第14話 気配
『ふーむ、やはり人間の集合体――政治とやらはよくわからないな』
いっそわからないままでいてもらった方が余計な知恵がつかなくてよさそうだけどな。当然ジークもこれは口に出さない。
『政治に配慮しつつも、この先にいる連中の狙いくらいは把握したいが……』
『予想は?』
『普通に考えれば魔獣の棲み処から人間がやって来る時点で、一週間前の人攫い連中の山越えと関係がありそうだがな』
『ああ、リーネが売り飛ばされかけて最後は魔獣のクソになりそうだった件か』
『……間違っちゃいないが、もう少しこう……遠回しな物言いはできないのか?』
ジークは頭が痛くなってきた。
もしもリーネに魔法関係の才能があるようなら自分が教えるよりもアインに教えさせた方が伸びしろはある。
ところが問題はこの性格というかなんというか、配慮もクソもない言動だ。どこで余計なことを言うかわかったものではない。
『人身売買なんて珍しくもないって時点で最高にクソッタレな世界になってるが、国が関わっているなんて余計に気分が悪くなる』
しばらく進むと気配が止まる。合わせてこちらも動きを止めるが、相手側の反応――こちらに気付いた様子はない。
『麓まで下りてくる、もしくはうちの山小屋が目的ってわけではなさそうだな』
つぶやきつつもジークはなんとなく予想をつけていた。
そもそも自分たち
仮に予備役の大佐がひとり、この地で隠遁していると掴んだとしても、わざわざちょっかいだけを出しに来たりはしないだろうし、本気で暗殺したいなら開戦直前に行うはずだ。
『となると?』
『どうせろくでもないことを企んでいるんだろうよ。あまり考えたくないが、ありそうなのは“俺と同じようなの”を作ろうとしているとかだな』
さすがに穏やかではいられなくなる。
『もしや帝国の残党が動いているのか?』
アインもまた不快そうな声の波を出した。
いつだかに読んだゴシップ記事では、遥か海の向こうのジャングルの奥地まで各国から巻き上げた資産を持って逃げた連中がいて再起を図っているとかいう話だ。
もし本当なら、指導者を失っても尚諦めきれないアホな連中など、そのまま半世紀くらい大人しくして朽ち果ててしまえと思う。
『どうかな。正直に言えば――どこがやっていても不思議じゃない』
自分で言っていて、思わず溜め息を吐きたくなる。
『ミッドランドの勝利なんて誰も予想していなかった番狂わせだ。あの技術が確立されれば、現在
『ということは最悪の場合――』
『今度は俺たちが難癖をつけられて攻められる可能性もある。もう十年だ、軍の立て直しは早い方がいい』
もちろん、無茶な軍事行動に出れば国際的な非難は免れないため、基本は支援やらをチラつかせて骨抜きにしようとするだろう。それはいかにも金のある国のやり方だ。
尚、旧帝国領は陸続きの“
そこまで考えてジークは
自分はとっくに引退したつもりだったのに。
――“俺たち”に“軍の立て直しが必要”だって? 今になって何を考えてるんだ? 予備役の階級が残っているとわかったからって……。
『……なるほどな』
アインからの相槌には少しの間があった。まるで別のことを考えているような波だ。
……いや、おそらく気のせいだろう。気まぐれな相棒に限ってそれはない。ジークはすぐに違和感を忘れた。
『似たような話はどこかで聞いたことがあるな。“泥棒野郎ども”が一番怪しい動きを見せていて、金持ち野郎は援助をチラつかせて後からちゃっかり入手しに来そうだって』
『ああ。他にもお隣だって、今じゃ自分たちを盾にしたって恨んでいるらしい』
さらに近付きながら、ジークは板の上にうつ伏せになりライフルを抱えながら極限まで気配を押し殺す。
浮いている分だけ匍匐前進より進むのは速いが、なにぶん簡単なようで魔力の制御がすさまじくシビアだ。最小限の魔力だけを使いつつ、残滓を放出しないように処理までせねばならない。
そうまでしなければ相手が本物のプロなら容易く気付かれる。
『技術がないなら、この先にいる相手も精々が魔力強化兵じゃないのか?』
アインが楽観論を口にする。
『甘い。魔導騎士なら絶対に負けないってわけじゃない。だったら、生き残りが俺を含めてほんのわずかしかいないなんてことにはなっていない』
疼痛とともに、かつて率いた部隊の面々の顔が思い起こされる。
どれほどの武勇を誇る英雄も、空から降ってくる地獄の宝くじ――たった一発の砲弾に吹き飛ばされるのが戦争だ。ただ偶然そこにいたというだけで人間は呆気なく死ぬ。
個人の強さが戦況を覆すなんて考えはとっくの昔に時代遅れ――それこそ伝説の扱いだ。実在が確認された戦場神話にしても、幾多の屍の上に成り立つ奇跡の一例に過ぎないのだ。
――だが、俺たちはいくつもの戦場神話を作り上げてきた。
慎重論を口にしてばかりのジークだが、それとは相反して肉体は既に臨戦態勢に移行している。
――知ってか知らずかはどうでもいいが、俺の鼻先をすり抜けようなんて真似を許すわけないだろうが。
無意識のうちに口角が上がる。ああ、畜生。これはどうしたことだ。
この十年間、自分を騙して余生だと思い込むようにしていたが、根っこのところで自分はまだまだ戦い足りずに飢えているのだと気付いてしまった。
戦いの気配はすぐそこに迫っている。
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