第18話 蹂躙


 何かを感じとったようにアインは即決を宣言する。

 そんな彼女の目を盗むように、一体のデミ・ドラゴンが火炎弾の砲撃から外れ迂回するように動き出していた。

 魔物の群れに単身で挑もうとする慮外者を葬り去るべく、強靭な鱗に覆われた頭部をそっと死角から向けている。


 ――あいつだけ、魔法式が違う?


 巻き添えを喰らわぬよう近くに潜みつつも警戒だけは欠かしていなかったジークは、すぐその違和感に気付いた。

 一体だけ知性が他と異なるとでもいうのか、面制圧の魔法攻撃を繰り返すデミ・ドラゴンの中でなぜかその個体だけが妙な動きをしているのだ。

 すぐにジークの背筋に新たな悪寒めいたものが走る。

 こういう時に現れる警鐘だけは見落としてはいけない。今まで生き残って来られたのはそれを信じてきたからだ。


 ――獣が狙撃をする気か!


 脳内に警告が湧き上がる。敵ながら見事と言いたくなった。

 アインは強い。中身が異世界から召喚された邪神ともなれば当然だ。拘束から完全に解き放たれれば世界に災厄をもたらす、次元を超越した力を秘めている。


 それもそのはず。彼女は敗北間際まで追い詰められた帝国の怨嗟を全世界へ撒き散らすためだけに、異なる世界から膨大な魔力と適性のある素体を依り代として顕現したのだから。


 しかし、今は訳あって“肉の檻”に封じ込められている。あくまで肉体は人間の強度の域を脱してはいない。

 魔力によって防御されている部分を何らかの形で抜けられれば無事では済まない。今回の敵にはいないようだが、音の衝撃波を発操る魔獣などは脅威となり得る。


「アイン――! クソ、ダメか!」


 無意識下の連携か魔獣たちが全力で放つ魔法にアインは釘付けになっている。警告は間に合わない。


 ならば――自分も“相棒”としての務めを果たすのみ。ジークは動き出す。

 今なら多少魔力を使っても混戦の中に溶けていくから気付かれない。戦術級魔法であれば別だろうが、それはアインが放って欲しくはないが着々と準備しているし――

 そういう意味では敵と同じか。

 ジークは知らぬ間に口角が小さく釣り上がっていることに気付いた。久しく経験する死の気配を感じさせる戦いに昂揚を覚えているのだ。


「――起動イグニッション


 興奮を落ち着けたジークは瞬時に見定めた狙撃場所に陣取り、四七式魔導混成銃ハイブリッドライフルを構え槓桿を引く。

 常に最高の状態に整備している《相棒》は音もなくボルトが動作し、通常弾を薬室から排出。ジークは代わりに用意した魔導弾を滑り込ませる。


「展開セット、“妖精殺しシルフ・ハント”」


 限界まで開けた蜥蜴の口腔の奥に魔法陣が灯る。必殺の一撃のつもりだろうがジークからすればいい的だった。


「――投射シュート


 起動を司る部分のみに狙いを定め、ジークは迷うことなくトリガーを引き絞る。

 身体は反動の癖まで完全に覚え込んでいる。完璧に制御された銃口は強烈な一撃の発射を経ても微動だにしない。肩に食い込む衝撃はすべて全身の筋肉を使って受け止めた。

 即座に槓杆を引いて排莢し、次の魔導弾を装填する。

 外したと思ったからではない。ジークの視線は過去の標的を見ていなかった。すでに次なる脅威に備えるため動いている。


 ゆえに──


 視界の片隅で収束した高密度の熱線を放とうとしていたデミ・ドラゴンの頭部が爆発と共に弾け飛び、首から大量の鮮血を撒き散らしながら雪原に沈んだ。


「不届き者がおったか。礼を言うぞ、ジーク」


 魔力をチャージしながらアインが声をかけてくる。


「気にするな。これも“相棒”の務めだろ? そっちはそっちでしっかりやってくれればそれでいい」


 周囲の警戒を続けながらジークは魔力のチャージが終わったアインに向けて笑みを飛ばす。


「ふふ、嬉しいことを言ってくれるのぅ。ジークに拾われるまでそういった感覚はなかったわ」


 アインは小さく肩を鳴らして笑う。久しぶりに見た段階弐だからだろうか、妙に新鮮に感じられる。以前よりもずっと“人間臭さ”が垣間見えるからかもしれない。


「さて、次はどうする? 来ないならばこちらから片をつけに行くぞ。その前に――」


 そこでアインが背後を振り返り、左手を掲げる。

 奇襲を仕掛けてきた銀色熊たちからも更に一歩引いて、背後の雪の中から隙を縫うように飛び掛かって来た二尾毛狐ダブルテイルの鼻先が空中で制止していた。


「光学迷彩!」


 不可視の衣を剥ぎ取られ、雪山の狩人の目が驚愕に大きく見開かれる。

 身体を動かしたくても一歩も動けないのだ。それどころか鳴き声のひとつも上げられずに何かに抗うように懸命に震えている。


「涎を垂らしてだらしない口じゃ。ほれ閉じぬか」


 真下から跳ね上がった蹴りが下顎に直撃。そのまま衝撃ごと上顎に“激突”させ、鼻先そのものを圧し潰す。白金毛狐の口周りは溢れた血で赤く染まるが、強烈な拘束魔法バインドをかけられており呻き声すら発せられない。おそらく二度と自らの口で獲物を捕食できなくなったはずだ。

 もっとも、その心配もこのまま生還できればの話となるが。


「そもそも獣風情が不意打ち狙いとは無礼であろうが。


 淡々と告げるアインは、次いで真上に伸ばされ静止していた足を垂直落下させた。

 ブーツの踵が頭部へ直撃し、同時に拘束を解かれ二尾毛狐は地上へ落下。真っ逆さまに地面へ叩きつけられ頭骨ごと脳が圧し潰され生命活動停止にまで追い込まれた。


「鬱陶しいのぅ……! 彼我の力量すら推し量れないヤツらばかりか……! 良い機会じゃ、塵ひとつ残さず消し飛ばしてやろう……! “パイモンの――」


 アインの二対の翼から魔力残滓の粒子が猛烈な勢いで流れ出す。


「ちょっ! ストップ! それやったら地形が変わっちまう! ナシだ、ナシ!」


 安全圏から飛び出たジークが全身を使って「おいばか止めろ」と叫ぶ。


 すでに魔獣たちは壊滅寸前だった。無謀な個体はとっくに殺され、残ったものも圧倒的な実力差に戦意を喪失して自分の縄張りへと逃げ帰ろうとしている。

 ここで駄目押しの一撃で虐殺を巻き起こす意味がなかった。


 どうやって怒り心頭の相棒を止めるか。ジークが真剣に悩みはじめた時、新たな声と気配が頭上から降り注ぐ。


『そこな小さき者の言う通りだ。鎮まれ、異邦の神よ』


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