第17話 フェイズ・ツー
地脈から収集した魔力により魔法陣が赤黒く輝き、炎を纏った土の塊が十個ほど同時に射出された。
「これだけの魔力放射を受けても、こちらの力量すら見極められぬか。所詮はろくな知性を持たぬものどもよの」
うんざりとした口調でアインはつぶやき軽く手を振るう。
自らを目がけて飛翔してくる火球の群れおまえに、いつの間に紡いでいたのか防御魔法を展開していた。
直後、張り巡らされた障壁へ放物線を描いて殺到する紅蓮の球体たち。
虚空で一斉に弾けた眩い閃光が、火球が障壁によって阻止されたことを周囲に知らしめる。
続いて青白い光の散乱が無数に発生し、周囲一帯を焼き尽くさんとする破壊の力を指向性のない魔力の粒子へと戻していく。
温度差によって雪山に風が吹き荒れ、しばらくして時間が止まったような静寂が生じる。
魔獣たちが驚愕に硬直していた。
「図体がデカいだけはある。たいした魔力容量よの」
アインの声が届きはしないし、そもそも魔獣が人語を解するかもわからない。
第一波を無力化したところで魔獣の群れへ視線を向けると、デミ・ドラゴンの口腔には追撃の組成印が灯っていた。
驚愕から立ち返り、一撃でどうにもならないなら大型魔獣が誇る膨大な魔力の限り放ち続ければよいと判断したようだ。
「バカのひとつ覚え程度の攻撃しかできぬとはいえ、ここで食い止めねば下界が荒れてしまいよる。それは我が相棒殿が望まぬ」
吐き捨てるように言ったアインの表情がわずかに歪む。
後先考えない力押しができることへの羨望も幾分かあるが、その程度では確実な決め手とはならない無駄弾を撃つことへの、侮蔑の感情からだった。
そして押し寄せる第二撃。火球の直撃を受け、障壁の表面に魔力へ分解される過程の激しい火花が散る。
込められた魔力こそ解放されていないものの凄まじい威力だった。
もしもこれが通常の生物災害に対抗する部隊が展開したものであれば、受け止めた障壁の耐久性が限界を迎えていたはずだ。
一撃目と同じく火球を魔力の粒子へ分解していくが、同時に表面へと細かな亀裂が入り始めた。一部の火炎弾は近くへ着弾し雪を溶かし、土煙を舞い上げる。
やや遅れて、煙を隠れ蓑として突撃を仕掛けてきた二体の
「下郎が! 小賢しい真似を!」
依然として障壁は正面に展開させたまま、アインはその場から動かなかった。
ただし、障壁に向けていた手を放して両手を拳にして真横に突きつける。
そう、少女は質量で押し切ろうとする爪の一撃を真正面から迎え撃った。
「くっ――」
両者の力が拮抗して静止。そこからは剣士同士の鍔迫り合いの如くに攻防が続く。
冷静に考えれば左右から襲い掛かる銀色熊の爪はもう片方が空いている。
しかし動けない。少しでも均衡が崩れれば致命的な反撃を受けると本能が理解しているため動けないのだ。
もっとも、アインはアインで三方向からの攻撃を受け、翼から放出される魔力の残滓の放射が強くなる。表情にも苦いものがわずかに混じっている。
「もうすこし気合を入れて防ぐか。――ジーク! このままではラチがあかぬ!
「たしかに思ったよりも敵が多い! だがそれより手伝わないでいいのか!?」
自分自身も個人用の障壁を展開しているジークが叫んだ。
「ふふ、久しぶりなのだからわたしに任せてくりゃれ。……とりこぼしがあれば頼むぞ!」
「素直に任せたいと思えないんだが……。仕方ない、
アインの背後に展開するの魔法陣がより複雑化し、少女の胸から飛び出た先ほどより大きな鎖と錠前が砕け散った。
「よいぞ! これでこやつらとも少し張り合える!」
声に幾分か張りが満ち、覇気とでも呼ぶべきものが備わる。
今度は二十代前半くらいの肉体年齢だろうか。すらりと伸びた手足に、先ほどよりも目つきに鋭さが増したように感じられる。黒と白で構成されたワンピースは黒のパンツスーツに代わっており、豊かな胸元を強調する白いシャツに赤いネクタイがアクセントとなっていた。
そして背中の羽は二対に増えており、そこから零れ出る魔力の粒子の量が先ほどよりも多くなっている。それだけ一度に取り込める魔力量が増えていることを意味していた。
どうにか押し切ろうとしていた熊の爪が徐々に押し戻されていく。獣の声で狼狽が上がる。
――いや、違う。
ジークはアインの思惑を理解した。
敢えてその過程を敵に見せたのだ。後に続く残酷なまでの実力差を見せつけるために。
同時に腕が無造作に振るわれ、雪原に何かが落下する。アインの肉体を引き裂こうとしていた爪が肘の当たりからもぎ取られていた。
「“
獣の絶叫が二重に上がる中、変身を遂げたアインは繊手を指揮者のように振るう。
ほぼ同時に熊たちの叫びがぴたりと止まる。次いで自分から崩れたかのように鮮血と臓器を撒き散らして肉体が散らばった。
ほんの刹那の間、断末魔さえ生じなかった。大口径ライフル弾すら一切通さないはずの毛皮など存在しないように、銀色熊の身体は縦と横の四半分に切断されていた。
動体視力を強化して動きを追っていたジークだけは下から上に、それから水平に振るわれた緋色の糸の残像が見えた。
――果たして俺にあれを凌げるか……。
本能的に、つい考えてしまう。
「……では続けよう。
遠距離での戦いでは雌雄を決せないと知らしめたのみならず、近接戦にまで持ち込んだ魔獣さえあっさりと屠ったアインは、残る群れを見据えて宣告を放った。
――ここからは正直未知の領域だ。
見守るジークは唾を飲み込む。
万が一アインが暴走した場合に備え、自身が制御できる限界を知るために過去に一度だけ拘束術式を時間限定で段階弐まで解放したことがある。
その際、アインが戦闘用に魔力を展開していなくとも、ジークが本気を出して抑え込まなければ阻止できないと痛感したほどだった。
「いささかやり過ぎかもしれんが……。“
本来、熟練の魔導士でも魔法を現実世界へ顕現させるにはそれなりの詠唱を必要とする。ところがアインはそれをほぼ省略し、すでに展開されていた障壁の内側へ、より大きく密度の高いものが凄まじい速さで構築されていく。
同時に三度目の着弾。ついに限界を迎えた一層目の障壁がガラスのように砕け散る。
「ふーむ、フェーズ・ワンではもって三発じゃったか」
アインは自身の魔法を淡々と評する。まったくの無傷だった。
続く四度目の火炎弾の群れを
「
魔獣たちはいよいよ困惑を隠せなくなっていた。
矮小な存在と侮っていたはず存在が、これまでの攻撃を経てなお損傷らしきものが一切ない。
にわかには認めがたい現実をまえに、ヴィファーテン山の頂上付近を取り巻く空気が完全に凍りついていた。魔獣たちから放たれる唸り声も怯え交じりの威嚇となっている。
本能がしきりに「逃げ出せ」と叫んでいるが、ここで背を向ければ自身が狩られる側に回る恐怖感から撤退に移れない。
「――悪いがちまちまと遊んでいるつもりはない。本領発揮といかせてもらうぞ!」
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