第8話 バディ
――不思議なものだ。
肩にかかるロープの重みを感じながらジークはひとり口唇の笑みを深める。
「なんだかわるいねぇ、引っ張ってもらってさ」
「いいさ。いくらなんでも老人に雪山を歩けなんて言うつもりはないしな」
「む。それはそれでお荷物扱いされてるようでいい気分じゃないね」
「何言ってるんだよ。実際もういいトシだろ。誰に聞いてもそう言うぜ」
ひんやりとした空気の中で軽口の応酬が続く。
酒場での再会からひと晩明け、ジークはジョナサンを連れて山への雪道を登っていた。
連れてと言っても老齢のジョナサンはわずかに宙に浮いた揺れのないソリに乗せられ、先を進む青年の背中を眺めている。
このソリは昨日魔獣を倒したときに用意したものだが、意外にも耐久性は確保されていた。その辺の木で作った急拵えのものだが、あるとないとでは雲泥の違いだ。
それにしても、昨日は捕まえた人攫いどもを運んだソリが、今度はどういうわけか“旧友”を乗せている。
あまり運命といったものは信じない性格だが、さすがに何かあるのではないかと思ってしまう。
「そういえばジーク……まだその銃を使っていたんだね……」
青年の肩で揺れるライフルを見て、ひどく懐かしげな口調でジョナサンが語りかけた。
「ああ。今となっちゃしがない骨董品だけどな。それでも長いこと連れ添ってきた
「あのねぇ、ジーク。招聘した
老博士は困った表情で笑う。
彼は軍人としてキャリアを積んできたわけではなく、研究者・医者として招聘され軍と合同であるプロジェクトに参加していた。
そのためジークの口にした下品なジョークも知識やちょっとした見学で知っているのだ。
「そうだそうだ、思い出した。『今日から貴様らが握っていいライフルは下半身のじゃなくコイツだけだ!』って特別ゲストで来た連邦海兵隊の教官がクソみたいな冗談を言っていたっけ」
釣られるようにジークも笑い出す。
お世辞にもいい記憶のない“大戦”の中で、そうした他愛もない話は時が経っても未だに深く心に残っているのかもしれない。
「懐かしいね……」
「ああ。付き合ってくれそうな“戦友”もみんないなくなっちまった。同じように、俺がいなくなればきっと使い手もなく忘れ去られていくんだろうな」
『おい、ジーク! なにを言っているんだ! “相棒”はこのわたしじゃなかったのか!?』
しんみりとした雰囲気を吹き飛ばすように、ソリに掴まったアインが羽を大仰に動かして抗議の声を上げた。念話の魔力波はジークだけでなくジョナサンにも届いている。
「なんだアイン。おまえまさかライフルに妬いてんのか?」
『ばっ……! そういうわけじゃない! そうじゃないが……あの銃がどれだけすごいかは、わたしこそが身をもって理解しているからだな……!』
しどろもどろになって羽をばたつかせるアイン。
どういった感情がワタリガラスにそうさせているのか、長年連れ添っているジークにもわからなかった。
「ジーク、そのカラスは例の……? たしかに見た目は使い魔でも通りそうだが……」
不意にジョナサンの視線が強い興味を色を帯びた。
対するアインは背後からマッドな気配を感じ取ってジークの肩へ飛んでいく。返す視線にも仄かに警戒の色があった。
「その話は後だ。ほら、着いたぞ」
声に促されてジョナサンが視線を向けると、それなりに整備された道の先に比較的大きめの山小屋が見えた。
山頂へと続く険しい斜面がちょうどひと段落した場所に建てられており、麓から来るのは難しくないが反対側から山を下って来るのはかなり厳しい場所だった。
――攻めるには
魔導技師でもあるジョナサンはひと目で山小屋の異質さを理解した。
「わかってると思うが、うちに面白いものは何もないぞ」
周囲を見回している同行者の内心に気付いたわけでもなく声をかけると、家主は分厚い木の扉を開けて中へと入っていく。
「その割にはセキュリティが厳重過ぎやしないかね」
「あくまで私物がないって意味だよ。“預かっているもの”が厄介だからな」
ダミーを除き、鍵の類はすべて魔導認証式になっており、ひと度ロックされれば何の変哲もないガラスも
一見すればちょっと大きめの山小屋に過ぎないが、防犯設備だけでいえば大都会の公官庁並みだ。防犯や魔獣除けにしてもやり過ぎと言えた。
「そうだった。――ちょっと確認しておきたいものがある。“下”を見せてもらえるかい?」
本命はそっちか。ジークもそこは最初から予想していたので黙って頷く。
「見るのはいいけど、何か持って行く時はちゃんと国防省に許可を取ってからにしてくれよ。怖い
トラブルに巻き込まれたくないんでねと続けたジークの背中に、ジョナサンは笑いつつも少しだけ目を細めていた。
「こっちだ」
ひとり暮らしにしてはやけに広い山小屋の奥――書庫の方へと続く通路の壁を魔力を乗せて叩くと認証用の魔法陣が現れる。
続いて解除コードを入れていくと、幾重にも仕掛けられた魔導鍵が解除され地下への通路が出て来る。
『なんだこれは……』
アインから呆れ交じりの驚愕が思念となって漏れた。
視覚認識の妨害、音響探知波の吸収など外からのありとあらゆる干渉を無効にする、過剰なまでの秘密処理技術が注ぎ込まれていた。
「秘密の王国へようこそ」
冗談にしては本人も緊張を滲ませながら、ジークは奥へと続く階段を身体全体で指し示した。
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