第31話 相手を想う言葉は例え伝わらなくても暖かさは伝わる
「リナと試合ね……」
クルミは教室の黒板に掲示されている対戦表を見ながら呟いた。
もう既に他の生徒はミカン組の教室にはおらず、俺、シズカ、ヨウヘイ、ハジメ、そして、クルミの5人だけになっていた。
クルミはリナと戦いたいと思っていた反面、まさかの1回戦で戦うとは思ってなかったのだろう。
クルミは細かく震えていた。
俺達が話しかけても生返事だけで、ずっと対戦表を見ている。
外では7歳、8歳の部は既に終わっていて、9歳の部の決勝が行われている。
「……クルミ! お前の念願だったのに、ビビってんの?」
ヨウヘイがそう言うと、さっきまで対戦表を無心で見ていたクルミがすぐに振り返りヨウヘイを睨んだ。
「誰がビビってるですって……?」
「クルミ」
「ビビってないわよ! リナとやれると分かって武者震いしてるのよ!」
クルミはヨウヘイを睨みつけながら強い語調で言った。
ヨウヘイは空気が読める人間だ。
だから、わざわざこんなクルミのプライドを傷つけるようなことを言う人ではないのを俺はよく知っている。
ヨウヘイは不安になっていたクルミの為にそう言ったのであろう。
「……なら、よかった。クルミ、お前は強い! それはこのヨウヘイ様が保証する。だから、やれるだけやってくればいいんだよ」
だからか、さっきまでの真顔とは大きく違い、ヨウヘイは優しい笑顔で言った。
「私も保証する」
「俺もだぜ」
シズカとハジメもヨウヘイの言葉に被せた。
「……モンテ山の時、クルミが率先してくれたから、頂上まで行けたんだ。クルミが居てくれたから、大蛇も倒せたんだ。大丈夫、クルミならきっとリナに勝てる」
俺はクルミとの出会いから、今までの事を思い出しながらそう言った。
「ユウヤまで……皆してどうしたのよ……」
クルミは顔をあげた。涙を堪える為だったのかもしれない。
……ガラガラ……
そんな時、プロフェ先生がドアを開けて、ミカン組の教室に入ってきた。
「あ、お前らここに居たか。って、どうしたんだ?」
「いや……何でもないです」
クルミは自分自身が涙ぐんでいることを隠す為にプロフェ先生にそう言った。
「そうか。なら、いいが。もう対戦表の話は聞いてる。だから、お前達に決勝前に一言だけ言っとこうと思ってな。じゃあ、マチダ」
「はい!」
ヨウヘイが元気な声で答えた。
「お前に関して正直、何も心配してない。ただ全力でぶつかればいい結果が出る。とにかくいつも通り楽しめ」
「はい。ありがとうございます!」
ヨウヘイは笑顔で答えた。
「じゃあ、次はタナカだな」
「はい」
「あまりキミヤに囚われるなよ。普通に戦えば、お前はキミヤと戦えるところまで進める実力はある。だから、とりあえずキミヤのことは忘れろ」
ハジメは順当に勝ち上がれば、準決勝でシンと戦える。
だが、そのトーナメント表と度重なるシンからの挑発が相まって、目の前の1回戦に集中できていない感じがあった。
当然、それにプロフェ先生が気づいていないはずがない。
「……分かりました。ちょっと、キミヤのことばかり考えていたので、目の前の試合に集中します」
「そうした方がいい。大丈夫、いつも通りやれば、お前には勝ち上がれる実力がある」
「ありがとうございます」
このプロフェ先生の言葉により、シンから目の前の試合にハジメの集中の矛先が変わったのが俺にも分かった。
「次はマツリ。お前が1番大変だな。2連覇とか勇者候補だとか色々言われてるお前のプレッシャーは他の奴らとは比にならないだろう。でも、それに潰されそうになったら、ヤマダを見ろ」
プロフェ先生は急に俺を見ながらシズカに言った。
「え……それはどういう……?」
「はい! 分かりました」
俺はプロフェ先生の言っている意味がわからなかったので、それについて質問しようとしたところシズカに遮られた。
多分、シズカはプロフェ先生の言っている意味を理解していたのだろう。
シズカは俺を見てウインクした。
そのウインクを見て俺はこれ以上の詮索は野暮だと気づき、質問をするのをやめた。
「次はモナカか」
「……はい」
クルミは自信がなさそうな声で答えた。
クルミだけに限らず、俺達はプロフェ先生が本当にいい先生ではあるがかなり現実主義というのも知っている。
だから、このクルミの状況だと厳しいことを言われるのは俺の目から見てもほぼ確実だった。
「対戦相手が悪いな」
俺達の予想通りの言葉がきた。
「……はい……」
クルミの声は震えていた。
いくら俺達が元気づけたところで、急に強くなるわけでもないし、新しい特殊能力になるわけでもない。
誰が見てもクルミが不利なのは目に見えている。
負けると分かっていて、やる勝負ほど怖いものはない。
「以前、ヤマダにも同じことを言ったが、モナカ、お前の価値は戦闘以外のところにある」
「はい。分かってます。でも、運動大会で勝たないと……」
「勝たないと……何だ? 別のところでヒメカに勝てばいいだけじゃないか? わざわざ相手の土俵で戦う必要はない」
プロフェ先生はクルミを優しい顔で見ていた。
「俺が魔族と戦うってなったら、真っ先にお前をパーティーに誘うぞ。なぜなら、お前は戦略を練れる上に、適切なタイミングでお前の能力を適切な量、使用することができる」
プロフェ先生の目は変わらず、まるで娘を見るような目でクルミを見つめ続けている。
「目に見える強さだけが強さじゃない。戦略を練る奴、フォローする奴。それがいてこそ強くなれるし、勝てるんだ」
「……はい。でも……」
「だから、負けても絶対に落ち込むな。自分を責めるな」
「わ……私、ここで勝たないと先生達や他の生徒、そして、リナにも……」
クルミはここでリナに負けてしまうことでクルミを「チクリ魔」と呼んでいる生徒達にバカにされたり、先生、そして、かつては対等だったリナを落胆させてしまうのではないかとクルミは考えているのかもしれない。
クルミは顔伏せてしまっている。
でも、プロフェ先生はクルミを優しく見続けている。
「他の先生がなんて言ってるか知らんが、俺はここで勝とうが負けようがどうでもいいと思ってる。ここの結果に関わらず、お前の努力や苦労が消えるわけでもない上に、少なくとも俺はお前の努力をよく知ってる。だから、思いっきり負けてこい」
ここでプロフェ先生は驚くようなことを言った。
『思いっきり負けてこい』
でも、この言葉に嫌味な感じは全く無かった。
だからか、クルミは目を覚ましたかのように顔を上げてプロフェ先生を見た。
「…………負けてこいって生徒に言う先生はプロフェ先生だけですよ」
プロフェ先生の「負けてこい」という言葉でやっと冷静になれたのか、クルミはいつもの減らず口をプロフェ先生に叩いた。
「それが俺の指導スタイルだ。文句は許さん」
プロフェ先生がそう言うと、笑いが起きた。
その時のクルミの顔はさっきまでの抱えていたプレッシャーみたいなものが落ちて、心から笑っているようだった。
俺はそんなクルミを見て、プロフェ先生の言葉の使い方に感動していた。
俺達はクルミを元気づける為の言葉をかけていたが、それでは心を少ししか軽くできなかった。
だが、プロフェ先生は俺達とは真反対の角度でクルミの抱えている不安を取り除いたのだ。
しかも、俺達よりも上手に……
何とか卒業後もこの先生から教わり続けたいと心から思った。
「まあ、お前達は大丈夫。思いっきりやればいい。それで負けたならまた修行すればいいだけだ」
「やっぱり、先生は詩人なだけあっていいこと言いますね」
ヨウヘイがプロフェ先生をからかうようにそう言った。
「……マチダ、やっぱりお前、負けろ」
プロフェ先生はヨウヘイを見ながらそう言った。
俺はプロフェ先生のその返しに笑いそうになっていたのを必死に堪えていた。
「えええ! それは先生が言っちゃいけない言葉ですよ!」
「……冗談だ。安心しろ」
プロフェ先生は少しニヤけながら言った。
「……プロフェ先生って笑うんですね」
つい俺は思ったことを口走ってしまった。
「ヤマダ、お前は俺を悪魔か何かと勘違いしてるんじゃないか?」
プロフェ先生がそう返した瞬間、笑いが起きた。
多分、ハジメやシズカも俺と同じように笑うまいとずっと耐えていたのだろう。
俺達はもうすぐで決勝なのを忘れて10歳の部の準決勝が始まる位まで楽しく談笑していた。
「……じゃあ、俺は行くぞ。やらなきゃいけないことがあるからな」
「はい! 今日はありがとうございました!」
プロフェ先生は黒板の前から、俺達の横を通り過ぎるようにドアに向かった。
「……ヤマダ、お前はちょっとこっち来い」
プロフェ先生が俺の横を通る時にボソッと言った。
最後に俺だけ決勝に残れなかったことを怒られるのでは……?
いや、そんなはずない。プロフェ先生がそんな先生ではないのは俺が1番知ってるだろ。
とりあえず、先生についていくしかない。
……ガラガラ……
ドアの外に出るとプロフェ先生は隣のリンゴ組の教室に入った。
俺もそれに続く。
……ガラガラ……
プロフェ先生は入ってすぐの壁に寄りかかった。
俺はプロフェ先生の正面に立った。
「ヤマダ……」
「はい……」
プロフェ先生がいい先生だと知っているが、顔が強面ということもあり、改めて教室で2人きりになるとどうしても緊張する。
「……お前、予選でよくあの行動をした。本当に誇りに思う」
プロフェ先生はそう言って俺の頭を撫でてくれた。
久しく頭を撫でられてなかったので、なんか、変な感じがした。
でも、悪い気分はしなかった。
「お前は凄い。安心しろ。ちゃんと、凄い」
プロフェ先生みたいな人間になりたいと俺は思った。
「とりあえず、できるサポートをしてやれ。特にマツリにとってお前は特別な存在みたいだからな」
プロフェ先生は俺の頭を撫でるのをやめて、俺の目をじっと見て言った。
でも、改めて先生にこう真顔で言われると恥ずかしくなり、俺は目を逸らしてしまった。
「お前の応援はきっとあいつらの大きな力になる」
「……はい。皆が勝てるように頑張ってサポートします!」
俺は力強く今回はプロフェ先生の目をじっと見て、言った。
プロフェ先生は優しい顔で俺の頭に2回ポンポンと手を乗せた。
……ガラガラ……
「ユウヤ、大丈夫だった?」
「うん。皆をサポートしてあげてやれって言われたよ」
俺はシズカにそう答えた。
「やっぱり、プロフェ先生はいい先生だね」
シズカは笑顔で俺にそう言った。
「10歳の部の優勝者はリブロ・ヘニオさんです!! おめでとうございます!! では、次は本日最後の11歳の部の決勝です! 決勝進出者は校庭まで集まって下さい!」
「呼ばれたな! じゃあ、行こうぜ」
ヨウヘイのこの掛け声を皮切りに俺達は教室を出て、校庭に向かった。
これから学年、いや、学校最強の生徒、そして、未来の勇者候補No.1を決める決勝が始まる。
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