第13話 蠢動
『リーネには様子を見て来るって言ったが、実際のところはどうするんだ? 始末するのか?』
山奥へ踏み入れば踏み入れるほどに雪は深く残っている。無理に掻き分けたりせず魔法に頼りながら進んでいると、肩のアインが問いかけてくる。
この“使い魔”にとっては普段の代わり映えのしない日常よりも、この先に待つ危険な戦いの気配が楽しみなのだろう。元が元だけに仕方のないことだった。
『敵かどうかもわかっていないうちから物騒なことを言ってくれる相棒だな!』
これだから戦闘民族――もとい猛禽類は!
そう続けながらも、ジークは現段階ですでに気配の正体が味方に類する者ではないと確信を持っていた。
人の目につかないところでコソコソ活動しなければならないような連中だ。会いに行ったとしても友好的な展開になるはずがない。
『はぐらかすな、ジーク。予想はついているんだろう? どっちなんだ?』
間接的に「人間が相手でもちゃんと戦えるのか?」と“相棒”は問いかけていた。
山に籠って半分世捨て人同然に自警団員をやっていたが、その間に人を殺めたことはない。
もっとも、アインがここで言及しているのは「殺さなければ捕縛できないような相手に立ち回れるのか、腕は鈍ってないか」と確認しているのだ。
コイツの場合、いざとなったら自分が出張りたいだけなのかもしれないが……。
『気配は複数か、動きに無駄がない。間違いなくプロの仕業だな。いるとわかっているから追跡できているようなものだ』
『おまえとどっちが上なんだ?』
意地の悪いことを訊いてくる相棒だった。ジークは仏頂面になるのを
『愚問だな。そりゃあ俺だよ』
『言うと思った。……それで実際は?』
見透かされていたらしく、アインはさらっと流してきた。からかうような響きの念が伝わってくる。
『ちぇ、相棒が信じてくれない……。そうだなぁ、ちょっと甘めの評価をしてもこっちは実質ひとりで相手はおそらく複数。雪山用を含んだ各種装備の差まで考えたら負けはしないかもしれないが、できれば戦わない方が無難かもな』
気配が少し近くなってきた。
最大限まで魔力反応を殺したジークは、ここからは雪の地面に足跡を極力残さないよう魔力を流した木の板を使って進んで行く。こちらの方が露出を避けられるためだ。
気配を掴んでいても、実際に位置を把握していなければ戦闘状態に突入しても攻撃を当てられない。魔力の放出を絞っているだけではなく、冬期迷彩などで視覚的にもカモフラージュしているならば近づくほどにこちらのリスクが高まるだけだ。
『何を弱気な。雪山の地形を変えるつもりで戦えばいい。それなら余裕で勝てるだろ。なんならわたしが戦ってもいい』
アインがとんでもなく物騒なことを言い出した。
『バカ、どこから来たとも知れない連中を問答無用で吹き飛ばせるかっての! 下手に無茶をすればせっかく平和になったのに“大戦”時代に逆戻りしかねないだろうが!』
『むぅ、そうかな……。そうかも……』
どこに疑う余地があると言うのだろうか。
ジークはあまりにも世間ズレした“相棒”の思考形態に頭が痛くなってきた。いや、たしかにこいつの出自を考えれば理解しろという方が無茶な話なのだが……。
『連中の目的もわからないまま仕掛けるのは浅慮ってもんだ。それに俺はまだ一般人と変わらないんだ、逮捕権だってないんだぞ?』
ジークは自警団にこそ登録しているが、警察のように捜査権を持ってはいない。
この前のリーネの一件は、現行犯で誘拐をしでかした連中だからお咎めなしだったわけで、パラ・ミリタリー・サービスでも同じく現行犯や賞金首の捕縛、さらには下請けとして正式に受注した仕事しか許可されてはいない。
『一般人? 軍への復帰はいつでもできるって話じゃないのか? ジョナサンも手続きは済んでいるって言っていただろう』
『あのなぁ。ジョナサンの言葉を額面通りに受け取り過ぎだ。あいつは医官で生え抜きの軍人じゃない。それに妙にそそっかしいところがあるから余計に不安なんだ……』
たとえ相手の人格を認めていても、それ以外まで備わっているとは限らない。医者としては優秀だったが、個人として付き合うと結構抜けているところがあったりした。
『何か落とし穴があると?』
ずいぶんと控えめな表現だった。自分なら「不発弾」と言っていただろう。
『たぶんな。大佐って言っても十年も本人さえ知らされていない予備役扱いだったんだぞ? 素直に喜べるものじゃない』
――それは単におまえの確認漏れのせいじゃないのか?
アインは猛烈に突っ込みを入れたくなったが、とりあえず今は黙っておいた。
『部下もそんなにいなかったし今じゃ誰が上司にあたるのかもわからない。勝手にドンパチ始めたら間違いなく軍法会議ものだぜ』
すでに現役を退いたどころか、この世からもいなくなってしまったジョナサンにそこまでの責任が取れるはずもない。
一連の動きの裏で誰かが糸を引いているらしいが、会ってもいない相手を味方と妄信するのは危険だ。
『ややこしい話だな』
『味方がいるみたいなことを言ってたが、同じく俺を危険視しているヤツが軍に残っていれば、場合によっちゃあ喜んで憲兵部隊を送り込んでくる。それくらいには同じ軍というだけで無条件に信用はできない』
実際、現役時代には「悠長なことなんかしていられるか!」とギリギリ合法なところで無理を押し通した経験が何度もある。銃を突きつけたこともある。他の部隊から恨みのひとつやふたつは買っていても不思議ではなかった。
『さっきから慎重な意見ばかりだな。おまえらしくもない』
『連中が本物なら、仕留めるには本気でいかなければならない。山の地形が変わっちまう』
『山奥なら関係ないだろう?』
『大ありだよ。どうもおまえは根本的に勘違いしているようだからもういっかい言っておくがな?』
おまえが知ってるのは大戦末期の俺だろ。
ジークは肝心なところを記憶していない相棒に言い含めようとする。
『
人道だの非人道だと言っていられる状況ではなかった。
後ろ暗いことをやらかした部隊もひとつやふたつでは済まないが、結局裁かれたのは大半が敗戦国側だった。
すべての権利を勝者側に持って行かれる。戦争に負けるとはそういうことなのだ。
だから誰しもが死に物狂いで戦い、そして多くが死んでいく。
今も変わらずにいるのは天気くらいだった。
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