第32話 戦友たち


 孤児院――ではなく町の集会場には、長閑な辺境の町にはどうあっても似合わない空気をまとった男たちが集められていた。

 数としては十人とすこし。誰もが同業者ならひと目でわかる“大戦”帰りの面構えだった。加齢とともに得た皺以外にも、幾多の修羅場を潜り抜けてきたであろうそれが傷跡のように刻まれている。

 並べられたテーブルに座る彼らは、近くの顔見知りたちと言葉を交わしながらハンネスを待っていた。


「今になって分隊のメンバーを集めてどうするってんだ?」


「さあな。聞いちゃいねぇよ」


「まさか俺たちにも『パラ・ミリなんてヤクザまがいのことをやってないで自分のところで世のために働け』って話じゃないよな?」


 ひとりの男が皮肉たっぷりの言葉を投げかけた。何人かが同調するように小さく笑った。


「そういう話ではないよ」


 扉が開いてハンネスが入って来る。その場の全員がわずかに姿勢を正して視線を向けた。


「声をかけたとき、孤児院で働いてくれなんてひと言も言わなかっただろう?」


「じゃあなんですか。逆にヤバいビジネスってぇならゴメンですぜ。俺は賞金首を捕まえることには熱心なつもりですが、目の前で古い知り合いの賞金首が生まれる瞬間を見たいわけじゃありませんので」


 冗談交じりとはいえ「後ろ暗い話なら聞かないでおいてやる」と言外に告げていた。


「ちゃんと合法的なものだよ。みんなに集まってもらったのはほかでもない。一度でも思ったことはないか? 終戦から十年も経ってるのにミッドランドはまったく復興していない。人と人とのつながりまで戦火に焼かれてしまったんじゃないのかって」


 男たちを見回すハンネスの表情には、孤児院の院長の柔和さを持ちつつも灰色の双眸には昔を思わせる熱量が浮かび上がっていた。

 それを目の当たりにした男たちは誰ひとり彼を茶化そうとはしなかった。


「……そう言われると反論できねぇなぁ」


「たしかに、軍を辞めてからその日その日の暮らしに追われていたような気はする。いや、これも言い訳か。実際にがやっているもんな」


 ある種の後ろめたさから、男たちの何人かが苦い笑みを見せた。


「人と人との繋がりか……たしかに昔はあった。いや、“大戦”のときでさえ残っちゃいたな」


「そうとも。でなきゃ俺たちみんな死んでるぜ。それくらい無茶苦茶な戦場だった」


「間違いない。協調できないやつからくたばっていったしな」


「後ろ弾で死んだ余所の中隊長とかな」


「そうだなぁ……。そんな気持ちまで焼かれちまった、あるいは戦争で燃え尽きちまったとは思いたくねぇなぁ」


 ひとしきり思い思いに話すと全員の視線がハンネスを向いた。先程までと少し空気が変わったような気がした。


「続きをどうぞ、分隊長」


 ひとりが続きを促した。


「偉そうに言ったが、これはある人からの受け売りみたいなものでね。私も最初はひとりでできると思い込んでいた。それが段々そうもいかなくなってね。孤児院が傾いたのもそのせいだ」


 ――もっと早く声をかけくれればよかったのに。


 男たちの喉元まで上がって来た言葉はいくつかあったが、皆はそれらをギリギリで飲み込んだ。

 ハンネスの責任感を思えば、戦友・部下とはいえ安易に自らの事情に巻き込みたくなかったのだろう。

 同時に、ならばどうして今になって声をかけてきたのか。そんな疑問も湧き上がってくる。


「動くなら今が最後のチャンスだと思ったのさ。皆を集めたのは可能性に賭けたいからだ」


 疑問がそれぞれ顔に出ていたらしくハンネスが笑いながら答えた。


「可能性ですか?」


 真面目な分隊長にしては珍しく勿体振った物言いをしている。それだけ彼も気分が高揚しているのだろうか。


「ああ。皆がそれぞれに持っている可能性だよ。バラバラになっているものをかき集めたら何ができるか。それを試してみたいんだ」


 ふたたび、分隊の部下たちを見据えつつハンネスは告げた。

 たとえ全員がこのまま帰ってしまったとしても、「自分ひとりでやりきる」と言わんばかりの決意に満ちた表情をしていた。

 面白い。そして少しだけもどかしかった。早く続きを聞きたい。


「……そういうときはね、昔みたいに命令でもするものですよ、


 堪えきれなくなった男たちの中からひとり――“大戦”当時はハンネスの副官を務めていたマルセルが立ち上がってそう答えた。


「もう私は軍人じゃない。だから強制はできないよ、一等軍曹」


「何をおっしゃいますやら。我々はあの“大戦”を生き抜いたんです。今でも軍に残っていれば多少は違う答えを返したかもしれませんが、我々にとっての分隊長はあなただけだ。それが今日再び確信として得られた」


 マルセルが現役自体と遜色ない見事な敬礼をすると、周りの男たちも次々に立ち上がってそれに倣う。

 皆の荒んだ顔の中には、隠そうともしない歓喜があった。誰ひとりとして心は死んでいない。そう教えてくれていた。


「そうですよ! すっかり鈍ってしまったけれど、これは新たな戦いです。なあ?」


「我らが集結するとなれば、何をするにしたってそこはれっきとした戦場です!」


「なんなら他の分隊にだって声をかけられます。いえ、召集しろと言ってください!」


 男たちは口々に同意の言葉を並べていく。


 ――まだこんなに熱い連中が残っていたのか。いや違う。自分が熱を失いかけていただけだ。


「みんな……」


 ハンネスは喉に込み上げた熱いものを強引に飲み下した。


「集めておいて言うのもなんだが、ただ銃を振り回せばいいような簡単な話じゃない。場合によっては既得権を主張する連中と揉める可能性もある。それも常に守る存在子供たちがいる不利な任務と言っていい。その上目立たない戦いだ」


 口調が昔に戻っていると自分でもわかった。無論、後悔などあるはずもない。


「愚問ですね。そりゃあ今から人生をバラ色にできるなんて思っちゃいません。だけど、明確に誰かのためになる戦いなら、面白そうじゃありませんか」


「同じく。伝説の魔導騎士マギス・ナイツには及ばないかもしれませんが、我々も幾多の魔導部隊に比肩するとまで言われた精鋭です。どんな困難でも叩き潰して見せますよ!」


 終戦から十年が過ぎ、長い間戦ってきた彼らの兵士としてのピークはとっくに過ぎているが、甦った皆の覇気は現役時代のそれと何ら変わらない。

 死に場所を探していたわけではないにしても、ここまで生きたからには後世に何か遺したいと鬱屈した感情を抱えていたのかもしれない。


「ふたたび諸君と戦うことが出来――とても光栄に思う」


 嗚咽がこぼれ落ちそうになる中、ハンネスは何とか言葉を並べることができた。


 それにしても“黒幕フィクサー”に本物の魔導騎士マギス・ナイツの隊長がいると聞いたら皆どんな表情をしてくれることだろう? あるいは腰を抜かすのではなかろうか。


 こんなにもくだらないことを考えてしまったのは本当に久しぶりだった。それほどまでに余裕がなかったのかもしれない。

 少しだけハンネスは肩の荷が軽くなったような気がした。

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