第41話 後始末


「終わったかの?」


 屋敷の外に出るとアインが待っていた。


「ああ。待たせたな」


「なに、構わぬ。してどうじゃった?」


 どこかの部屋から運んで来たらしい椅子に座って足を組んでいるが、ただ腰を下ろしているだけでもやけに様になるから恐ろしい。

 │邪神アイオーンの面目躍如といったところ――いや元々の素材が良いのだろう。


「交渉は決裂だ。ひとしきり悩んだようだが結局地位を諦めきれなかったらしい」


「では始末したのか?」


「殺しちゃいない。取引のチャンスをフイにした以上、正しく罪を償ってもらうさ」


 エッカルトに使ったのは魔法発動用の術式が刻まれた木製弾頭だった。

 着弾の痛みはそれなりにあるが余程のことがなければ致命傷にはならない。付与された昏倒魔法でゆうに半日は気絶しているはずだ。こちらは温情をかけてやっただけなので、取引するつもりがないなら、あとのことは警察に任せればいい。

 図らずも軍人の立場に戻りつつあるが、殺し屋にまでなったつもりはなかった。


「であれば、わざわざ中のやつらを昏倒させた意味もあろうものよな。あんな精密で広範囲に低位魔法をばら撒いたのは初めてじゃったわ」


 アインが座ったまま豊かな胸を張る。揺れた。

 彼女には今回サポート役に回ってもらい、屋敷に残っていた連中を少しずつ魔法で眠らせてもらっていた。そうでなければ皆殺しにするしかなかった。


 尚、カチ込みに出掛けた仲間がいる状態でまさか襲撃などされまいと暢気に酒を飲んでいる者が多かったため、効果は覿面だった。

 間抜けなそいつらはふん縛ってひとつの部屋に叩き込んでいる。エッカルト同様、明日まで目は覚まさないだろう。


「報酬ってわけじゃないがコイツをやるよ。せっかちなもんでやっこさん一杯しか飲まなかった」


 持って帰って来たバルザック1950を渡すとアインの表情が途端に綻んだ。


「なんとも勿体ないことをするのう。まぁよい。そのぶんわたしが楽しませてもらうとしようか」


 受け取ったボトルを撫でながらアインは満面の笑みを浮かべていた。屋敷の連中の今後について特に興味がないのだろう。実に彼女らしい反応だった。


「仕掛けた爆薬も無駄になっちまったな。……まぁそれは警察にどうにかしてもらうか」


 さらっととんでもないことを漏らすジークにアインの表情が固まった。


「やけに時間がかかったと思えばそういうことじゃったか……」


「標的が帰って来るまで暇だったからな」


 もしも取引に応じた振りだけをして、あとから報復に出るようならば遠隔魔法で起爆できるよう巧妙に仕掛け爆弾を施していたのだ。


「……ジーク、これはあると言われねば、とてもではないが気付けぬ仕掛けぞ? それもなんという量じゃ」


 魔力を走査させたアインはほとほと呆れたと半目を作った。

 どう考えても屋敷に美術品に部下まで綺麗さっぱり吹き飛ばせる量と威力だった。


「最後はエッカルトが暴発しやがったからすっかり無駄になっちまったけどな」


 面倒なので解除して持って帰る気もない。


「やはり、こういう場面ではそなたが一番タチ悪いと思うのじゃよなぁ……」


 そっとつぶやかれたアインのつぶやきだが、残念ながらジークの耳には届かなかった。




 すべてが終わり、ゼーリンゲンから車を飛ばして“基地”に戻ったジークだが、一夜明けて押し寄せた警察の対応をしなければならなくなった。

 彼らとの折衝には名目上の事業主のハンネスではなくジークが当たった。

 そのせいでしばらく“基地”と町を往復というよりも警察のオフィスに缶詰に近い目に遭ったが、これも仕方のない話だった。


 実際に武器を供与したのは他ならぬ彼自身である。下手なことを言われては山小屋に追求の手が及ぶ。

 新調したばかり軍のIDをフルに活用して「特殊作戦だ。文句があるなら国防省へ言ってくれ」と存在しない機密を盾にかなり突っぱねた。

「本当に軍人は勝手だ」などとかなりの嫌味を言われたが、彼らもなかなか手出しできなかった犯罪組織を潰せたし、首魁であるエッカルトやその他構成員逮捕の手柄を譲ったため最終的には不承不承で納得してくれた。

 こういうところは復興が遅れてなあなあになっていたことに感謝しなくもない。


「はい。こちらシュトライバー・ミリタリーサービス。ご用件はなんでしょうか?」


 それからしばらくすると、パラ・ミリの仕事が徐々に舞い込むようになってきた。


「はい、不発弾の処理? 軍を待つと時間がかかる……。ええ、お任せ下さい。弊社には元専門家がおります」


 ジークがオフィスへ缶詰になっている間に、あの手この手で警察やパラ・ミリ事務所の人間とコネクションを作り、彼らに仕事を斡旋してくれるよう売り込んでおいた効果が出たためだ。

 警察としても犯罪組織の襲撃を撃退した実績により、自分たちの仕事を肩代わりしてくれる能力があると判断したのだろう。少々過剰な武装を持っているため、なるべく首輪をつけておきたい狙いがあるのかもしれない。そのあたりは今後実務者――ハンネスにしっかりと手綱を握ってもらう必要がある。


 とはいえ、ここまでくればもう任せて良いのではないかと思えてきた。


「せっかく軌道に乗りかけてるんだ。もうちょっと資金を投入するか。余計なテコ入れかもしれないけど、上手くいってるのを止める必要もないしな」


 そろそろ仕上げをしようとの軽い考えだった。

 それが事態を大きく動かすのだが、それはいつか来たるものが早まっただけなのかもしれない。


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