第3話 戦災孤児
「なによもう~! あんな危険な山に住んで警備を任されるくらいの有望株なんじゃない~!」
町の食堂で、図々しくも隣に座ったリーネがバンバンと背中を叩いてくる。
正直うるさいし距離が近い。客からの怪訝な視線が向けられるので余計に面倒だ。隅のカウンターに座ったおかげでこれでもまだマシな方だった。
「騒がしいやつだな。俺の身元が確認できてそんなに満足か?」
ものすごい勢いで食事を口に入れていくリーネにやや引きながら、ジークは面倒臭さを隠そうともせず語りかけた。
山で捕まえた人攫いどもを、軍と警察の合同駐在所と
「だって! こんなご時世に山で会う人間なんて何者かわからないじゃない!」
食事を飲み込んだリーネにふたたび肩を叩かれる。
ジークとその肩に掴まるアインは無遠慮な衝撃を受けて鬱陶しそうにしているが、興奮した面持ちのリーネはそれに気付かない。
少女の無遠慮さが青年と、ついでにカラスをますます仏頂面に変えていく。食べカスが飛んでこないことだけが救いだった。
「だろうね。山を下りる時もずーっと警戒していたものな」
大人気ないと思いつつ、ひと言だけ
というのも、少女の前には三人分はあろうかという料理の皿が綺麗さっぱり空になって置かれている。リーネひとりが平らげた量だ。今思い出しても大した食べっぷりだった。
「そんなんじゃないわよ! お仕事の邪魔をしたくなかったの! 町に着いたんだからお礼くらい言わないとでしょう?」
――今の時点でお礼の言葉を聞いた記憶がない。よく言ったものだ。
グラスの水を煽りながらジークは心の底から呆れた表情になった。
始終警戒していたくせに、こちらの身元がはっきりしてから一転してこの態度だ。現金なものである。
それまで「よもや妙なことするつもりでは……!」と絶えずこちらを警戒していたのはバレバレだった。
大方、「山に埋めてしまえば大丈夫」と年頃の少女らしい“よからぬ妄想”でもしていたのだろう。アホらしくてとても付き合っていられない。
「お礼ねぇ……。それより先に鳴り出す腹の虫は初めて聞いたけどな」
「あ、あれはその……」
ニヤリと笑ったジークの言葉にリーネは今更ながらに下を向いて顔を真っ赤にして恥ずかしそうに震えだした。同年代の少年ならこれだけで好意を持ってしまいそうだ。
「まぁいいさ。腹が減っていたのは俺も同じだ」
町に着いてジークの身元も確認が取れ、気が抜けたところでリーネの腹の虫が大音量で自己主張した。絶妙なタイミングで鳴り響いたそれは警戒感といった諸々をどこかへ吹き飛ばしてしまった。
ジークとしては聞いてしまったものをなかったことにはできない。
レディへの配慮として見て見ぬふりもできたのだろうが、そもそもリーネが山に入ったであろう理由を考えれば見過ごすことはとてもできなかった。
恥をかかせないようワザとらしいとは思いつつも、先に自分が空腹を訴えた│
「さっきはバレてなさそうだったのに……」
警戒していた相手に気遣われていたことが尚更羞恥心を駆り立てるのだろう。リーネの震えがより強くなり、耳まで真っ赤になっている。
「あまり気にするな。子供がたくさん食えるのはいいことだ」
「気にするわよ! あとわたしを子供扱いしないで!」
「うるさいなぁ……。前者は気まぐれだし、後者は事実を並べているだけだぞ」
諸々を気にさせないようイジりながら、ジークは給仕に会計を頼んで適当に流した。
普段はよほど満足に食べられていないのだろう。依然としてリーネの視線は皿へと注がれている。無意識の行動にしても残ったソースまで舐め出しそうな勢いだった。
これ以上無理に詰め込むのは身体に毒だが、さすがに不憫だなと思ってしまう。
「行くぞ。ここまで来たんだ、家まで送ってやる」
「ふふん。軽口を叩いたって
店を出るとリーネが横へ並ぶ。虚勢も多分にあるようだがどうにも調子がいい。
調子に乗るなと言ってやりたいのを我慢し、ジークは精一杯の気遣いを発揮して孤児院まで送っていくことにした。
下手に「ひとりで帰れ」と放り出せば、明日にでも町であることないこと吹聴されかねない。狭い町ならあっという間に噂は広まる。ある程度会話に付き合って興奮とガスを抜いてやらなければダメだ。やはり頭が痛くなってくる。
「関わってしまった以上、最後まで付き合わないと気になるからな。仕方なしだ」
「そんなこと言っちゃって~」
面倒臭いので無視だ無視。これ以上絡んで下手に懐かれても困るので意識をリーネから外す。
春も間近にまで迫り、すこし浮ついた空気が流れる町の中心を抜けると、やがて民家も寂れたような造りになっていく。
貧民街と呼ぶべきエリアなのだろう。都会のように治安は悪くなさそうなのがせめてもの救いといったところか。
しばらく歩くとそれらしき建物が見えた。夜だけに子供の姿は見えず――
「リーネ! こんな時間までどこで何をしていたんです! ――そちらの方は?」
帰りの遅いリーネを待っていたのだろうか。あるいは窓からふたりが近付いて来るのが見えたのか。
古びているが大きめな建物の玄関先に、四十過ぎくらいの人の良さそうな男が立っていた。
「あ! 遅くなってごめんなさい、院長先生! この人には山で迷っていたところを助けてもらったの! ね!?」
ジークが反応するよりも早く、駆け寄ったリーネが青年を振り返って必死に目配せしながら口を開いた。
事実とは大きく異なるが、本当のことを言っても余計に心配させるだけだ。彼女としては今後の行動を制限される方を避けたいのだろう。
協力する義務はないが、同時に色々知られた少女に意地悪すると面倒なことになりそうだったので、ジークはとりあえず頷いておいた。
「リーネ、あなたはまったく……。助けていただいたなら私からもお礼をしなければでしょう? こういう時は自分よりまず先に相手の方をこちらに紹介するものですよ」
安堵の表情を浮かべつつも、大人としてきっちり締めるところは締める方針らしい。困惑を混じえつつも少女を│
「――あ、そうだった! この人は山に住んでる自警団のジークさん! 若いのにすごい腕利きなんだって!」
ジーク自身はなるべく余計なことを言わないよう努めているが、この調子では無駄に口数の多いリーネからボロが出そうだ。どうにか静かにさせたいが……。
「後のお礼などは私が引き受けますからあなたはもう下がりなさい。冷めていますが食道に夕飯が残っていますから」
少女に任せていては話が進まないと思ったのだろう。ジークにとっては都合が良かった。だから「あれだけ食べてまだ食べるのか?」とも言わないでおく。
「え? あっと、えっと……」
リーネはすこし迷うような表情を見せ、ジークと院長の間で視線を往復させる。まさか夕飯までご馳走になったとは言い出しにくいのだろう。「いいから早く行け」とジークは念を送る。
「じゃ、じゃあ、そうさせてもらいます! またね、ジークさん!」
「ああ」
ここで墓穴を掘らないためにも食い下がらない方がいいとリーネは判断したらしい。名残惜しそうな顔で振り返りながら建物の中に入っていった。
――最後にイヤな言葉を聞いたな。表情に出ないようにするのが大変だ……。
「さて。ジークさんでしたか? よろしければ少しお話ししませんか。もう夜になっていますし、今日のうちに山に戻られるわけではないのでしょう?」
仕方ないといった様子でリーネを見送った男は、微妙な表情で手を振り返していたジークへ向き直る。
当然と言えば当然だが、初めて出会った男の素性を見定めようとする気配があった。
「ええまぁ。今晩は近くの宿に泊まるつもりですが……」
「ではまだ寝るには少し早いですし中へどうぞ。お茶くらいは出せますので」
人好きのしそうな笑みだった。これを断るのはさすがに無粋というものだろう。
泊まっていけと言われたら気を遣うので困るのだが、お茶だけと断言されるとそれはそれでちょっと寂しい。
これくらいのバランスが過不足なくちょうど良いのだろうなと内心で完結させた。
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