第2章〜運命の運動大会〜

第22話 できることに目を向けることが幸せに繋がる


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 あのモンテ山の日々からもう4ヶ月になろうとは……


 でも、今、俺にその日々の懐かしさに思いを馳せる余裕なんて全くない。


「ヤマダ。お前の覚悟はそんなものだったのか? マツリ達ならこんなの朝メシ前だぞ」


 なぜなら、俺は今プロフェ先生からの地獄の特訓中だからだ。


ーーー


「ヤマダ。お前が選んだ料理という選択は俺も正解だと思う。だが、それを活かすためには薬草や山菜の知識とマツリ達並ではないものの基礎体力を向上させる必要がある」


 俺が選んだこの料理という道が本当にあってるかどうかが分からなかったから、多くの勇者を育てたプロフェ先生からこの言葉をもらえたことが純粋に嬉しかった。


「だが、お前、山菜とか全く分からないだろ?」


 プロフェ先生の言う通り、薬草や山菜に関して勉強したことがなかったから、知識はまるっきりない。


 なぜなら、俺は薬草の勉強より先に料理のスキル向上に集中していた為だ。


 使っていた料理の材料も全て市場で買ったものだったし……


「……はい。正直、全くです……」


 ついさっきまでは褒められて喜んでいたが、今は怒られている気がして、少し落ち込んでいた。


「今現在、薬草や山菜が分からないことを恥じる必要はない。だが、今後、マツリ達と一緒に魔族達と戦うのであれば、この薬草や山菜の知識は必須だ」


「分かりました。では、具体的にどのような特訓を行うのでしょうか?」


「それはな……」


ーーー


「せ……先生、あれはキュ……キュア草ですよね?」


 俺は夜のモンテ山で3匹のイノシシに追いかけられながら、プロフェ先生にそう言った。


「正解だ。だが、まだ始めて20分しか経っていないのに、もう息が切れてるのか? このままじゃ、マツリ達の足手まといになるぞ」


 プロフェ先生からの俺専用の特訓内容はイノシシから逃げながら、薬草や山菜の在処を探せるようになるというものだ。


 この訓練をすれば、薬草や山菜の種類を覚えられる上に、基礎体力も向上するという一石二鳥のトレーニングである。


 流石、プロフェ先生。勇者を何人も輩出してるだけはある。


 だが、正直に言わせてもらおう。


 プロフェ先生は噂以上にスパルタだ。


 いくら優秀な生徒を多く育てたと言われていても、スパルタすぎて、この先生に自分の愛する息子を預けたがる親はいないだろうなと実際に修行をつけてもらっている俺はそう感じた。


 多分、この直感に間違いはないだろう。


「とりあえず、後15分、逃げながら、薬草と山菜を探し続けろ。そこまで粘れば、マツリがここに到着してるはずだからな。あいつがいれば、いくら怪我しても治してもらえるだろ。残念ながら、俺に治癒魔法は使えないから、必死に頑張れ」


「そ……そんなこと既に知ってますよ!」


 俺は逃げるのを優先しつつも、薬草と山菜を探そうとしたが、とにかく逃げるのに必死で、薬草と山菜を探せるタイミングはなかった。


 結局、俺はその後、他の薬草や山菜を見つけることは出来ずに、シズカが来る前にイノシシに囲まれてしまった。


「まあ、今日はこんなところだろう」


 プロフェ先生はそう言って、イノシシに囲まれていた俺の前に立ち、先生の風を操る特殊能力で3匹のイノシシを撃退した。


「……すみませんでした。今日もプロフェ先生の助けが必要になってしまいました」


 悔しい。本当に悔しかった。


 毎日特訓してるのに何も変わってない。


「何でお前は悪いことをしていないのに謝るんだ?」


「プロフェ先生に訓練をつけてもらってもうすぐで4ヶ月になるのに、全然、薬草や山菜も覚えられずで、毎回助けてもらっているので……」


「ヤマダ。確かに今のままじゃ、お前はマツリ達の足手まといになってしまうだろう。だが、少しずつだが、良くなってきているのも事実だ。他の人の歩幅なんか気にするな。お前のペースでいい」


「……そう言って頂けると心が少し軽くなります。ありがとうございます」

 

 プロフェ先生の訓練は厳しく、実際に訓練している時に先生から言われる言葉は刃物のように鋭い。


 だが、毎回訓練後には「前より良くなっている」と言ってくれるから、ありがたい。


 でも、自分自身の実感としては、良くなってる気が全くしない。


 だから、「気休めで『成長してる』と言ってくれているのではないか?」と疑ってしまう日もあるし、訓練をすればするほど、俺は自信を失ってしまっている。


「いずれ、プロフェ先生に見限られるのではないのだろうか?」と寝る前に考えて、怖くなる日が増えてきた。


ーーー


「シズカ……今日も俺、ダメだったよ」


「そんなことないよ。プロフェ先生も良くなってるって言ってたじゃない」


「でも、訓練始めてからもう4ヶ月くらい経つのに、キュア草しか見つけられないんだよ。しかも、いつもイノシシに捕まっちゃうし……。このままじゃ、体育大会でも皆に迷惑をかけるのは間違いないかな……」


 俺はシズカやプロフェ先生達から失望されることを恐れている。


 なぜなら、俺は実際に前世で何も結果が出せず、上司や先輩から失望されたからだ。


 あの時の上司や先輩の冷ややかな目を思い出すと、今でも冷や汗が出る。


 俺だって、プロフェ先生やシズカがあんな人達と違うことは知ってる。


 でも、このまま結果が出せないままだと失望されてしまうのは時間の問題だと、焦ってしまう。


 そして、上手くいかなくなるという悪循環に陥る。


 まるで、あのモンテ山で足を滑らした時のように……


「……私ね、ユウヤが居なかったらって考えると凄い怖くなるんだ。あの時も本当に怖かった。だから、今こうしてユウヤと一緒に帰れる毎日が本当に嬉しいんだ」


「……シズカ……」


「無理して自信持てとは言わないよ。だって、自信が持てない所もユウヤなんだもん。でもね、私にはユウヤが必要ってことは忘れないでね」


 シズカがくれる言葉には感謝しかない。この言葉達のおかげでここまでこれたのは間違いない。


「俺もシズカが居てくれて本当によかったよ」


「へへっ……お互い必要な存在ってことだね」


 シズカはそう言って照れていた。


 まだまだ実力も何もない俺だが、そんな俺でも体育大会では何かできるかもしれない。


 シズカの言葉のおかげでそう思えた。


 それだけでも、今日は収穫とするか。


『できることに目を向ける』


 モンテ山から帰ってきた時にプロフェ先生が俺にくれたこの言葉を胸に、また明日から頑張ると俺は決意した。

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