第33話 対面


「こちらが発起人のジークさんだ」


 鉄は熱いうちに打てというわけではないだろうが、ハンネスはジークを早々に分隊のメンバーと引き合わせ“事業”を進めることにした。

 すでに資金を提供されているのだからやるしかない。出資者の気が変わるなんてことはないだろうが、大金を意味なく寝かしておくのがハンネスにとってもっとも不安だった。


「みなさんはじめまして。ジークフリート・フォン・ライナルトです」


 最初はどこの馬とも知れない若造ジークに対して胡乱な、あるいは舌打ちとともに敵対的な視線を向けた者や、「分隊長、詐欺師に騙されてから俺らを呼ぶなよ……」と言いたげな表情を見せた者もいた。

 当然の反応だと引き合わせたハンネスも発起人たるジーク当人もそう感じていた。


「こんな若造が出て来て、さぞや怪訝に思われていることでしょう」


「わかってんならとっとと失せな。俺たちは分隊長みたいにお人好しじゃねぇんだよ。しばらく入院したいってんなら話を聞いてやらねぇでもない」


 ひとりの分隊員が喧嘩でも吹っ掛けるように声を上げた。

 どちらにしろ“テスト”が必要だ。ハンネスがおかしくなっていないかも含めて。

 だから、挑むような言葉を誰も止めようとはしなかった。当のハンネスも苦笑気味に事態を見守っている。


「……なるほど。では話せる部分と残念ながら話せない部分はありますが――私はみなさんと同じく“大戦”に参加した経験があります」


“大戦”――その言葉に分隊員たちの表情が途端に鋭さを帯び目が据わる。

 これで下手な冗談で誤魔化そうものなら半年は病院から出て来られない身体にするつもりだった。それくらい“大戦”帰りの人間にとってあの戦争の話題は軽いものではないのだ。


「少しは話を聞いて貰えそうですね」


「聞くだけは聞いてやる。だが、もしもくだらねぇ冗談でも口にした日には……わかってんだろうな?」


 もう後戻りはできないと脅したつもりだった。すでに半分くらいの男たちが詐欺師だった日には山に埋めてやろうかと考え始めていた。


「あ、そういえば身分証があったんだった」


 ところが半分素で忘れていたジークが出したIDカードを見た瞬間、全員がその場で立ち上がり直立不動の姿勢を取った。


「ほ、本物……」


「嘘だろ……」


 何人かが驚愕に呻いた。

 間違いない。つい最近更新されたばかりの最新式のIDだ。退役軍人は怪しげなビジネスに引っかからないよう常に軍のIDを確認する癖がついている。その上で彼の素性が本物だと皆が判断していた。


「分隊長……」


 縋るような問いに、ハンネスが小さく頷く。


「田舎での詐欺に全力投球して国家を敵に回したりするものでしょうか?」


 つまり、目の前にいる“若造”は見た目など何の参考にもならない本物で、


「さて、まずは楽に座ってもらえますかね。大規模部隊を率いた経験もなく、あまり階級云々で命令するようなのは好みではなくて」


 ジークは先ほど変わらぬ調子で語り掛ける。

 分隊員たちが見せていた反抗的な態度は、身分を明かしたことで綺麗さっぱりなくなっていた。

 結局、元軍人なだけあって経歴や戦績ほど名刺代わりになるものは存在しないのだろう。

 ひとまずこれでいいとジークは思った。


「みなさんに参画してもらいたい、つまり我々がこれからやろうとしているのは――」


 素性が多大な威力を発揮した部分はあるだろうが、最も効果があったのはやはり実際の資金を見せた上で今後のプランを語ったことだろう。


「プランとしてはひとまずこうです。卒院が近いの年長の孤児を研修生インターンとしてとしてパラ・ミリ業務に関わらせます」


「ともすれば少年兵だなんだと言われかねませんが、そこはいいのです?」


 最初は恐縮していた分隊員たちも少し経った頃には意見を口にし出していた。


「既成事実を作ってしまえば当面邪魔はされません」


 ここでジークは笑みを見せる。悪い顔だ。面々が少しだけ不安になる。


「それに、あくまで彼らはサポートに終始してもらいます。実際にパラ・ミリになるのも軍人を目指すのも、本人が成人するときに選べばいい。今は彼らがきちんと成人を迎えられる仕組みを作ることが先決だと思っています」


 何人かから安堵の溜め息が漏れた。やはり後ろ指を差されるようなことはできるだけしたくなかったのだ。


「そうですなぁ。たしかに中途半端に軍を知った気になっている徴兵組よりも、ずっと扱いやすいでしょう。技術を仕込めって話ならそれはそれで面白そうでもある。私は参加したいと思います」


 ひとりの上げた声に何人かも続けて頷きを示す。


「やってくれますか。こちらは長いこと世間から離れていましてね。あなたがたの持つ戦友ネットワークを活用すれば、少しくらいはパラ・ミリの依頼を持って来れませんかね?」


「可能でしょう。差配できるだけの人間がいないだけで、実際のところはどこも人手不足ですから」


「乗りますよ。心のどこかでは真っ当な――自分に子供がいたんだとしたら『こうなって欲しい』って願いはありました。高望みかと思っていましたが、違う形でもそれができるってんなら手を貸さない方法はありません」


「基礎体力を養うにはまず訓練からですね。選民気取りの魔導部隊ならこうはいかなかったでしょう。特殊部隊の面目躍如を果たして見せますよ」


 魔導士への対抗心も残っているようだ。頼もしいが苦笑もしたくなる。


「それは心強い。用地を買収して早速始めたいと思います。よろしく頼みます」


 案を出していくうちに皆が生き生きとした表情を見せる。ともすれば若返っているようにすら見えるから不思議なものだ。

 上手くいくかと密かにハンネスは気を揉んでいたが、実際に年長組の孤児たちに訓練を始める頃にはすっかりみんな打ち解けていた。

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