第39話 奮起


「さて、そろそろですかね」


 空になったカップを置いたローマンは、監視塔の縁に取り付けられた機械を操作していく。受像機モニターに、夜の闇の中を見通した世界が浮かび上がった。


「――どうかしましたか?」


 反応のないジークに声をかけた。すぐに青年は視線をこちらに向ける。


「いや、なんでもありません。何か見えましたか?」


 視線を別の方へ向けていたようだが、ローマンには何を探っていたかまではわからなかった。彼が何もないと言うのだから気にするべきことではないのだろう。


「今はまだ。しかし、こんな装備まであるとは思っていませんでした」


 敵が来るとあらかじめわかっていれば、備えようはいくらでもある。

 数日前から監視塔の見張りにはアクティブ式の暗視装置を配備しておいた。


「最新型ではパッシブ式が開発されているらしいですね。不便ですが頼みます」


 今回ジークが“武器庫”から引っ張り出して来た暗視装置は、通常の照明の代わりに近赤外線ライトで対象を照らし、反射光を暗視装置で捉えて知覚できるよう変換するものだ。つまり照射装置と受像装置をセットで運用する必要があり、大容量のバッテリーを持ち歩かなければならない。


「なぁに、十分どころかとても心強いですよ。ライフルに取り付けて持ち運びさえしなければ便利なものです」


 隠密強襲を仕掛けて来られても、相手に気付いていないフリをして誘い込み一網打尽にできる。


「――来たな」


 真っ先に気付いたのはジークだった。

 遠くから車のエンジン音が複数聞こえてくる。どうやらライトを消して来ているらしい。先日のように勢いのままに突っ込んで来るバカどもではないようだ。


「こちらでも見えました。大きいのがひとつ、あとは小さいのが何台か。十台はいません」


 魔導騎士マギス・ナイツの研ぎ澄まされた聴覚に次いで敵を拾ったのが科学テクノロジーだった。パッシブ式暗視装置のモニターに黒い影がいくつか見えた。


「おっと、こちらの“眼”でも見えました。多くて五十人ってところですね。犯罪組織のくせにずいぶんと奮発したな……」


 そうして敵の動きが大まかなところで見える距離になってきた。

 やはり、まとめてこちらにぶつけてくる気だ。中世の軍ではないため陣形などないだろうが、突入に向けて最低限整えるためか、先頭の車の指示を受け速度を落としたのが見えた。

 ジークの眼は魔法もあって暗視機能どころか望遠まで可能な特別製だ。


「あとは手筈通りに」


「ええ」


 そもそもジークは、生身同士で銃撃戦を行う気などさらさらなかった。

 彼が事前に示した考えでは、車程度ではどうにもならない障害物を配置した“基地”で守りに入り、やってきた敵部隊の足を止めてあわよくば車両ごと封殺するつもりだった。オーソドックスだが間違いのない戦術だ。


 当然敵はどうにか突破を試みる。敵からしたら、攻め口のないまま籠城を許せば半ば以上負けなのだ。だから必死になる。そこがどう出るかだ。


「俺は中へ戻って備えます。あとはお願いできますか」


「了解」


 答えると同時にジークの気配が急速に遠ざかっていく。やはり噂に違わぬ凄腕だ、とローマンは久々に肌が粟立つのを感じていた。



「来るぞ! デカいのが前に出た!」


 監視塔から叫び声が上がると同時に、闇夜の中からフロントライトの強烈な光が照射された。

 モニターを覗き込んでいたローマンは咄嗟に目を逸らしたため事なきを得た。


 網膜を焼かれそうになった寸前、一瞬ながら敵の姿はバッチリと見えた。

 今夜のために改造されたと思しき大型ディーゼルエンジンの唸りを上げて、オンボロのトラックがアクセル全開で突っ込んで来るのが。


「ゴツいのがいる! アイツは破城槌だぞ! 潰せ!」


 見張りとして最低限の役目は終えた。狙われないよう監視塔から飛び降りて、地上の仲間たちに警告を飛ばす。


機銃手ガンナー! 突破口を作るつもりだ! アイツをなんとかしろ!」


 ハンネスからの指令を受け、二脚で土嚢の上に置かれた汎用機関銃GPMGが構築された殺し間で十字クロスに火を噴く。

 反動を受け流しながら手馴れた手つきで火線を導いていく。横では装弾手がこれまた弾帯を暴れないよう給弾口へと送り込む。誰が見てもベテランの射撃術だった。


 しかし――


「くそったれ! オンボロのくせに妙に硬いぞ!」


 先ほどからかなりの命中弾を得ているはずだ。

 なのに車体表面で火花が散るだけで進路はまったく変わらない。通常のトラックの板金がライフル弾を弾くことなどできるはずもない。


 となれば予想し得る答えは――


「あのトラック改造してやがる!」


 それしかない。投光器からの逆光で見えないが、おそらくエンジンルームとフロントガラス部に無理矢理装甲板を張り付けているのだ。こちらが機関銃を持っているかもしれないと予測していたのか。それとも単なる偶然かはわからない。

 ただ敵の突撃を阻止できていない現実だけがあった。


「ライフル弾じゃ無理だ!」


「そうだ、対戦車ロケットシュツルム・ファウストがあっただろ! 誰か持ってこい!」


「無理だ、近過ぎる! それに今からじゃ間に合わない!」


 戦車や装甲車などはいない。油断と言えば油断だったのかもしれない。

 分隊員の叫びも空しく、耳障りな音を立てて敷地の入口に設置された障害物が鉄塊によって吹き飛ばされた。

 同時にトラックも衝撃に耐え切れずフロント部分のドライブシャフトを破損したか、そのまま横転して地面を滑りゲート右側のフェンスを直撃する。そこでエンジンが止まったらしく投光器の灯りも消えた。


「くそったれ! 機銃が片方潰されたぞ!」

「はぁ!? どんだけラッキーなんだ!!」

「機銃の連中、無事なんだろうな!?」


 懸命に牽制射撃を続けながら何人かが仲間の安否を気遣う。


「ちゃんと脱出している! だが機銃片方の損失は痛いぞ!」

「それどころじゃない! 後続が来ている!」

「近付けるな! 撃て! 撃ちまくれ!」


 トラックの特攻を合図に、今度は後方で待機していた車の群れが全速力で押し寄せてくる。不規則に蛇行している上、ライトを点けていないので狙いにくい。だが相手はトラックからバラ撒かれた発煙筒を目印に突っ込んで来る。

 砲撃でもできればいいのだが、残念ながらここには迫撃砲もない。精々が十人そこらではたいした数も置けないし、何よりそちらに人員を取られることを嫌ったのだ。


「一台撃破!」


 闇夜に閃光が走る。向かって来ていた一台が爆発炎上した。エンジンルームを貫かれさらに燃料へと引火したのだ。アレでは中の人間も黒焦げだ。


「そっちはもういい! トラックの方を潰すぞ!」


 横転した荷台からも、自動小銃や短機関銃を持った連中が出てきて射撃を始めている。中にはフラつきながら銃を構えている人間もいるので、横転したときにどこか負傷したのだろう。あの調子では死人まで出ているかもしれない。


「新大陸先住民族のカチコミかよ! 劇場映画で見たまんまじゃねぇか!」


 馬を車に、手斧や弓矢をライフルに変えただけでやってることはほとんど同じだった。

 とにかくすべてが無茶苦茶だった。あるいはそれだけ組織として追い詰められている可能性もある。


「冗談だろ!? アイツら迂回もせず正面から来るのか!?」


 一見守りが手薄なフェンスを安易に狙わなかったあたり、敵もまったくの素人ではないのだろう。そちらには別動隊対策として入念に対人・対戦車地雷が埋めてあったがこれでまったくの無駄になった。

 困ったものだ。あとで掘り起こさねばならない。それも生き残れたらの話だが。


「クソ! なんなんだあいつらは!」


 誰かが叫ぶ。

 本当は何も考えていなかっただけかもしれない。いずれにせよ、その無鉄砲さが突破口を開いた。


「イヤらしいところだけ頭が回る!」


 今度は横転したトラックを盾に、横付けして突破口のみに集中しようとしている。

 残った汎用機関銃が懸命に弾丸を吐き出すが、一挺だけではとても火力が足りていない。追加でもう一台、車をひっくり返したくらいだ。

 他の隊員たちは入口に取り付こうとしている敵を牽制するのに精一杯だった。


「うろたえるな!」


 弾丸が飛び交う中、声を張り上げながら遮蔽物の奥からハンネスが進み出て来た。


「分隊長!?」


 至近距離を弾丸が飛び交おうがお構いなく、ハンネスは身体を支えていた杖を放り投げ、肩に担いだ携帯式の対戦車ロケットを構えると躊躇なくぶっ放した。

 当然、撃ったはいいが膝の悪い彼は反動を受け止めきれず、後方へ弾き飛ばされる。なんとか受け身だけは取ったが地面に投げ出された。


「無茶をしやがって! あんた、脚がダメなのになにをやってるんだ!」


 マルセルが牽制射撃を加えながら駆け寄って、ひっくり返った分隊長を抱え起こす。


「わかってるさ。だが、無茶をしなければ勝てるものも勝てない!」


 無茶をした甲斐はあり、今の一撃でトラックを近くの兵ごと吹き飛ばしてやった。これで敵が最も頼りにできる場所はなくなった。


「久しぶりの実戦だからってボケっとするな! 守るべきものを思い出せ! ナイトメア・リーコンの名が泣くぞ!」


 副官の肩を借りて立ち上がりながらハンネスはなおも叫ぶ。

 身体は思うように動かないが、意識だけは完全に昔の自分に戻っていた。以前のように戦えずとも頭だけは回っている。魂に刻みつけられた“大戦”の記憶がそうさせていた。


「隊長だけにイイカッコさせられるかよ! 続け!」


 かつての上官に発破をかけられ、奇襲に混乱しかけていた部隊もようやくまとまった動きを見せ始めていた。統制の取れた射撃リズムになりつつある。

 たとえ現役時代のようにはいかずとも、素人や一般兵上がりに負けるわけにはいかない。それが特殊部隊上がりの者の矜持だった。


「ふぅ……。ようやく勘を取り戻しつつあるようです。これも分隊長のおかげだ。まるで昔を思い出しますね」


「そうだな」


 そう言われてハンネスの口元に苦笑が生まれる。自分でもそれはよくわかっている。できることなら、子供たちにはあまり見せたくない姿だと思う。

 その一方で、油断なく敵を見据える彼は、そうした自身の変化を衰えだとは思わなかった。


「士気は回復した。ここからが反撃だ。勝つぞ」

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