第39話 心が躍る方へ。じゃないと、踊ることすらできない。

「あ、ヨウヘイ! 結構かかったね」


「悪い悪い! クルミを送った後にプロフェ先生に呼び出されちゃって」


「あ、そうなんだ。大丈夫だった?」


「おう!」


「それならよかった。クルミは大丈夫そう?」


「動くのはきつそうだったけど、ブエナ先生が一緒ならすぐに良くなると思うぜ!」


 校庭に戻ってきたヨウヘイはいつも以上にやる気に満ち溢れている気がした。


 クルミも大丈夫そうなら安心だ。


 もうこの時には第九試合が始まっていた。


 第七試合、第八試合はクルミとリナの試合に触発されたのか、パンチの撃ち合いではなく、駆け引きをして倒すというまるでチェスの試合を見ているような試合展開で、興奮より緊張感が重くのしかかるような雰囲気だった。


 だが、この二試合は下馬評通りに第七試合はブドウ組のリョウ・サカイ、第八試合はミカン組のライラ・ホンマが勝利し、二回戦に進出していた。


だが……


「この試合はさっきと違って、大味な試合だな」


 ハジメがそう言うように今、目の前で行われている第九試合は壮絶な撃ち合いになっていた。


 そして、この試合は負けると思われていたミカン組のハナコ・オゼがどんなに殴られても倒れず、対戦相手のウルハ・バンバを空気感で圧倒し、遂にジャイアントキリングが起こすという誰もが心が躍る試合をした。


「さっきの試合、凄かったね」


 シズカはさっきの第九試合目の興奮が冷めていない様子だった。


 かくいう俺も、既に敗退しているとは言え、今まさに起きたジャイアントキリングを見て、心が熱くなっていた。


「うん。本当に今日は凄い試合ばっかで、頑張らなきゃって思わされたよ」


 だが、そんな中、俺の隣にいたハジメは冷静だった。


「……ハジメ、大丈夫?」


「あ……ユウヤ、悪い。どうしても次の試合でアイツが出てくるから、どうしてもそっちに興味が行っちゃってて」


 そうだ。ハジメが言うように次の試合はシズカ、リナと同じく俺達の代での勇者候補と言われているシンの試合だったからだ。


「あいつはできれば俺が倒したいな。まあ、でも、さっきの試合でジャイアントキリングも起きてるし、この試合も終わるまで分からないな」


 ハジメはそう言っていたが、彼の目はシンと戦いたいと言っている様だった。


「ユウヤ、キミヤ君の試合が始まるよ」


 ハジメと会話していた俺をシズカが呼んでくれた。


「……では、一回戦、第九試合。レディー……ファイ!!」


 もう一人の勇者候補の試合が始まった。


 先ほどの試合から続いてもしかしてのジャイアントキリングを期待している観客も多く、会場はシンにとってはアウェーといえる雰囲気だった。


 だが…………


「し…………勝者はシン・キミヤさんです!」


 シンは始まったと同時に刃を出し、対戦相手のツヨシ・メンチに向かって放った。


 ツヨシはまさかの勇者候補が奇襲を仕掛けてくるとは思わず、動揺して躱すことに精一杯になってしまった。


 そして、その刃に目が行ってしまった瞬間に隠していた二本の刃をツヨシに飛ばし、肩パッドに命中させ、そのまま場外へと運んだ。


 時間にして約10秒。


 今大会最速の幕切れに会場は静まり返ってしまった。


 一縷のジャイアントキリングという希望をシンの力、シンの特殊能力で潰した試合だった。


「あいつ、やっぱり強いな」


 ハジメがボソッとそう言った。


 だが、その時のハジメの目は言葉とは違い、ワクワクしている様だった。


 多分、この会場で唯一ハジメだけがシンと戦いたいと思っているのだろうと俺はその目を見て思った。


「はは! ハジメがこんなに熱くなってるのを見るのは初めてだな!」


 ヨウヘイはそう言って、ハジメの肩に手を回した。


「え? 俺、そんな感じする?」


「おう! 今のハジメはマジでいい顔をしてるよ。ユウヤもマツリもそう感じないか?」


「うん。タナカ君、今すぐにでも試合したそうな顔をしてる」


「俺もシズカの言う通り、めちゃくちゃワクワクしてる顔に見えるよ」


「いやー、困ったな。隠してるつもりだったんだけどな」


「俺達とお前の仲だろ! 当然、気づくさ!」


 ハジメはそのヨウヘイの言葉を聞いて、照れくさそうにしていた。


「ハジメ、宣戦布告としてキミヤ君より早く倒すのに挑戦してみない?」


 俺はふと思いついたことを口に出してしまって、「しまった」と思ってしまった。


 だって、ハジメが目の前の試合に集中できなくなってしまうことを言ってしまったと思ったからだ。


 俺は自分の出した言葉に後悔した。


「ヤマダの言う通りだな。タナカ、キミヤより早く倒してこい」


 その時に後ろから現れたプロフェ先生が俺の言葉を重ねた。


「プ……プロフェ先生?」


 俺はビックリして、先生の名前を呼んでしまった。


「ヤマダ、お前は何を驚いてるんだ? 俺はお前が別に変なこと言ったとは思ってないぞ。逆に、タナカにとって、いい言葉なんじゃないか?」


 プロフェ先生は首を傾げながら、俺を見ていた。


「そうだぜ、ユウヤ。これで油断せずに一回戦も戦えるし、目標ができたおかげで早く試合がしたくて仕方ないぜ」


 ハジメの目はキラキラしていた。


 そのキラキラが予選敗退した俺には眩しく見えた。


 俺も皆と同じように強くなりたいと心から思った。


 俺もワクワクしたい。もっと、熱くなりたい。


「……では、第十試合を始めます! レディー……ファイ!」


 そんなことを考えていると第十試合が始まった。

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