第29話 勝ち負けより重要なものがこの世にはいっぱいある

「目の前のシズカが捕まれば、俺は念願の決勝に行けるんだ……」


「でも、いつもシズカは俺を助けてくれていた。なのに、俺はシズカが困ってる時にまた何もしないのか……?」


 俺の心の中の悪魔と天使が囁く。


「勇者の相方に相応しいのは勇者だけだと思うんだけど、君はどう思う? 僕はそれを証明する為に、明後日、君を全力で倒す……」


 俺はシンから言われた言葉を思い出していた。


 俺が決勝大会にいけば、シンと戦える……


 でも、シズカは助けられない


 どっちが正解だ……?


 俺はどっちを選ぶべきなんだ……?


 その瞬間、心臓が高鳴った。


「山田裕也よ。選ぶべきとかではなく、お前はどうしたいんだ?」


 そう「ユウヤ」に聞かれた気がした。


「俺がどうしたいか……か」


ーーー


「シズカ、残念だけど、あんたはここで終わり。今回はちゃんと私が優勝してあげるから安心して」


 リナがシズカにタッチしようとした瞬間、自然と俺の体はシズカの前に立っていた。


「ユ……ユウヤ? 何で?」


「約束通り、シズカを守りに来ました」


 俺はカッコつけてシズカにそう言い、ウインクをした。


 そんなことをしているとシズカを追っていたリナは全速力で来ていたので、止まれずに俺とぶつかった。


「ユウヤ! リナ!」


 俺とリナの衝突を見たシズカはそう叫んだ。


「イッテー……って、ヤマダ、大丈夫か?」


 まず、リナが立ち上がった。


 そして、リナはその横で倒れていた俺を心配そうに質問してきた。


 確かにめちゃくちゃ痛かったが、大蛇の攻撃に比べれば全然屁でもない。


「大丈夫! こっちこそ急に横から突っ込んじゃったから、ごめんね」


「気にすんな! ……逆にあんたのこと見直したよ。シズカの為にこんなにできるとはね……」


 リナはそう言った。


 まさかもう1人の勇者候補からもこんな言葉を貰えるとは思ってなかったから、嬉しかった。


「ユウヤ、ごめん……。後もうちょっとで決勝だったのに……」


 シズカは申し訳なさそうに俺にそう言った。


 確かに、ここでシズカのことを見て見ぬ振りして決勝に残っていればもしかしたら、住人の人達の評価を変えられていたかもしれない。


 でも、それは俺の「したいこと」ではなかった。


ーーー


「じゃあ、私が困ったら一番に助けに来てよね」


「ああ。俺が真っ先に駆けつけるから心配しなくていい」


ーーー


 いつかしたシズカとの約束の方が住人の評価よりずっと大切だった。


 だから、勿体無い気もしないわけではないが、この選択に後悔していない。


「じゃあ、シズカ。俺の為に優勝してよ。俺、シズカの笑顔を見るのが好きだからさ」


 俺はかなり恥ずかしいことを言っているとは全く気付かず、そのようにシズカに言った。


 シズカの顔はたちまち赤くなって、顔を伏せた。


「……ヤマダ、あんた、やっぱりすごいわ……」


 リナがそう言ったことで俺は相当くさいことを言っていたことにやっと気づいた。


 だが、もう口に出してしまった以上、もうその過去は消せない。


 こっちの過去については後悔した。


 だから、俺も恥ずかしくなってしまい、シズカと同じように顔を伏せてしまった。


「……まあ、ヤマダ。悪いけど、優勝するのは私だから、そのお願いは絶対に叶わない」


 リナが俺とシズカに向けてそう言った。


「私が勝つ! ユウヤと約束したからね」


 すると、さっきまで顔を伏せていたシズカが勢いよく顔をあげ、リナに対してそう言った。


 まあ、まだ、シズカの顔は赤かったが……


「じゃあ、シズカ。私とあんたのどっちが勇者にふさわしいか決勝で勝負ね」


「あれ、ヒメカさんもマツリさんも僕のこと忘れてないかな?」


 すると、毎度のことながら、急にシンが横から現れた。


 シズカ、ヒメカ、俺の3人はビックリして、よろけてしまった。


「シン! あんたはその急に出てくる癖やめた方がいいぞ」


 リナはシンにそう言った。


「僕は普通に声をかけただけなんだけどね。まあいいや、とりあえず、僕も勇者候補なのをお忘れなく」


 シンはそう言って、俺達から離れていく。


「あ、ヤマダ君。僕の勝ちだね」


 その離れていく時に思い出したのか、シンは突然振り返り俺にそう言った。


 そのシンの言葉で俺の心の中の導火線に火がついた。


 でも、俺はシンと戦うことができない。


 だから、この想いはシズカに託そうと思う。


 俺がシズカに「シンにも、誰にも負けないでね」と言おうとした。


 だが、既にシズカも俺と同じことを考えている目をしていた。


 なら、俺からシズカに言うことは何もない。


 俺はその目を見て、シズカが勝てるように全力でサポートしようと思った。


「予選が終了しました!! 決勝に進出の方は午後からありますので、それまでゆっくり休んで下さい! では、一旦昼休憩です」


 その時、アナウンスが流れた。


 これで俺の運動大会は終わった……。


「ヤマダ君、君はそっちを選ぶんだね……」


 インは滑り台の裏でそう呟いた。


 だが、そんなことに俺が気づけるはずも無かった。


ーーー


 昼休憩はシズカと食べることにしていた。


 今日、俺のお母さんとシズカの親御さんは来ていなかった。


 俺のお母さんはユウヤが負けるところは見たくないとのことで、来なかった。


 でも、本当は「ユウヤ」のプライドの為に見たいのを我慢して、そう言ったのだろう。


「シズカ、教室で食べよう」


 俺はシズカにそう言った。


「うん!」


 シズカはそう答えた。


「……そして、さっきはありがとう」


「うん? あー、さっきのこと? 大丈夫だよ。実際、俺、決勝の1対1は隠れるとか出来ないから勝てなかったと思うし」


「でも、それでも、ありがとう」


『ユウヤは私にとって救世主だよ』


 シズカは「ユウヤ」と俺が1番欲しかった言葉をくれた。


 心臓が大きく高鳴った。


 我慢しないと涙が出てきそうだった。


 そんな時、誰かの弟かどうか分からないが、小さい子供が俺とシズカの方に向かってきた。


「お兄ちゃん、最後、カッコよかった」


 その小さい子は俺にそう言って、また走ってどっかに行ってしまった。


 …………あー、まだ泣くわけにはいかないのに。


 さっきまでのシズカの言葉で限界だったのに、追い討ちかけてくるなんて……


 涙を止められるはずが無かった。


「ユウヤ、ありがとう。そして、おめでとう。あの子、将来、ユウヤを目指すんじゃないかな?」


 シズカは俺に優しくそう言った。


「……だと……いいね」


 俺は決勝に行けなかった。


 シンと戦うことすらできなかった。


 でも、だからといってなんだ。


 プロフェ先生も言ってたじゃないか。


ーーー


「上を目指すのは大事だが、それで今の幸せとか過去の自分を否定するな。ネガティブに考えることも時には必要だ」


ーーー


 そして、例え小さい子供だとしても、住人の1人から賞賛を貰えた。


 これは大きな一歩じゃないかな?


 そう考えながら、俺はシズカと教室に向かって歩いて行った。

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