第36話 暗雲

 それからしばらく日が経って、町に詰めていたローマンが軽く息を切らせて“基地”に駆け込んで来た。


「ゼーリンゲンから連絡が入った。連中が街を出たと」


 かねてより依頼していたパラ・ミリ仲間から電信が入ったらしい。

 こういったところでは合同事務所も役に立つ。金が動く限りはそれなりの役目は果たしてくれた。もっとも今後もその程度では困るのだが。


「いよいよか……」


 報告を受けた教官たちの間に緊張が走る。

 この場の誰にとっても久々の“実戦”だ。準軍事便利屋パラ・ミリタリー・サービスなどと名乗ってはいるが、積極的な野生生物――魔獣の討伐を生業としてでもいない限り、精々が賞金首の捕縛くらいで、複数人での派手な戦いなど起こらない。


「予想されるタイミングは?」


「中古のトラックと乗用車が何台か。距離的には明日あたりに仕掛けてきそうだ」


 移動した足では来ないだろう。途中、隣町あたりで宿を取り、そこから夜を待って襲撃をかけてくると見ていた。


「本当はここへも直接電信線を引けたら良かったんだがなぁ。そうすれば隣町くらいなら網を張れた」

「そう言うなよ。電信公社の人員不足もそうだが復興の遅れで認可も下りんさ。つなぎを置くだけで済むんだ、郵便頼りよりはずっといいだろ」

「ちぇ、辺境だからって後回しかよ。まぁ、こっちから仕掛けられないなら一緒か」


 教官たちが口々に不満を上げる。

 電気が来ているだけでも御の字と思うべきなのだろう。いや、本来その程度で良しとしていてはいけないのだが。


「基本的に自分とアインは手を出さないようにします。何らかの理由で情報が漏れると色々まずいので」


 ジークたちは孤児たちのシェルターを守るつもりだった。最悪の場合、分隊が全滅しても孤児たちが無事ならそれを許容すべきとすら思っている。無論、彼らもそれは理解しているはずだ。


「我々もそのつもりです。どこまでもあなたに頼るようでは、この先何もできませんから」


 ハンネスが答えた。彼が全体の指揮を執るらしい。片膝は不自由でも、やれることはあるという彼なりの決意の表れでもあった。


「頼もしいかぎりです。その分、支援は惜しみなくさせてもらいますから」


「ははは、心強い。しかし、末期配備の最新型なんてよくもまぁ……」


 視線を向けた部屋の隅には、大戦終結間際に採用された自動小銃が木箱に納められ並んでいる。これは今でもミズガルズ軍の精鋭部隊の制式採用品となっており、市場にはほとんど出回っていない。それ以外にも歩兵向けの武器がいくつか持ち込まれている。


「使うときに使ってこその武器です」


「その気になれば地方都市くらい制圧できそうな量ですがね……」


 ジークは至って真面目な態度だった。それを見たハンネスの表情は微妙に引き攣る。

 もしも襲撃者たちが「チンケなパラ・ミリどもなんて一蹴してやる」などと考えていたならば、見通しの甘さを自身の血であがなうことになるだろう。


「これだけの火力を向けられる側は、いささか気の毒かもしれませんね」


 そっと笑ったジークの表情を見て、「本当にこの人が味方で良かった……」とハンネスは心の底から思った。



 明くる日の夜、“基地”はいつもとは異なり、ピリピリとした空気が流れていた。

 さすがに訓練を重ねてくれば、子供たちもそうした些細な変化にも敏感になる。

 案の定というべきか、訓練生たちは食事を済ませると元々弾薬工場として使われていた――“基地”の中で最も壁が分厚く、現在では講堂と呼ばれている建屋に集められた。


「説明は簡単に済ませるからよく聞け。今夜、


 いきなり受けたジークからの通告に、孤児たちは驚きと困惑を抑えるので必死だった。

 無論、下手に騒げば教官殿から怒鳴られるため、今になって取り乱すような新人はこの場にはいない。


「敵は子供を攫って売り飛ばす人間のクズどもだ。そこでおまえたちに求めるのはひとつ。……落ち着いたまま事が終わるまで待機していろ」


 ジークの放った言葉に居並んだ教官たちが頷いた。皆、濃緑の迷彩服に身を包み、いつの気のいい雰囲気とは異なりどこか神妙な表情を浮かべている。

 それで子供たちもすべてを察した。


「そんな! 我々だって戦えます! みんなで立ち向かえば!」


 リーネが声を上げた。同調はしないが他の子供たちも同じような表情をしていた。


「思い上がるなクソガキども!!」


 ジークが声を荒げ、子供たち全員が思わず肩を震わせた。

 初めて聞く気迫のこもった怒声だった。空気を通して押し寄せる圧力に子供たちは呼吸が苦しくなる。


「おまえたちには銃の使い方も教えていない! それでどうやって戦うつもりだ!」


「ですが――」


「黙れ! いいか、クソ新兵ファッキン・ニュー・ガイども! これは戦争と変わらない。敵は軍隊崩れの連中だ。武器だってチャチな拳銃や猟銃じゃないぞ」


 尚も食い下がろうとするリーネを、ジークは視線で黙らせる。

 それを見た誰かがごくりと唾を飲み込んだ。


「ガキのおまえらではいい的だし、足でも撃たれて攫われたらどうする? みんなのために戦いました、でも攫われたので助けてください……とでも言うつもりか?」


 どこまでも有無を言わさない口調だった。それ以上に、否定のしようがない事実だけに誰も言い返せない。


「だから理解しろ。おまえたちがやらなければないのは――


 俯いた子供たちの顔が上げられた。ようやくジークの言わんとするところを理解したのだ。


「戦うだけならいつでもできる。いずれきたるその日のために我々はおまえたちを鍛えている。ただ今がその時ではないだけだ。これをしっかりと理解しろ」


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