第12話 Lesson1


 鋭い銃声と共に、数百メートル先に設置された的のほぼど真ん中に穴が穿うがたれる。

 照準器なしの曲芸としか言いようのない射撃を見せつけられ、リーネは双眼鏡の中で目を真ん丸にして凍りついていた。


「ライフル銃の威力は高く、有効射程も長いが、確実に当てられるだけの技量が必要だ」


 槓桿こうかんを引いて排莢しながらジークはライフルの照準から目を離した。


「ス、照準器スコープなしであの距離を……?」


「慣れているからこうやって撃った方が楽なだけだ。いくらなんでもここまで真似しろとは言わない」


 指向性を持たせた魔力を放ち、その反射波から目標までの距離を算出。ライフルの零点補正ゼロイン距離との差を考慮し、弾丸にまた別の魔力でベクトル操作を仕掛けて射撃するのだから、これならまだ通常の狙撃手としての訓練を積んだ方がマシだ。

 細かく説明しても今のリーネでは目を回すだけなので省略し、ジークは中折れ式上下二連――一般的な狩猟用の散弾銃ショットガンを取り出し、十二ゲージの散弾を装填させた。


「まず射撃そのものに慣れなきゃいけないが……なにぶんおまえは素人だ。その点、散弾銃ならある程度は腕をカバーしてくれる」


 リーネに射撃を教えるにあたり、自警団でも多くの者に使われているライフル銃を用意した。ミズガルズ軍払い下げの旧式品だが、初心者には扱いにくいので今は見本を見せるだけに留めている。

 これはあくまで銃の構造を教えるためのもので、本命は猟銃の延長線上にある散弾銃だ。


「狙える獲物は制限されるが、文字通り広範囲に拡散した子弾が仕留めてくれる可能性が高まる。コイツなら一応二発は連続で撃てる。予備の手があると考えられるだけで余裕が生まれるからな」


 軍用のポンプアクション式が小屋の地下に置いてあったが「どこの塹壕ざんごうで戦うつもりなんだ」と言われかねないので持って来てはいない。

 すくなくとも現状、少女をコマンドーに仕上げるつもりはないのだ。


「これはあくまで狩猟での話だが――」


 小さく口笛を吹くとアインが空へ舞い上がる。


「射撃の腕前よりも大事なのは、自分がそこにいると悟られないことだ。近くに敵がいると気付かれているのといないのとでは雲泥の差が生まれる。臭いでバレないように風下を取るのも手段のひとつだな」


 ジークが散弾銃を軽く構える中、風上へと飛んでいったアインが急旋回して地上付近へと降下を開始。

 続いて捕食者の襲来に驚いた鳥が木の中から飛び出して来る。

 ジークの銃口が流れるようにその動きを追いかけ――銃声。

 空中で鳥撃ち用の散弾バードショットを浴びた鳥がバランスを崩して地上目がけて落ちていく。それを横合いからジークが爪で捕らえて止めを刺した。


「これで夕飯の品が増えたな。香草と焼くか煮込むか、はたまた丸ごと揚げるか……」


「ジークさん? すごすぎて全然参考にならないのだけれど……?」


 双眼鏡から目を離したリーネが物言いたげにジークを見る。


「さっきも言ったが、これを今すぐ真似しろと言っているんじゃない。まずは銃と雰囲気に慣れるところからだ」


 レバーを動かして銃身を折り、まだ撃っていない実包を薬室に戻して空薬莢をコートのポケットに入れる。

 リーネに教え始めたのは軍人としてのスキルというよりも狩人のそれだった。

“荒廃した世界での生き残り方を教える”と嘯いたわりには規模が小さく感じるかもしれないが、物事には何でも優先度というものがある。


 先ほども述べたように、ジークはリーネを兵士にしたいわけではない。

 そうなると、山岳地帯といったある種過酷な地でも生き残れる技術を持っている方が多くの場面で役立つと考えた。

 ここからもう少し基礎体力がついてきたら、徐々に軍隊式の教育をしてもいいとは思っている。


「――ん」


 不意に妙な気配を感じた。

 すぐに意識を集中して探ってみるものの、あまりにも反応が弱過ぎる。普通に魔力感知を仕掛けてもクラッターノイズとして排除されてしまうほどのものだ。見落とさずに済んだのは勘――長年の戦いで積み上げてきた経験があってこそだった。


『――アイン、おかしな反応がある。そちらで拾えるか』


 この手の作業には自分よりも相棒の方がずっと向いている。

 一度反応さえ捕まえてしまえば詳細分析スキャニングまで行える早期魔導警戒アーリー・マジック・ワーニングと呼ぶべき能力を持っていた。


『なんだって? ……む、本当だ。言われなかったらわたしでも気付かないままだったぞ。ふむふむ、この感じは人間だな。でも妙に静か過ぎる』


 ジークは口にしなかったが、反応は徐々に山を下って来ている。

 この山の奥には、先般仕留めたものと同等以上の大型魔獣が生息している。ジークとて無意味に近付きはしない場所だ。

 敢えてそんな人外魔境を越えて来ようとする人間など、どう考えてもまともな存在ではない。

 どうしてそこまでして越境する必要があるのか。今は戦時下ではない。旧敵国の人間でも真っ当な手続きさえ踏めば国境を越えることもできる。

 つまり――真っ当な手続きを踏んでいては目的が達成できないのだ。


「リーネ、おまえはった獲物を持って小屋に戻れ。変な気配がする。俺たちは様子を見て来る」


 そこでアインが地上へ戻って来た。相棒は獲物を渡しながら小さく「カァ」と鳴く。


「えっ、それならわたしもついて――」


「ダメだ。この前あわや食われるところだった魔獣なんて比じゃないくらい危険だぞ。ついて来られても命の保証ができない」


 即答だった。有無を言わさぬ口調で告げられリーネは息を呑む。

 言った側もけして冗談ではなく、真剣に危険性を伝えたつもりだった。


「そんな顔をするな。山小屋へならひとりで戻れるな?」


 命令でこそないが拒絶を許さない口調だった。それだけにリーネは事の深刻さをより深く理解せざるを得なかった。


「わ、わかった……」


「ようし、いい子だ」


 わざとらしいと知りつつもジークはリーネの頭を雑に撫でる。

 きっと彼女は子供扱いをしていると怒るだろう。自分自身でも褒められた行動ではないと思う。ただそれが緊張を解してくれると今は信じて。


「わー! だから子供扱いしないでってば!」


 案の定、リーネは頬を大きく膨らませた。

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