第15話 必死すぎると普段なら気づくものに気づかなくなってしまう

 モンテ山の登頂を始めて、3日目。


 朝見た太陽は既に雲に隠されていて、雨がポツリポツリ降っていた。


「山の中で雨って最悪だわ」


 クルミがそう言う気持ちも分かる。


 なぜなら、晴れの日と違い地面がぬかるんでいる上に、視界も悪い。


 なので、昨日ほど速く進めなかった。


「皆、ごめん。俺の歩くペースが遅くて」


 俺は皆にそう伝えた。


 だって、俺が皆の歩くペースを遅くしていたのは周知の事実だった。


 洞窟内では、彼らの力になれていたかもしれないが、登頂に関しては本当にお荷物になっている。


 なら、クルミからパワーサプライをして貰えばいいと思うだろう。


 確かに、そうすれば、少しは速く歩けるようになる。


 でも、パワーサプライはタダでは決してない。サプライした分、クルミに反動がいってしまう。


「ユウヤ、あなたにパワーサプライした方がいいと思うんだけど、どう思う?」


 実は出発前にクルミからもその提案をされていた。


 俺は少し考えてから、


「いや、俺にパワーサプライはやめよう。だって、クルミ、使った後キツそうだったし、必要な時にパワーサプライを使えるようにした方がいい気がする」


 俺はそう答えて、クルミからの提案を断った。


「確かにそうね。でも、もし、あなたが必要だと思ったら、私に言いなさいよ。」


「クルミ、ありがとう。」


 出発前はそう息巻いていたが、俺が足を引っ張っているという現実を知ると、どうしても焦ってしまう。


 そして、頑張らなきゃ、頑張らなきゃと空回りをしてしまい、何度も転んでしまっていた。


 そのせいで、またスピードが遅くなる。


 彼らは優しいから俺が躓く毎に励ましてくれていたが、いつか皆が俺のことを見限ってしまうのではないかと不安になっていた。


 昨日は一度も転ばなかったのに。


「ユウヤ、泥が髭みたいになってるよ」


 シズカはさっき俺が言った「ごめん」という言葉を無視して、俺に笑顔で言った。


「結構、似合ってるじゃん!」


 ヨウヘイがそう言うと、皆が俺の顔を見て笑い始めた。


 雨の音とは別に、明るい一音が山の中に追加された。


 俺は笑われていた。


 でも、嫌な気持ちにはならなかった。


 だって、前世の時のものとは違い、今回のは暖かい何かを感じることができたから。


「ユウヤ、さっきごめんって言ってたけど、別に何もお前は悪いことしてない。逆に俺はお前を本当に凄いと思ってる。だって、俺達が今日も元気でいられるのは、お前のカレーのおかげなんだぜ?」


「ハジメの言う通り! 初めて会った時も言ったが、俺は特殊能力は使えても、料理なんてできないしな」


「それ、胸張って言うことじゃないでしょ」


 クルミはヨウヘイにそうツッコミをいれた。


 その瞬間にまたさっきと同じ一音が、静かな山の中に追加された。


「じゃあ、笑い話はこのくらいにして進むわよ」


 クルミはそう言って、俺達の気を引き締め直した。


 俺達はとにかく進んだ。


 でも、進めば進むほど、俺達の気持ちと反比例するかのように雨足は強くなっていった。


「ユウヤ、大丈夫?」


「うん。何とか大丈夫」


 シズカは俺を心配してくれていた。


 まだ、俺は大丈夫だった。


 だが、標高が高くなってきたことで気温も下がってきた上に、この雨で体力もどんどん削られていた。


 でも、太陽の光がギリギリ雲の膜を突き破って地上を照らしてくれていた。


 だが、雨音とは怖いもので、普段なら気付けるものを気付かなくさせる力がある。


「キャア!」


 先頭にいたクルミが叫んだ。


「クルミ! どうした? って、これはやべえな。」


 そう言って、ヨウヘイはクルミの前に立つ。


「大蛇がいやがる。」


 ヨウヘイは続けて言った。


 『大蛇』


 特殊能力訓練が無い俺でもこの生物については知っていた。


 なにせ、授業で危険な野生生物の1つとして紹介されていたからだ。


「多分、500メートル地点までにはいないとは思うが、大蛇がいたらすぐに逃げて、先生に報告すること。じゃないと、本当に死ぬからな」


 担当の先生はそう言っていた。


「マジでこれはやばいな。雨のせいでこいつが近づいてるのに全く気付かなかった」


 ハジメの言う通り、雨じゃ無かったら、もっと早くに気づいてたかもしれない。


 でも、たらればの話をしている場合じゃない。


「ユウヤ、蒸してたお肉ってまだある?」


 シズカは俺に質問した。


「ハジメの持ってるバッグに入ってるよ。どうするの?」


「ちょっと、一個だけ頂戴」


 シズカは俺から肉を受け取り、俺達から見て左側の方に投げた。


 すると、大蛇はそっちの方に向かって動きを変えた。


「マツリ、ナイス! とりあえず、逃げるぞ」


 ヨウヘイの掛け声を聞いて、俺達はとにかく大蛇とは逆方向の方に登りながら逃げた。


 でも、俺の体力は限界に達しようとしていた。


 なぜなら、さっきも言ったが、雨の影響で普段以上に体力を奪われていたからだ。


 しかも、急な大蛇の登場。正直、腰を抜かしそうだった。


 だから、俺はとにかく必死に逃げた。


 最後の力を振り絞って必死に逃げた。


 でも、人間は必死になりすぎると、いつもならできる当たり前のことができなくなってしまう。


 俺は道から足を踏み外してしまったのだ。


「やばっ」


「ユウヤ!!」


 そう言って、俺の後ろを走っていたシズカが俺の手を掴んだ。


 でも、シズカが引き上げる力より重力の力の方が強く、俺とシズカは山の下の方に転がっていった。


ーーー


「ユウヤーー! シズカーー!」


 落ちる時に聞こえたクルミの声はまるで無かったもののようになっていて、今では雨音しか聞こえなかった。


 でも、土がぬかるんでいた事で、俺とシズカは無事だった。


「ユウヤ、大丈夫?」


 シズカは俺に声をかけた。


「俺は大丈夫。って、シズカ……?」


 さっきのは訂正する。無事だったのは俺だけだった。


 シズカは右足首を捻挫をしてしまっていた。


「私も大丈夫。だから、ユウヤは心配しないでって……ユウヤ! 前見て!」


 シズカに言われた通り、前を見ると、そこにはさっきの大蛇がいた。


 これほど絶望的な状況はないだろう。


 俺もシズカも胸肉を持っていなかった。


 だから、さっきの作戦はできない。


「ユウヤ、とりあえず逃げて。あなたを死なせるわけにはいかないの」

 

 そう言って、シズカは足を引きずりながら、俺の前に立った。


 俺はここでも何もできないのだろうか。


 シズカは怪我してる中、俺を守ろうとしてくれている。


 俺は無傷なのに……。


 皆の救世主になると誓ったのに…。


 なのに……なのに……俺は……?


「………シズカ、捻挫してる足に治癒魔法をかけて。治るまで、俺が時間を稼ぐ。」


「それじゃ、ユウヤが死んじゃうよ!」


「シズカ!! 頼む…。俺にとってもシズカは特別なんだ。大切なんだ。だから、2人で生きて帰ろう! その為にはこの方法しかない。大丈夫。死ぬつもりなんてないから……」


 俺はシズカにそう言った。覚悟はもう決めてる。


 でも、足の震えは止まらなかった。


 体力も既に限界。


 大蛇の前に立った瞬間、あのイノシシもどきに囲まれていた一昨日を思い出した。


 でも、今の状況の方があの時より最悪だろう。


 それでも、守らなきゃいけない人、守りたい人が俺の隣にいる。


 ここでシズカを犠牲にして生き延びたとしても、俺はユウヤに胸張って「生きたよ」って言えない。


「俺はシズカの救世主になるって決めたんだ」


 俺は自分自身にそう言って、足元にあった石と木を集め、大蛇に向かって突っ込んでいった。

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