第24話 孤児


「もっとも理念・理想だけを語っても安心などできないでしょう。ですから私の考えるプランをきちんとお話しします」


 半ば呆然とした声を出しているハンネスへ畳みかけるようにジークの言葉が部屋の中に反響する。知らぬ間に背筋が伸びるほど堂々とした態度だった。


「現在、登録者の大半が個々人でバラバラに動いている準軍事便利屋パラ・ミリタリー・サービスを統合し管理運営する仕組みを作ろうと思います。軍や警察は最低限の機能しか果たしていませんから」


「たしかにおっしゃる通りですね」


 ハンネスは頷いた。

 軍は再起不能寸前まで戦い続けたため、前線で指揮をとれる士官が圧倒的に不足している。これでは兵卒がいくらいても意味がないと規模を縮小されたのだ。

 同じく警察にしても徴兵により経験者の多くが戦死したため人材の質が伴っていない。


「こちらは提案も協力も惜しまないつもりですが、院長先生、あなたにも動いてもらわなければなりません」


「私に?」


 協力とは言っていたが、まさか自分に直接動けと言うとは思っていなかった。

 同時にこうも考える。甘い言葉を並べて食い物にしようとなら、もう少しこちらを遠ざけようとするだろう。

 とはいえ、これも作戦の一環なのかもしれない。今までも孤児院を人身売買の中に取り込もうとする人間もおり、必死で抵抗して難を逃れることができた。

 あるいは、表立って荒っぽい真似ができないから近頃巷を騒がせている人攫いが現れたのかもしれないが。


「ええ。早期退役したとはいえ今でも連絡の取れる戦友はいるでしょう? そのネットワークを利用したいんです」


「私に昔の戦友たちを集めろと?」


「ええ。こちらの見立てでは可能だと踏んでいるのですが」


 棚の上に置かれている写真を見ながらジークは問いかけを返す。

 写真立てには軍服姿のハンネスと、それ以外にも所属していた部隊の戦友と思われる集合写真まで並べられていた。


「まだ軍に残っている方もいるでしょうが、どちらかというと欲しいのは退役してからパラミリで働いている人間ですね」


 軍に残れた者に好条件を提示するのも不可能ではないが、向こうが安定を手放してまで積極的にはならないだろう。それならば退役者へ優先的に声をかけた方がいい。


「こう言ってはなんですが、今更我々の入り込める余地があるとは思いにくいのです。そこはいかがされるつもりでしょうか」


「新規参入は不可能……。果たしてそうでしょうか? 我々が見えていなかった場所に可能性があると思っています。それが先ほども申し上げた“人と人との繋がり”です」


「人の繋がり……」


 ハンネスは再び腕を組んだ。


準軍事便利屋パラ・ミリタリー・サービスも名前だけは大層なものですが、その実情は大半が軍隊崩れの者たちと変わらない。自警団はその土地に密着してはいますが、どうしても小さくまとまりがちで機動力が殺されている」


 孤児院を経営している身のハンネスとしては未だ半信半疑だが、不思議と話の続きを聞いてみたいと思い始めてもいた。

 あらゆるものが荒み切ったこの時代、たとえ夢物語であってもそれを語れる人間は少ない。彼が自分たちを騙そうとしているとは思わないが、無謀と思っているのもまた事実だ。

 いつの間にかハンネスは自分の姿勢が前のめりになっていることに気付く。夢を見せてくれる存在に賭けたいと思う自分を意識した瞬間だった。


「まずは先駆けとして、一部のパラ・ミリを試験的に集めて依頼の難易度に応じた仕事の割り振りをさせ、効率化を図ります。軍隊は階級社会でしたが、こちらは技量と貢献度によるランクのようなものを用意してもいいかもしれませんね」


 そこからジークは次のように構想を語っていった。


 まず直接部門として、“大戦”における実戦経験者――主に今は腕利きとして活躍しながら、事業のすべてを個人で回している者を集め得意分野に分けて再編・組織化する。


 次に間接部門として、依頼の遂行に必要な物資の調達や経費の処理などを中堅から初心者に受け持たせることで直接部門が依頼に専念できるだけの支援を行う。

 大きく分けてこのふたつが柱となっていた。


「この仕組みの中に孤児たちを組み込みます。たとえば読み書き計算が得意な者は間接部門に配置すれば良いでしょうし、それらが苦手でもあるいは直接部門に近い支援は行えるでしょう。どちらかといえば彼らは育成が主目的です。将来のための人材確保ですね」


「ふむ……。まだお若いながら、ジークさんがこのような計画を持って来られるとは……。ますますあなたのことがわからなくなりました」


 久しぶりに引っ張り出したタイプライターで作った書類も話し出す前に渡してある。ハンネスは途中から食い入るようにそれを読み込んでいた。


「自分が同じ立場なら何が欲しいかを考えているだけです」


 返答に困ったジークは適当に誤魔化した。

 そろそろ“自警団の青年”を名乗るのも限界かもしれない、とは思っていた。隣ではアインが小さく苦笑している。バレないように笑ってほしいものだ。


「たしかにパラ・ミリの事務所は、依頼の斡旋だけで細々とした部分までは支援してくれないと、昔の戦友から聞いたことがあります」


 こちらの内心には気付かなかったらしく、ハンネスは思案の表情のままだ。


「軍隊経験のある熟練者なら、彼らに孤児たちを訓練させるのも視野に入れられます。将来的にどう生きていくにしても基礎体力はあるに越したことはありません」


 よくよく考えてみれば思い当たる節がいくつもある。なのに、不思議と誰もそれに目をつけていなかった。

 どちらかと言えばマフィアに片足を突っ込んだような荒っぽさの目立つ分野だけに、インテリ層もほとんど参入してこなかったブルーオーシャンなのだ。


「可能性があるなら賭けるしかありません」


 急かすようで気が引けたがジークは畳み掛けていく。


「残念ながら、子供が子供らしく生きられる時代となるには、まだまだ時間がかかるでしょう。ならば、たとえ非道との誹りを受けても、その時代を手繰り寄せるために動かなければなりません。将来的には軍へ送り出すことも検討すべきでしょうね」


「軍ですか……」


 元軍人でありながらハンネスには複雑な思いがあった。

 自分は五体満足に近い状態で帰還できたが、多くの戦友はミッドランドの大地に消えた。

 孤児たちをそのような目に遭わせたくない気持ちもハンネスにはあるが、“大戦”で中期から後期に徴兵された者のほとんどが練度不足により高い消耗率で戦死している。

 ハンネス自身も元から軍に志願していなければ、おそらく生きて帰って来られなかったと思っていた。


「ええ。今ではないとしても、いずれはまた軍も再建がされます。その時に人材が必要になることもあるでしょう」


 ジークの言いたいことはよくわかる。ハンネスは逡巡を続けていく。


「もちろんこれは志願した場合の話です。軍の支援を受けて人材を派遣する場所になり下がれというわけでもありません。ただ、孤児たちが将来的に食うのに困らない選択肢のひとつになればいいとは思います」

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