第25話 死神の帰還


「なるほど……。今では孤児院の冴えない院長ですが、あの“大戦”に参加した者としてジークさんのおっしゃりたいことはよくわかりました」


 実際に守るべきもののために命懸けで戦ったからこそ、彼はジークの言葉を誤解しなかった。


 すべての子供が“真っ当な職業”に就けるのが理想だ。

 しかし、現実は必ずしもそうならず、個人の集まりが肥大化した国家と国家はいつか必ずぶつかり合う。いかにインテリが理想論を並べ立てたところで、争いはふとしたところから火種となりすべてを焼き尽くす。


「誰しも教育を受ければ幸せになれる、というわけではありません。兵士はそうした人間の受け皿でもありますし、適性があるなら最初からその道を歩ませた方がいい」


 徴兵されてろくな訓練も受けられず前線に放り込まれるよりも、少しでも生き残るための方策を学んでいた方がずっとマシだ。

 そもそも軍隊経験のない者には勘違いされがちだが、すべての兵士が前線で戦うわけではない。

 魔法技術のみならず科学技術も進歩したおかげで、昔は空飛ぶ魔女のように伝説の延長線上にいた魔導士マギウスたちも各種兵科に取って代わられかけている。

 戦いを支える兵站も必要だ。調達から輸送までひとつの生命体のような動きが求められる。むしろ前線で戦う一部の人間を支える組織に変わっていくかもしれない。


「ジークさんのおっしゃりたいことはある程度理解しました。試してみたい気持ちもあります。ですが……戦友たちに声をかけるにしても、事業として始めるには資金がまるで足りません」


 結局、理念・理想、それに計画があっても実行に移すための資金がなかった。それこそ国から今以上の補助を出してもらってはじめて可能性に言及できるほどだ。

 ハンネスの寂しそうな笑みを見た、次いでアインはジークに視線を向ける。相棒は黙って頷いた。

 きっとハンネスはこれまでもこうした笑みで、いくつもの“希望”を見送ってきたのだろう。


 ならば、そのような顔も今日で終わりにさせる。


「いえ、資金ならあります」


 ジークは山小屋から持ってきた大型のトランクケースをテーブルの上に置いて留め金を外す。


「こ、これは――!」


 ハンネスが小さく呻いた。

 ケースの中に敷き詰められていたのは純金のインゴット。それもひとつやふたつではなくぎっしりと詰め込まれている。いったい額面にしたらどれほどになるのか。


「これは融資――ビジネスです。資金はあなたに運営してもらいたい。信頼できる戦友がいるなら、引き込んでいただいても構わない。どんなに悪くなってもしばらく養えるだけの資金を用意してあります」


「こんな大金をどうやって!?」


 当然の疑問だな。ジークは内心で苦笑した。

 無論、出処に何ら恥ずべきところはない。終戦までに使い道のなかった給金と賞与、退職金、口止め料他諸々だ。


「あらかじめ言っておきますが、後ろ暗い金じゃありませんよ。山にいたんじゃ使い道がなかったので持って来たんです」


「ジークさん、あなたは――」


 小さく唸ったハンネスは言葉を切り、少し悩むような仕草を見せた後で再度居住まいを正す。


「失礼を承知で伺います。あなたはいったい何者なのですか? 少なくとも見た目通りの年齢ではないのでしょう」


 ハンネスの視線がジークを射抜いた。

 初めて会った時に覚えた違和感はこの会話で確信に変わっていた。


「……普通は気になりますよね。ひと言でいえば――


 対するジークは小さく頬を搔くだけだった。最早隠す気はなかった。


「なるほどやはり“大戦”経験者でしたか……。可能性は考えていました。ですが終戦間近に動員されたとしても十年以上経っても若々しい容姿をしているのはおかしいとも思っていましたので……」


 ようやく納得できたとハンネスは笑った。


「ああ、それはヒアルロン酸を注射しているからでしょう」


「え?」


 新大陸で少し前に美容技術として導入されたものの名前を上げたものだから、ハンネスはついていけなかった。

 滑ったかなとジークは今度こそ表情に苦い笑みを浮か

べた。


「冗談です。詳細を明かすことはできませんが魔導士マギウスの一種です。強化兵チューンド魔導猟兵マギス・イェーガーのようなものだとご理解いただければ」


 敢えてボカしたであろうその言葉で、逆にハンネスはおおよその当たりがついてしまった。


「第一特別任務部隊……。まさか『同盟の死グリム・リー――」


「おっと、先生でもその先はナシです。とりあえず、今の身分だけは提示できますが……」


 ジークフリート・フォン・ライナルト陸軍予備役大佐。

 そう書かれたIDを見せつつ、真上に伸ばした人差し指を口元へ持ってくるジーク。それだけで驚きの声を上げかけたハンネスもすべてを察して押し黙った。


「いや、仮の身分でも大佐ってどれだけの功績を上げられたんですか……」


 ハンネスの表情は引き攣っていた。

 ジークとしては、昔の知り合いあたりに言わせれば「十年サボってなけりゃ今頃とっくに星付き将官だったぞ」などとからかわれそうなので特に言うこともないのだが。


「ところで院長先生。もしかして特殊部隊の出身だったりしませんか?」


 いい加減話題を変えるべく、棚の写真を指で示しながらジークは問いかける。


「よくおわかりになられましたね。こちらは隠すほどのものではないので明かしますが、第七空挺大隊は七三五小隊に所属しておりました」


全天候武装偵察部隊ナイトメア・リーコン……! 先生こそご謙遜をなさる。魔導技術に頼らない超精鋭じゃないですか」


 言い方は悪いがこれは思わぬ拾い物だとジークは思った。

 まさしく彼の戦友たちならばこれからの計画に相応しい人材だ。協力してくれればという前提条件はあるが、ハンネスの表情を見ているとあまり悪いことにはならないと感じている。


「いささか話は逸れましたが、本当に金塊これを受け取っていいのですか?」


「もちろん。念押しになりますが、可哀想だからと差し上げるわけじゃありません」


「それはそうでしょうが……」


「言うまでもないことですが大変ですよ。この孤児院だけが豊かになるだけでもダメですから。この町からじわじわと飲み込んでいくんですよ、少しカッコつけた言い回しをするなら――“新しい風”でね」


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