第10話 人生、上手くいかない時はとことん上手くいかないものだ

「ここからが本当の始まりだな」


 そうひとり言を言って、俺は立ち入り禁止エリアの501メートル地点に立ち入る。


 でも、入り始めた時間はまだ昼だったことも有り、例え舗装されてなくてもつまずくことはほとんどなく前へと進むことが出来た。


「夜の山の方が怖いな」と思いながら、進む。


 でも、さっきの暗がりでの山登り経験が俺の自信になっていた。


 だが、進めば進むだけ「今、俺は何してるんだろ?」と考えさせられた。


 なぜなら、自分自身がどこにいるかが全くわからないから。


 至極当たり前のことだと思うが、立ち入り禁止エリアに標高が書いてある看板はないし、ましてや、方向を示す看板もあるはずがない。


 加えて、道が整備されている訳でもない。


 だから、俺はちゃんと目標である頂上に近づいているかがわからなかったのだ。


 しかも、陽はどんどん沈んでいき、周りが暗くなっていく。それがどんどんプレッシャーになっていく。


 人間って、とても不思議なことに、さっきまであんなに自信を持っていたのに、今では生きて帰れるかどうかが分からなくて、怖くなってきていた。


 頂上は見えているが、近づくどころかどんどん離れていってるような感じがしていく。


 俺がユウヤ・ヤマダになった時から、シズカとお母さんは俺を信じてくれていた。


 料理についても、シズカがいつも美味しそうに食べてくれるのもあったし、何より、シズカが支えてくれていたから、挑戦出来ていたのだと改めて思わされた。


 だから、例え料理を作ってる時は「一人」でも、「独り」と感じたことはなかった。


 そして、ヨウヘイ、ハジメ、クルミとこの料理を通じて出会うことができた。


 でも、この挑戦は俺一人で挑んでいる。


 ユウヤ・ヤマダになってから初めての「独り」だった。


 前世では、「独り」には慣れていたはずなのに……。


「生きて帰りたい。そして、皆と一緒に俺の料理を食べたいな」と今では、そう思っていた。


 前世では、真逆な考えをして毎日を積み重ねていたのに。


「前世で、キャンプとか行ってれば少しはマシだったかもな」


 言葉では、こう言って何ともないような感じを出していたが、心は既に折れかけていた。


 でも、折れずにすんでいたのは、シズカ達のおかげだ。


「ここで諦めたら、俺は一生皆に支えてもらってばっかになる。救世主になるって決めたのに」


 何とか、陽が沈む前に進めるだけ、進もうとしたが、全く頂上に近づいてる気がしない。


 多分、その俺の直感は間違ってない。俺は確実に迷子になっていた。


 下を見ても、既に暗くなっていて、立ち入り禁止の看板がどこにあるかも分からなくなっていた。


 だから、なんとか暗くなる前に今日の寝床になりそうな場所を探した。


 だが、この寝床探しで何度も躓いた。


 もう長ズボンはズボンとしての機能果たしていないくらい引き裂かれていた。


「こりゃ、切った方がいいな」


 だから、俺はズボンを切って、半ズボンの状態で探索を進める。


 だが、こういう何かを求めている時にはそういう場所は見つからないものだ。どこにも寝床になりそうな場所は全く見当たらない。


 もう、陽は完全に落ちてしまった。


 空を見上げると満点の星空がそこにあった。本当に冗談抜きで前世の時には見たことない程、星が輝いていた。


 だが、それを感動出来る状態であるはずもなく、微かなこの星と月の光を頼りに探す。


 でも、それでも、全く見つからない。


「もう歩けないな」


 そう独り言を言って、俺は近くにあった木に腰かけた。


「とりあえず、何か食べなきゃ」と考え、味気のない胸肉を食べる。


 黙々と独りで食べすすめる。


 すると、急にこの胸肉から塩味を感じた。なんと、自然に涙が出てきてしまっていたようだ。


「俺、もっと、生きたい。生きて帰って、皆と会いたい」


 ユウヤ・ヤマダ自身は11歳だが、その中身は25歳の元社会人の山田裕也である。


 80歳で人生が終わるとしたら、その1/4を生き切ったのに、自分自身の本当の心の叫びは未だかつて聞いたことがなかった。


 だから、この絶望の中、初めて自分自身と対話が出来てほんの少しだけ嬉しかった。


 だが、人生とは不思議なもので上手くいかない時はとことん上手くいかない。


 探しているものは見つからない。その逆も然り。


 見つかりたくない野生生物には、見つかってしまうものだ。


 俺は知らない間にイノシシの形をした生物5匹に周りを囲まれていた。


 多分、俺が食べていた胸肉の匂いに誘われたのだろう。


 俺には特殊能力はないし、運動能力も残念ながら、普通の人以下なので、どうする事も出来ない。


 だから、例え攻撃される前に気づいていたとしても、俺の体は疲労と死への恐怖で動けなかっただろう。


 勿論、今ある現実でも動けるはずがなかった。


「グルルルルゥゥゥゥ。ワン!」


 そう言って、5匹全員が同時に俺の方に突っ込んできた。

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