第3話 失敗ではなく、成功への糧だ。
今日から俺は学校に復学する。
この世界では7歳になる年から、学校に通い始めるらしい。
10歳までは、算数など前世でも行われていた授業を学校で学ぶが、10歳からは通常の授業に加えて、それぞれの特殊能力に応じて、個別の先生が付くとのことだった。
だが、「ユウヤ」の場合は異例で、個別の先生がまだ決まっていなかった。
どんな先生も特殊能力無しの人に何を教えればいいのか分からないというのが本音だろう。
だから、シズカが特殊能力訓練をしている時、「ユウヤ」はただただボーッと外の景色を見て、シズカを待っていたらしい。
することがないとそうなるのも無理はない。
ましてや、夢が叶わないことが分かってしまったら、尚更何もできないだろう……。
「ユウヤ! シズカちゃん来たわよ!」
お母さんがそう言った時、俺はまだスクランブルエッグを食べている途中だったので、急いで卵を口に詰め込んで、シズカのいる玄関に向かった。
「いってきます」
そう言いかけた瞬間にお母さんに後ろから抱きしめられた。
これは俺が外に出かけるタイミングでいつもするルーティンみたいなもの。
「決して無理だけはしないで。別に学校にだって、行きたくないなら行かなくていいんだからね。お母さんはいつもあなたの味方よ」
……いいお母さんだ。
俺の憶測になるが、この「ユウヤ」のお母さんも「ユウヤ」に特殊能力が無いことで相当苦しんでいたのだろう。
だって、自分の最愛の息子が「かわいそうな子」とか「忌み子」とか言われて傷つかない親はいないはずだ。
「ユウヤ」は特殊能力には恵まれていなかったが、家族には恵まれているなとお母さんからハグされる度に思う。
「大丈夫。救世主になるために頑張ってくるね」
そう言って、俺は玄関を飛び出した。
ーーー
「ユウヤ、大丈夫……? 緊張してない?」
シズカはかなり心配そうな顔で俺にそう聞いた。
「大丈夫。シズカも一緒だし」
俺がそう言うと、シズカの耳が赤くなった。
でも、そのことに女性経験が乏しい俺は気づけるわけもなく、いつも通りの道をいつも通りシズカと一緒に歩いた。
「ユウヤ、最近変わったね。なんか、子供の時に戻ったみたい」
ふと、シズカはこう言った。
「そう? なんか、吹っ切れたからかな」
実際に今の生活は会社とかに縛られていないから、偽りの自分を作る必要がない。
用は等身大の自分でいることができるのだ。
逆にこの「ユウヤ」に特殊能力があったら、その特殊能力に縛られてしまい、また前世のように本当の自分を嫌いになってしまっていたかもしれない。
そう考えると、俺にはこの何もないという状況は精神的に良かった。
でも、そんな気持ちとは裏腹に、街に住んでいる人の目はいつも通り冷たかった。
ーーー
学校に到着。
幸い俺はシズカと同じ「リンゴ組」だった。
俺の学年は3クラスに分かれていて、それぞれに「リンゴ組」、「ミカン組」、「ブドウ組」という名前を付けられている。
俺は特に何も考えず、リンゴ組の教室のドアを開けて、クラスに入った。
その瞬間、クラス内で小さなざわめきが起きた。
「なんで、来たの?」
「あの人、自殺しようとしたらしいよ」
ヒソヒソ話が本人に聞こえていないと本当に思っているのだろうか?
全て丸聞こえだ。
「俺はこの学校の生徒なんだから、基本的に来なきゃダメだろ」と心の中でそのヒソヒソに反論していた。
「ユウヤ、あんなヒソヒソ話なんか無視していいよ。私はユウヤのいい所をいっぱい知ってるんだから」
シズカは俺に気を遣ってそう言ってくれた。
「ユウヤよ。お前、めっちゃいい子が幼馴染じゃないか。ちゃんと、俺がシズカを支えるから安心してくれ」と俺は心の中で「ユウヤ」に言った。
その時、心臓が一音高鳴った。
ざわめきが収まらない中、俺はシズカに教えてもらった「ユウヤ」の席に座った。
場所は窓際後ろの角の席。シズカの席は前の方だったから、結構遠い。
だからか、席に座ってからの方がクラスメイトから俺に対する嫌悪感を強く感じた。
「でも、俺には少なくともシズカとお母さんがいる。大丈夫……」
そう自分自身に言い聞かせて、先生が来るのを待つ。
そこから、5分くらいして、先生が入ってきた。
「はい。今日から、
「おいおい、あっさりしすぎだろ」と思ったが、そんなことを言えるわけなく、あっという間にホームルームが終わり、授業が始まった。
この先生の「ユウヤ」に対する対応を見て、改めて「ユウヤ」にとって、学校生活がいかに過酷だったかが少し垣間見えた気がした。
「ユウヤ」はこれに耐え続けたんだな……
だが、授業が始まるとそんなことを考えてる暇は無くなった。
なぜなら、学校の授業が全く理解できなかったからだ。
たまたまこの世界は前世と同じ文字を使うというとてもラッキーな状態だったが、死んだ時には既に大学を卒業してから3年がたっていた。
つまり、どんなに基礎的な問題と言われても、勉強してないのだから、解けるはずがなかった。
それに加えて、この「ユウヤ」も頭がよくなかったとのことで、もう手の打ちようがない。
少なくとも、ノートだけはしっかり取ろうと思い、必死に黒板の文字をノートに写していた。
ーーー
「ユウヤ、頑張ってたね。本当に昔に戻ったみたい」
午前中の授業を何とか乗りこえた後の昼休憩にシズカが俺に話しかけてきた。
「久々の授業だから、何も分からないんだよね……。てか、シズカは俺なんかといていいの?」
シズカは勇者候補。
本来、俺と仲がいいことも他の人からするとおかしい話である。
加えて、美人で性格も良いということもあり、別のクラスにも友達が多くいる人気者。
だからこそ、謎だった。
そんな中でも、俺に時間を割いてくれる理由が……。
「それは、私はユウヤの幼馴染だし、それに……」と何かブツブツ言っていた。
「……いつも気にかけてくれて、ありがとう」
「き、急にどうしたのよ? もう、最近ユウヤ変だよ」
そう言って、シズカは顔を赤くしていた。
流石の俺もそれには気づいていた。
ーーー
午後からは特殊能力別の授業。
つまり、俺は午後から暇ということだ。
実は、「ユウヤ」の夢をかなえると決意した昨日からどうやって救世主になろうかと考えていた。
そして、一つの答えが出てきた。
それは料理で救世主になるというものだ。
この世界には、色々な薬草や山菜があり、それを組み合わせれば、料理で色々な人を元気にできる。
加えて、冒険者とかになった時にも料理ができた方が飢え死にする可能性もグンと減るだろう。
そして、何と言っても、この料理には特殊能力が必要ない。
つまり、料理ができれば、特殊能力がなくても、救世主になれるのではと俺は考えたのだ。
加えて、前世では節約のため毎日自炊をしていた。
その経験から、料理は人並みにできる自信があった。
まあ、「ユウヤ」の目指していたあの救世主とは違うものだと思うけど……
昼休憩後、俺以外の生徒は個別訓練に行ったので、俺はユウヤの記憶を頼りにキッチンがある教室に向かった。
実際の所、この学校に来る生徒達は全員、勇者や魔術師を目指しているから、料理を熱心にする変わり者はいなかった。
だから、そのキッチンのある教室には誰もいなかった上に、もはや鍵すらかかってなかった。
「俺は嫌われ者だから、怒られてもいいや」という感じで謎に俺は吹っ切れていたので、火をつけ調理を開始した。
今日は前世でよく作っていたカレーを作ろうと思う。
勿論、この世界にカレーのルーはなかったので、それっぽいスパイスみたいなものをいつものおつかいで見繕って、持ってきていた。
他のニンジン等の野菜とかも今のところ見つけることができなかったので、他の材料で代用して、作ることにした。
でも、実はこの世界に来てから、俺は料理を一度もしていなかった。
正確に言うと、できなかったと言う方が正しい表現になる。
理由としては、病み上がりだからと言って、お母さんが気を使って、極力ストレスを溜めさせないようにしていたのが関係している。
だから、今日がこの世界での初料理。
ちょっと、理科の実験みたいでワクワクしていた。
俺は材料を切り、どんどん料理を進めていく。
やはり、材料が前世のものと違う上に、包丁の材質も違うから、切るのには苦労した。
でも、何とかカレーもどきを完成させた。
味見をしてみる。
ちょっと塩気が強かった。やはり、別の材料でいきなり作ったから、仕方ないのだけれど……。
そんな感じで味見をしていると、教室の外から足音が聞こえてきた。
時間は午後4時。丁度、特殊能力訓練が終わり、全員が更衣室に向かい始める時間だ。
「ん……? なんか、この部屋からいい匂いするな」
「入ってみようぜ!」
そんな声が聞こえてきた。
俺は「まずい」と思ったが、時既に遅し。
二人組の少年が入ってきた。
「あれ、噂の能力なしのやつだ」
「なんで、こんなところにいるんだ?」
俺はこの二人を知っている。
同じリンゴ組のヨウヘイ・マチダとハジメ・タナカだ。
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