第38話 大切なものは意外と既に持ってたりするもんだ。

(クルミ視点)


「実は……」


 ブエナ先生のこの「実は……」の言葉から次の言葉が出てくるまで、まるでその瞬間だけ時間が鉛を背負ってしまったと思ったくらい遅く感じた。


 私はその間に二回くらい唾を飲み込んだ。


「……さっきまでそこにいたプロフェ先生があなたのことを「モナカは本当にすごい」とよく褒めていたのよ」


 正直、私は驚いていた。


 なぜなら、私はこんなにも高い評価を誰かから受けたことは無かったから。


 実は先生達からの評価も心からではなく、私が真面目で生徒達に言いづらい事も言ってくれる扱いやすい生徒だったから、評価が高かったのだとうすうす感じていた。


 つまり、本当の意味で「高く評価」をされたこと今までなかった。


 だからこそ、何もないと思っていた自分をそう評価してくれていたプロフェ先生の言葉が本当に嬉しかった。


「……そして、実際に今日あなたに会って、あなたとプロフェ先生はすごい似てると思ったわ」


「私とプロフェ先生がですか? 私、あんなに魔力ないですし、攻撃力もないので、比べること自体が失礼な気が……」


「あなたは噂通り真面目ね。そういう所があなたと彼が似ているのよ」


 ブエナ先生は笑いながら私にそう言い、私のお腹に右手を当てた。


「……そして、あなたと私も似てるのよ」


 ブエナ先生はそこから「はあ!」と言って、右手に力を込めた。


 すると、私の体の中の魔力がどんどん戻っていくように感じた。


 そして、そのおかげで細胞までも活性化して、傷も治り始めた。


「ブエナ先生の特殊能力って、もしかして……」


「そう、魔力サプライなの。あなたと同じサプライ系のね」


 まさか、こんなところで私とほぼ同じ能力の方に会えるとは。


「……でも、サプライ系の能力って、戦闘じゃ一人で戦えないし、あなたと同じクラスのマツリさんに比べると二倍くらい年齢も違うのに彼女の方が治癒が早いのは何とも言えない所ね」


 ブエナ先生は神妙な顔つきで話をしていた。


 私はそのブエナ先生が言った言葉を身をもって知っているから、何も言葉を返すことができなかった。


 サプライ系の能力は他者に譲渡できても、シズカの治癒魔法のように自分自身に応用することができない。


 用は一人では戦力にならないってこと。


 これがサプライ系の能力者の評価が低い理由だ。


「…………正直、今まで何でこんな能力なんだって良く思ったし、要らないとまで思ったこともあった。この学校でもどんなに頑張っても戦闘では使い物にならないから評価も低いし、ブレイブアカデミーでもよくバカにされていたわ。でも、ある人からのこんな言葉をもらったの」


 私は黙って、話を聞いていた。


 ブエナ先生は話を続ける。


「そのある人はね本当に空気が読めない人だったからあんまり好かれていなかったのだけれど、正直に言ってくれるから私は嫌いじゃなかった。ちょうど、その人に会う時があったから「私の能力は使えないよね」って相談したのよ。したら、その人、何て言ったと思う?」


「…………すみません。分からないです。その嫌な人は何て言ったのでしょうか?」


「その人は「使えないなら戦わなくて良くないっすか? 俺は戦えても、魔力あげられないし」って言ったのよ。普通、励ます場面でこんなこと言うなんて信じられる?」


 ブエナ先生はさっきまでの暗い表情から一転、明るい表情で私に話をしてくれた。


 そして、そんな私はその空気の読めない嫌な人が誰なのかが何となくわかってしまい、笑ってしまった。


「……本当に最低ですね」


「でしょ? でも、この言葉が私を助けてくれたの。だって、周りの友達とかは「頑張ればブエナにもできる」みたいな励ましだったから、どうしても、戦いで強くなることに必死だったの。けど、その言葉のおかげで戦闘という舞台を諦めることができて、今は楽しく生活できてるからあの人には感謝ね」


 私はこのブエナ先生からの話を聞いて、勇気をもらえた。


「後、実はね、今日のあなたの試合にも勇気づけられたのよ」


「え……?」


 私は耳を疑った。


 なぜなら、ブーイングもされて決して後味のいい試合とは言えなかったからだ。


「それって、本当ですか?」


「本当よ。私はさっきも言った通り、戦闘は諦めた身だし、戦いっていうと正面からの力勝負しか考えてなかったから、あなたのあのパワーサプライの使い方を見て、私の魔力サプライも捨てたものじゃない事がわかったのよ。だから、ありがとうね」


 私はただ治療してもらう為だけに来た保健室でこんなに嬉しい言葉をもらえるとは思っていなくて、嬉しさで心が一杯になった。


「こ……こちらこそです。ブエナ先生からそんな言葉を頂けるなんて思っていませんでした」


「あとね、マチダ君も「クルミは凄いっす! 俺の憧れですよ!」ってよく言っているし、それこそヤマダ君はプロフェ先生の修行で毎日のようにボロボロになるから、保健室にマツリさんとよく来るんだけど、ある日にあなたのことを聞いたのよ。するとね、ヤマダ君は「クルミみたいにどんなに怖くても、間違ったことを正せる人間になりたいです」って言ってたわ。マツリさんも「クルミはかっこいいです!」って答えるし、タナカ君も「クルミは厳しいですけど、本当はめっちゃいい奴なんですよ」って言ってるのよ」


マチダ君、ユウヤ、シズカ、タナカ君……あなた達って本当に……


「モナカさん、あなたは皆から嫌われていると思っているみたいけど、実はあなたの近い位置にいる人達はモナカさんの価値を、素晴らしさをちゃんと分かっているわ。だから、一教師の私がこんなこと言うのは良くないけど、知らない誰かの言葉は無視していいと思うの」


 私は今までマチダ君達が私のことをどう思ってるか分からなかったから、時々不安になることもあった。


 でも、今日、皆が私を信頼してくれていることが分かって、嬉しかった。


「……そして、今日あなたと話してみて、彼らのあなたに対する評価は間違ってない事が分かったわ」


 ブエナ先生は私を笑顔で見ながら、そう言った。


 私は今日のこの最高の時間を忘れることは無いだろう。


 負けたのに、それ以上の何かを得た気がした。


 そこから私とブエナ先生はサプライ系能力者特有の愚痴やガールズトークでも盛り上がった。


「はい! これで完璧ね!」


「ブエナ先生、ありがとうございました。もっと早くから保健室に来ていればよかったです」


「私もよー。でも、これから先も会えるでしょう? 気軽にきて頂戴。あ、そういえば、治療が終わったら、これ渡してくれってプロフェ先生に頼まれていたんだわ」


「プロフェ先生から……ですか?」


「そう。私はちょっと、校庭の方に治療しなきゃいけない人がいるか確認してくるから、ここでゆっくり読んでていいわよ」


「分かりました。ありがとうございます。読んでから、追いつきます」


 ブエナ先生は私に手を振りながら、保健室の戸を閉めて外に出た。


 プロフェ先生の事だから、私を傷つけることは書いていないと思うが、先生からの手紙はどうしても緊張してしまう。


 私は何回かためらったが、勇気を出して手紙の封を開け、二つに折られた手紙を開けた。


「モナカ。お前の事だから、さっきの負けで自信を失ってるかもしれない。でも、目の前の試合で負けたことなんかあんまり気にするな。反対に俺はあんな戦い方ができるってことを知らなかったから、感心しかしなかったぞ。もしかしたら、周りのどうでもいい奴らは好き勝手に「やっぱり、モナカはダメだ」とか何も分かってないことを言うかもしれないが、実際にそいつらはお前の作戦の精巧さも何も分かってないから好き勝手に言えるだけだ。俺だけじゃなく、ヤマダもマチダも全員、お前の凄さも人間性もよく分かってる。だから、別に自信を無理に持つ必要はないが、少なくとも、お前を能力だけではなく、人間としても高く評価している奴らが近くにいることを忘れないでほしい。とりあえず、保健室でゆっくり休んでから、戻ってこい。お前は俺が尊敬している優秀な弟子の一人だ。だから、そんな俺の大切な弟子にいつも伝えていることをお前にも伝えようと思う。モナカ、いっぱい失敗しろ。いっぱい間違えろ。いっぱい負けろ。勝って得られるものもあるが、負けないと得られないものもある。だから、思いっきり負けろ。大丈夫。どんなに間違えても、お前は俺の最高の弟子なのには変わらないし、その時は俺が正してやるから」


 途中から手紙が滲んで良く読めず、最後まで読むのに時間がかかった。


 プロフェ先生の手紙に書いてあった通り、今日、私は下馬評通り負けてしまったけど、得たものしかない一日だった。


 私は生まれて初めて「負けて得た」と感じた。


 ふと横を見た時に窓から外の少しオレンジがかった太陽が見えた。


 先ほどの涙のせいなのかどうかは分からないが、いつも以上に鮮明に明るく見えた。

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