第21話 繋がり


「ジークさん!」


 ふたりが小屋に着くと、ショットガンを胸元に抱きかかえたリーネが扉の前に座っていた。

 寒いだろうによくも外で待っていたものだと声をかけそうになったが、裏を返せばそれだけ不安だったのだろう。余計なことは言わない方がいいとジークはすぐに口をつぐんだ。


「今戻った。特に変わったことはなかったか?」


 自分たちの引き起こした大騒ぎはおくびにも出さず、ジークは少女に問いかける。これといった負傷もしていなく不安がらせることもないから気楽だ。

 いや、他にずっと気の重くなる事態が起こっているし、なによりここからが本番だった。


「こっちは大丈夫。でも、山頂の方からすごい音が聞こえてきたけど何があったの!? というか、その女の人はいったい誰――」


「アインだ」


 ジークは努めて感情を面に出さないよう淡々と答えた。


「え? アインって……。わたしの記憶違いじゃなかったらジークさんの使い魔カラスじゃ……」


「そうだ。こいつがアインだ。


 説明する気もなく半分開き直っていた。この期に及んでカラスに戻すなんて言ったら相棒がどう出るかわからなかったのもある。


「いや、ちょっと待ってよジークさん。言ってる意味がわからないわ」


「わたしもそう思うぞジーク。もう少し説明というものがあるじゃろうて」


 リーネと彼女を見かねて口を挟んだアインの反応は至極当然のものであろう。

 だが疲れ切ったジークは、とてもいちから説明する気にはなれなかった。


「詳しいことは後だ。すぐに荷物をまとめろ。町へ下りるぞ。俺はやることが残っているから一度戻って来るが、リーネ、おまえは先に孤児院で待っていろ」


 軍用コートを脱いで小屋のリビングの中を進みながらジークは立て続けに告げた。並々ならぬ様子にリーネもただ事ではないと察するが、どうにも感情が納得しようとしない。


「ちょっと待ってってば! つい先日ここへ来たばかりなのに戻るってどうしちゃったの!? わからないことだらけだよ!」


「それはそうなんだが……」


 自分でも無茶を言っている自覚があるジークはどうしたものかと後頭部を掻く。


「詳細は省くが、どこぞのアホどもがやらかしたせいで大型魔獣どもが敏感になっちまった。しばらく山にも入れない。ここまでは大丈夫だと思うが、ほとぼりが覚めるのを待つ必要がある。訓練は一旦お預けだ。わかったか?」


 実際にはザイルナークとの約定でジークとアインが山に居なければいいだけの話だ。かといって、素人のリーネを置いていっても何の意味はない。


「えぇっ!? じゃあどうやってわたしはみんなの食べる分を稼げばいいの!?」


 絶望を表情に滲ませてリーネが叫んだ。

 期待と不安を抱きながらやって来たというのに、いきなり目的を失えばこうなるのも無理はなかった。


「今言っておいた方が良さそうだから話題に上げるがな、


 少女が見せた激昂を一顧だにせず、ジークはむしろ問いかけるように言葉を投げた。


「……へ?」


 ジークの妙に年寄り臭い理屈で諭されるとばかり思っていたリーネは、予想から大きく外れた反応に続く言葉を失い間の抜けた声を上げ、それから数度目をしばたたかせた。


「そもそも、どうしておまえみたいな子供が命の危険を冒してまで金を稼がなくちゃならない? おかしいと思わないか?」


 まずは興奮しかかったリーネを落ち着かせるべく、ジークはゆっくりとした口調で語りかける。


「だって、それはわたしたちに身寄りがないから……」


 リーネの言うこともあながち間違いではなかった。

 男性労働人口の多くが“大戦”で失われ、ミッドランドは現在でも慢性的な働き手不足に陥っている。なのに何かが回っていない。


「曲がりなりにも“大戦”から十年は経った。各国は軍を縮小させて民間にも人員を戻している。これで世の中が回っていかないのがおかしい」


 自分自身の思考を整理するのも兼ねて、青年は一度ふりだしに戻って状況を語り出す。


「警察にしろパラ・ミリタリー・サービスにしろ、なんなら自警団だって、仕事がなくて暇を持て余しているわけじゃない。むしろ彼らを必要としている人は多い。なのにそこが上手く回ってない。たしかに外国からの援助はまだまだ必要だが、援助を受け入れる体制すら整わないのが現状だ」


“大戦”時のような軍需産業の仕事は――弾薬を作るような単純作業に限られるが――軍縮で数十分の一にまで縮小されており、魔法適性があれば別だが単純労働の分野では非力な成人女性の需要も少ない。こうなってくると稼ぎのない未亡人が子供を育てられず手放さざるを得ないようなことも起きてしまう。


 本来、こういった分野こそ国が介入するべきなのだが、国家崩壊寸前まで衰退したミッドランド各国にそのような余力は存在しないのが現状だった。


「それはそうでしょ。軍隊崩れのマフィアみたいな連中だって多くなってるし、帝国の崩壊で昔よりずっと魔獣が増えてるって話もあるし……」


 リーネの口調は何を当たり前の話をしているんだと言わんばかりだった。この反応はジークも予想はしていた。


「細かい原因はどうだっていい。要は人手はあるのに、何かがボトルネックになってて適切な人員を配置できていないんだ」


「じゃあ細かくない何かって?」


 リーネはいまいちピンと来ていないようだ。戦前の光景を知らないからだろうか。

 いや、彼女だけではない。多くの人々がそれを忘れてしまっている。


「うーん、横のって言うのかな……。あぁ、そうじゃないな、たぶん“人と人との繋がり”だ」


 思いついたジークはポンと手を叩いた。

 なかなかそれらしい言葉は出てこなかった時は脳だけ老化が始まったかと一瞬焦りかけた。


「人と人との、繋がり……」


 言葉を噛み締めるようにリーネは反芻する。


「そうだ。ずっと山に籠っていた俺が言うのもどうかと思うんだが……」


 ジークは一度言葉を切る。自分があらためて外の世界に戻るための言葉を紡ぐために。


「一体全体、今の世の中はどうしちまったんだ? 子供が困ってるってんなら社会全体で支えてやるものじゃないのか? 戦争で肉親を喪ったから、財産を失ったから、他人は敵だなんて考えをしているようじゃ回るものも回らない。そこが糸口になる」


「物心ついた頃には戦争中だったわたしにはよくわからないけど……」


 自分の知らない世界に対して困惑の表情を見せるリーネ。

 そんな彼女にジークは心配ないと静かに微笑みかける。


「いいさ、無理に理解する必要はない。少なくとも今はな。とりあえず――ここから先は大人の出番だ」


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