。
だから、ユウヤはシズカ以外のクラスメイトから戦力外として見られ、どんどん嫌われていったという記憶があった。
もしかしたら、それは「ユウヤ」の勘違いだったかもしれないが……。
まあ、そのせいで「ユウヤ」はこの運動大会というものが嫌いになった。
自殺しようとした一つの原因でもあるだろう。
「運動大会って、特殊能力有りなんだよね」
「そうそう。ってそうか。ユウヤ、特殊能力ないのか」
「バカ。ユウヤが気にしてることをなんで言うの。マチダ君は本当にデリカシーないんだから」
なんか、この二人の会話は夫婦漫才のようだった。
だから、慣れてしまえば、空気がほっこりするから助かる。
「俺は全く気にしてないから大丈夫だよ。まあ、運動大会に料理があれば、いいんだけどね」
「確かに。料理があれば、ユウヤが一番なのは間違いないね」
シズカはそう言って、俺をフォローしてくれた。
「ユウヤ、心配すんな。リンゴ組には俺もハジメもいるし、何たって、俺らの学年の姫、マツリがいるんだから」
「ねえ、なんで私はいないの?」
「クルミは特殊能力的に運動得意な感じではないだろ」
そう。クルミの特殊能力は「パワーサプライ」。
簡単にいえば、自分の力を他者に与えるものだった。
「クルミはガンガン俺のサポートしてくれよな」
ヨウヘイがクルミにそう伝えた瞬間、静かに「それは勿論よ」と言っていた。
まあ、ヨウヘイはしきりに「なんか言ったか?」とクルミに聞いていたから、気づいてないと思うが。
「本当に他のクラスに勝ちたいね」
シズカはそう言った。
「確かにな。このメンバーでの最後の運動大会になるしな」
「ミカン組、ブドウ組に勝とう!」
皆がこうやって決起している中、俺も静かにある決意をした。
ーーー
俺の誕生日の次の日。ある先生の元を訪れていた。
その先生の名はプロフェ・レアル先生。
「プロフェ先生。俺、強くなりたいんです。特殊能力はないですが、稽古つけてくれませんか?」
「急に来てなんだ。お前に構っている時間なんかない」
「いや、先生には時間があるでしょう? どの生徒も受け持ちが居ないんですから」
現在、このプロフェ先生が受け持っている生徒は0人だった。
だが、教えるのが下手なわけじゃない。逆に教える能力は、この学校の先生の中でもトップクラスに違いない。
なぜなら、この先生は過去に世界を救った勇者を何人も育て上げた人物なのだから。
用はスゴイ人なのだ。
だが、その教育方法はスパルタそのもので、この先生に怪我をさせられた生徒も多く、プロフェ先生に子供を預けたがる親は今現在はいなかった。
「ふん。さすが忌み子。嫌な言い方をするな」
「俺は忌み子じゃありません。ユウヤ・ヤマダです。で、稽古つけてくれますか?」
「でも、さっきも言ったが、俺は暇じゃない。……そうだな、学校の隣にあるモンテ山にある金のバラを取ってきたら、稽古つけてやろう」
「モンテ山って、あのモンテ山ですか?」
「ああ。お前の相棒のマツリなら3日あれば、頂上に届くと思うがな」
このモンテ山というのは標高4000メートルで、しかも野生生物も多く生息していることで有名な山である。
俺には自分自身を守れる特殊能力がないから、お母さんからは近づいちゃダメと言われている場所である。
しかも、この金のバラなんてものは噂でしか聞いたことがない。
「怖気づいたか? だったら、やめてもいいんだぞ」
「誰が怖気づくもんですか。取ってくればいいんでしょ? 明日から行くので、学校は休みます。上手く言っといて下さい」
俺は意気込んでプロフェ先生にそう言ったが、内心、正直怖い。
だって、元々はただのコミュ障な社会人。しかも、特殊能力なし。
でも、ここで逃げたら、運動大会、そして、その先にある救世主という夢も叶えられないだろう。
一方的にした約束ではあったが、俺はこの「ユウヤ・ヤマダ」を救世主にすると決めたのだから。
心臓が一音、高鳴る。
これは死への恐怖によるものなのか?
それともまた別の……?
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